第13話積もる疑問 4

 梶川の助けもあって大事には至らなかった。だが、避けたトラックがそのままガードレールへとぶつかったため警察沙汰へと発展し、俺と梶川は事情聴取を受けることになった。


 またこの騒動が学校側へ伝わったため抜け出してしまったことがバレてしまい、今度は生活指導と担任の先生から事情を聞かされることとなった。


 ごまかすわけにもいかないため俺は先ほどのメールを見せ、先生へと抜け出した経緯を話した。先生からは「焦る気持ちはわかるが、それで周りが見えなくなるのはいけないことだぞ。あと少しでも事が違えば大事になっていたかもしれないんだ。高校生になって大人へと近づいたんだからもう少し冷静に考えるように心掛けろ」と言われ、納得してもらえなかった。


 こうして学校へ戻った俺は今梶川と二人で昼食を食べていた。

 一限に教室を抜け出したことにより、どうしても教室での居心地が悪くここへとやってきた。教室を出ようとしたところを梶川に捕まり、「一緒に行く」と言われたためこうして二人になっている。優は自分よがりなやつなので、教室で一人昼食を嗜んでいる。


 一限に学校抜け出した関係であるため周りの生徒からは「あいつら付き合っているじゃね?」「二人で学校抜け出すとかやばい関係だろ」とか言われた気がしたが、気にしないことにした。隣にいる梶川の方もさして気にしていないようなので、それが正しいのだと思う。


「にしても、結衣のやつはどこに行ったんだろうな」

「さあ、どこ行っちゃったんだろうね。まあ、携帯とか持っているだろうからGPS機能とか使えば居場所とか特定できるだろうし、時間が解決してくれるでしょう」

「楽観的なのか、冷静なのか。梶川は結衣のこと心配じゃないのか?」

「何言ってるのよ。めちゃくちゃ心配に決まってるじゃない。じゃなきゃ、学校抜け出したりしないよ」


 梶川の方も俺と同じく、舞衣さんからのメールを見て抜け出したと言っていた。


「あの時は私も冷静でいられなかった。でも、先生に言われて我に返ったって感じかな。何もわかっていないんだから今は待つしかないんだよ」

「そう……だな。悪い、変なこと言っちゃって」

「別に気にしてないよ。そんなこと言われて不機嫌になる私ではないのだ。えっへん!」


 梶川は胸を張り上げ、堂々とした態度を見せる。そして、手に持っていたパンを一口食べる。

 先生に言われて我に帰り「結衣を信じて待つ」という行動をとることができる梶川を正直すごいと思った。今の俺にそれができるのだろうか。ああ言われた今でも彼女を探しに行きたいと体がうずうずしているというのに。


「ほいっ! いただき!」


 物思いにふけっていると突然、梶川が俺の持っているパンを掴み引きちぎる。撮った一部のパンを何の躊躇もなく、自分の口へと運んでいく。


「ふっふっふ。ぼーっとしていると全部いただいちゃうぞ!」


 不敵な笑みを浮かべる梶川。そんな彼女に思わずため息を漏らしてしまう。

 励ましなんだろうな、きっと。


「そんなことはさせない」


 俺は手に持っていたパンを一気に食べる。こうなったらやけ食いだ。

 結衣を待つ。できるかどうかはわからなくても努力ぐらいならできるはずだから。

 そう決め、二つ目のパンの袋を開け、やけ食いを続けた。


 ****


 転機は放課後に訪れた。

 帰りの支度をしているとポケットに入れてあった携帯が振動した。慌てて、携帯を取り出し、届けられた一通のメールの内容を確認する。


『結衣が見つかった。下記の場所に来て』

 送り主はもちろん舞衣さん。すぐにマップも送られてくる。

 ある場所に矢印がついていた。きっとそこが結衣のいる場所なのだろう。


 だから思わず、目を丸くしてしまった。

 その場所は思いもしない場所であった。


「綾辻くん、早く行こ!」


 声とともに肩を叩かれる。すぐに我に帰り、俺は後ろを振り返った。

 そこにいたのは梶川だった。表情は先ほどの柔らかさを全く感じさせないほど強張っていた。彼女の方も予想だにしていなかったのだろう。


 頷くことで了承し、すぐに支度して二人でその場所、『病院』へと向かった。


 ****


 場所は県屈指の大きな病院であった。

 病院へとかけこんだ俺たちは舞衣さんから送られた部屋番号の扉を開ける。

 扉を開けると座っている舞衣さんの姿が最初に視界に入った。


「智風くん、理子ちゃん」


 舞衣さんは音で気づいたのかすぐに俺たちの方へと顔を向けた。目元の腫れがくっきりとしていたことからどんな心境で今いるのかある程度の予想はつく。

 挨拶をするように浅くお辞儀をし、さらに奥へと進んでいく。


 やがて結衣が眠っているだろうベッドのが見え始め、そこにいる彼女の様子を俺ははっきりと捉えた。

 瞬間、出そうになった声を俺は必死に引き止めた。こみあげる感情を必死に押さえつける。

行き場のなくなったそれは脳を侵食し、何を考えることもできず、ただぼーっとそれを眺めることしかできなかった。


 右腕をギプスできちんと固定され、包帯を巻かれた両足は痛みを和らげるために吊るされている。その姿は痛々しく、見ているこっちの心をも痛めつける。

 隣で見ている梶川からも静寂が伝わってくる。彼女も多分俺と同じような気持ちなのだろう。


「工事現場を歩いている時に、落ちて来た鉄パイプに巻き込まれてしまったらしいの。当たりどころに恵まれてたから命に別条はないらしいけれど」


 閑散とした室内で舞衣さんが事情を話してくれる。トーンは淡々としており、湧き出る感情を押さえつけていることがうかがえる。


 事情を聞かされたところで感情に遮られた思考は働くことを忘れ、ただただ呆然とするしか俺にはできなかった。

 今もなお、彼女のしてきた行動の心理は見いだせていない。

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