第12話積もる疑問 3

 次の日の学校。俺はある一つの行動に出ようと決意した。


 昨日、舞衣さんから見せてもらった結衣とのLine内容から彼女が友人と遊ぶと偽って、どこかへと行っていることがわかった。家に帰った後、Lineでもう一度内容を見せてもらったが、ここ最近彼女の外出頻度が多くなっていることに気づいた。


 近頃の結衣は梶川や他の女の子たちの誘いを断っていると言う梶川の情報や昨日の舞衣さんの話から結衣が一人でどこかへ出かけていると言うのは間違いないだろう。


 舞衣さんの方も昨日どこへ出かけたのか気になっていたらしく、帰ってきたら聞いてみると言っていた。結果は何も言わず無言で自分の部屋に閉じこもってしまったらしい。


 これで結衣には誰にも言えない秘密があることは確定的になった。

 そして今日、結衣の持っている秘密を明かすために俺は帰りに結衣を尾行することに決めたのだ。彼女がどこへ行っているかを知ることができれば、ある程度の原因が見えてくるに違いない。


 自分の席に座りながら今日の帰りにどう行動するか思案しつつ、予鈴のチャイムが鳴るのを待っていた。

 だが、俺の考えは全て崩れ落ちることになった。


 予鈴のチャイムが鳴っても、結衣が教室に入る姿が見えなかったのだ。今日はもしかすると学校をお休みするのだろうか。決心してすぐに躓くなんて、ほんとついてないな。


 今この状況で結衣の家にお邪魔するわけにもいかないし、今日は素直に家に帰ることになりそうだ。

 やがて、担任の先生が教室へと入り、教壇に立つ。そして、毎朝恒例の出席確認を取り始めた。


「今日のお休みは……六条か。連絡なんて来てなかったが、まあ戻れば入っているだろう」


 先生の独り言がやけに耳についた。嫌な予感が頭の中で回らされる。

 でも、今は何もできない。先生の言う通り、職員室に戻った時には連絡が入っていて、無事解決を願うしかない。


 先生は連絡事項を伝えたのち教室を出ていった。それを境に再び周囲がざわめき始める。そんな惚けた時間だからこそ少しずつまた悪寒が俺を侵食してくる。


 一体結衣は今何をやっているんだろう。熱を出して、学校を休んだだけなのだろうか。もしかすると何か事件に巻き込まれているのではないだろうか。


 それが確定的でないため行動できないとわかっているのに体はやけにうずうずしていた。

 俺の葛藤をよそに時が経ち、一限目へと入っていく。メガネをかけた厳つい先生が教室へと入ってくる。生徒たちはざわつきをやめ、授業準備をする。俺もそれに乗り、教科書をめくった。


 教壇に着くなり、先生はすぐに板書を始める。この先生は見た目通りとても怖い先生で有名な人だ。そのため生徒たちは話すに話せず、今この教室は一種の緊張状態にある。


 この緊張感をいつもなら居心地悪く感じてしまう俺であるが、今回に限っては救いの手であった。おかげでうまく葛藤から抜け出せそうだ。


 しかし、数分が経ち、転機が訪れる。

 一件のメッセージが入ったのか突然俺の携帯が振動した。


 この先生の授業で携帯を使って、見つかると没収されてしまう風習がある。それも返してもらう時にど叱られる。だからいつもなら全く気にせず、授業を受けている。わざわざメッセージ一個確認するためにど叱られる可能性を生み出すなんてことは絶対にしない。


 ただ、今回のメッセージ限っては今まで送られて来たメッセージの中でもっとも重要な可能性があるのだ。朝の時間に先生が言っていた一言。最近の結衣の外出頻度。そして、昨日の結衣の行動。


 考えれば考えるほど今届いたこのメッセージには嫌な予感が生まれてくる。

 先生が板書するために後ろを向く。そのタイミングを見計らい、机にあった両手のうちの片方をゆっくりと自身のポケットへと入れる。携帯電話を取り出し、スリープモードを解除すると届いたメッセージが浮き出てきた。


「結衣がいなくなった」


 そのメッセージに思わず目を見開き、声を出しそうになった。


「すみません、先生」


 すぐさま脳をフル回転させ、行動に移すことを決める。


「ん! どうした、絢辻」

「その……少し、お腹痛くって……トイレ行っていいですか?」

「そうか……わかった、行って来い」


 先生の承諾をもらい俺は席を立つ。メッセージを見た時の深刻な心境がそのまま表情に表れていたのかすんなりと承諾してくれて助かった。


 クラスの視線にかられながら俺は教室を出ていった。早歩きしつつ、学校を抜け出すためのルートについて考える。現在全ての生徒が授業を受けている最中で廊下は閑散としている。これなら出て行くのは楽だろう。注意するべき点は体育をやっているクラスにいかに見つからずに抜け出すことだ。


 そのため俺は学校の駐車場へと向かい、正門から出るよう心がけた。さすがにこの時間に登校してくる先生はおらず、うまく門を飛び越え、学校を抜け出すことに成功する。


 だが、問題はここから。俺は結衣が行く場所に全く見当がついていない。どこへ行け場いいのか全くわからないのだ。

 でも、行動に移すしかない。力を振り絞り、駆け出す。

 近くの住宅地……いない。


 少し行った先の商店街……いない。

 人のいなさそうな建物の裏道……いない。

 頭の中でいきそうな場所を考えてはすぐに行動に移していく。


 だが、どこにも姿がない。

 どこに行っても、彼女の姿が見当たらない。

 一体どこに行ったんだ。どこへ行ってしまったんだ。


 彼女への想いは募っていく。

 結衣……結衣……結衣……ユイ。

 息を切らしながらも走ることはやめない。


 ひたいから溢れる汗は片目に侵食し、うまく視界が開かなくなっていく。

 それでも、今は走り続けるしかない。

 走って、走って、走って、結衣がいないかを確かめる。


 本当にいなくなってしまったようなそんな思いにかられる。

 だから走り続ける。絶対に追いついてみせる。

 どこに行っても、必ず見つけ出してみせる。


 だって、俺は……


「プップーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 不意にクラクション音が聞こえた。横断歩道を走った時に聞こえたその音は俺を絶望の淵へ追いやる。目をやった時にはすぐ目の前にトラックがあった。こわばった運転手の顔が視界に映る。スピードから察するに止まることはできないだろう。


 刹那、走馬灯が見えた気がした。結衣との思い出が次々と再生される。

 笑う彼女、怒る彼女、眠そうな顔をする彼女、悲しい表情をする彼女、そして、俺を無視する彼女。最後がそんなのなんて嫌だった。絶対に。


 強い衝撃が俺を襲う。でも、それは背中からであった。

 前に押し込まれる形で俺は倒れていく。


「痛って……」


 コンクリートに向けて顔面ダイブするような形になり、膝付近を強打する。それに加え、背中から誰かが俺にダイブしてきて地面と挟まれる方になり、痛みが倍増する。だが、それに反するように少し弾力のある感触が背中に流れる。


「ふーーーーーーー、なんとかなった。全く、絢辻くんは焦りすぎだよ」


 やがて俺に乗っかっていたその人物は起き上がり、ふと声を漏らす。聞き覚えのある声だった。俺はすぐに起き上がり、声が聞こえた方へ顔を向けた。


「梶川……」


 そこには微笑まじりにこちらを見る梶川理子の姿があった。

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