第14話真実 1
数日が経ち、舞衣さんから一通のLineが送られてきた。
『結衣が目覚めた』
そのメッセージに今まで空虚感に包まれていた俺の心が徐々に満たされていった気がした。
放課後、俺は結衣のいる病院へ向かうため電車へと乗った。梶川も誘おうと思ったのだが、帰りの時間になってすぐいなくなってしまったため一人で行くことに決めた。
病院へと行く前に近くにあったデパートでイチゴとカサブランカの花を買っていった。
歩いている途中、俺はずっと結衣のことについて考えていた。会ったところできちんと彼女とコミュニケーションをとることができるのだろうか。遊園地での出来事から全く会話をしてこなかったため今どう話すべきかわからない。
それでも脳内シミュレーションは怠らない。もしかすると舞衣さんがいてうまく話を繋げてくれるかもしれない。あるいは梶川が先に来ていて、うまくフォローしてくれるかもしれない。そんな期待を抱いていた。
気づけば、俺は結衣の病室の前へと来ていた。
自身の体から聞こえてくる鼓動音。それを深呼吸することで押さえ込む。
「よし!」と心に喝を入れ、扉をノックする。
「はーい」
ノック音に呼応するように部屋の中から声が聞こえて来た。忘れもしない懐かしい声だった。ここ最近はその声を全く聞くことがなかったから。
さらに呼応させるように俺は扉をゆっくりと開いた。体が行くことを拒んでいるのか普段よりも扉が重く感じた。病室へ入ろうとするも足は軽い震えを起こしており、前へ進むのがやっとであった。それでも強く意識を集中させ、前へと進んでいく。
徐々に病室の様子が視界へと入ってくる。トイレのある扉、お見舞い用の椅子、ベッド、そして彼女、結衣の姿が入って来た。
キョトンとした丸い瞳。黒髪ショートボブに右髪につけている猫のヘアピンは今していない。勉強中だったのだろうか机には教科書とノートが置いてあった。
「久しぶり……元気にしてたか?」
数日振りに顔を会わせる彼女に戸惑いつつも挨拶をする。
「久しぶり。うん、元気にしていたよ」
丸みを帯びていた瞳はゆっくりと細まり、穏やかな表情で彼女は返事をする。
その表情に驚かされ、開いた口が塞がらなかった。穏やかな表情をした彼女から思い出されるのは一昔前の記憶だった。自分のことを無視、拒絶していた彼女のそれではなく、中学時代の頃の仲睦まじかった頃の彼女のそれであった。
「あ、えっと……イチゴ買って来たんだけど、食べるか?」
「じゃあ、頂こうかな」
「あとこれ。カサブランカの花なんだけど、ここに置いておくな」
「うん、ありがとう」
病院から借りて来た花瓶にカサブランカの花を入れ、ベッドの隣にあった棚の上に置いておく。いちごの入っているパックを開け、袋から無料でもらった爪楊枝を取る。
「食べられるか? もし食べにくそうなら手伝うけど」
「えっと……大丈夫かな、多分」
「そうか」
言って少し後悔した。結衣の姿を見て自然と出た言葉だけど、手伝うってことは、要はそういうことで。昔はできた仲でも、ひび割れた今この状況でやるのはとても難しいことであると思うから。
机の上にパックを置き、俺はベッド横にある椅子へと腰をかける。結衣はすぐさま爪楊枝を取り、いちごを口へと運ぶ。
「これ、美味しい!」
微笑みながら喜んでくれる彼女に「そうか、それは良かった」と淡々と答える。結局脳内シミュレーションした会話は全く役に立っていなかった。
未だに混乱は続いている。今彼女は何を思っているのかとても気になっていた。
「綾辻くんも食べる?」
「ああ。じゃあ、もらおうかな」
そうは言ってみたが、生憎持って来た爪楊枝は一本。結衣用のだけもらって来たため自分の分は用意していなかった。
「じゃあ、これ」
俺の思っていたことが彼女に伝わったのか結衣は自分の持っていた爪楊枝を俺に渡して来た。
「ありがとう」
ためらいはあったが、穏やかな彼女の表情に負けてしまい、思わずそれを手に取ってしまった。彼女の行為を無下にするわけにもいかないし、本当はこういうことができる関係でないといけないのだ。
掴んだ爪楊枝でイチゴを取り、口へと持っていく。
「う、うまい」
「でしょ!」
微笑んでくれる結衣に思わず、俺も笑顔になってしまう。
でも確かに、このいちごの美味しさはかなりのものであった。結衣のことを考えながら買っていたため知らぬ間に極上のものに手を伸ばしていたのだろうか。確かに会計の時の数字には違和感があった気がした。
気づけば、再びイチゴを取り口に入れていた。
「どうしたの?」
「あ、いや、六条さんのために買ったものなのに俺ばかり食べてしまって申し訳ないなって」
「うんうん。私は平気だよ。一つでもとても満足のいくものだったから。それに美味しく食べる綾辻くんを見てたらとても満たされるから」
やっぱり彼女の見せる表情は昔名残のものだった。以前の彼女はすっかりと消えていた気がした。
「そうか。じゃあ……」
俺は爪楊枝でイチゴをとる。それを自分の……ではなく、彼女の口元へと持っていった。
「俺だって、六条さんが美味しく食べているところを見ると満たされるからこれでおあいこだ」
結衣はふとした俺の行動に驚いているのか丸い目をして俺の方を見つめてくる。そこでハッと気づく。先ほどまでそういうことをする仲ではないと言いながらも自然と行なっていた自分へ。
慌てて、引っ込めようとする手を結衣の口が止めた。
片手を髪にかけ、イチゴを咥える。きちんと咀嚼し、飲み込む。
「うん、とても美味しい」
ほおを赤らめ、優しい表情を見せる彼女。それが昔のものとはっきりと重なって。
「綾辻くん……」
ふと心配な顔を見せる彼女。同時にひたいを伝ったものがゆっくりと俺の手を湿らせていく。
そこで気づかされた。知らないうちに流していた涙のことを。
「ごめん、今日は帰るわ」
羞恥心が湧き、すぐに涙をぬぐう。それでも居心地の悪さは拭うことはできないためすぐに椅子から立ち、病室を出ようと歩く。
「綾辻くん!」
結衣の力強い言葉が俺を止める。我に返った俺はゆっくりと彼女の方を振り向いた。
声とは裏腹に暖かな表情を浮かべた彼女は視線をこちらに向け、一言呟く。
「また明日も来てくれたら、嬉しいな」
今度は堪えた。意識を保ち、涙が出るのを必死に抑え込んだ。気づかれないよう一呼吸置いて、俺は彼女の言葉に答える。
「ああ、絶対にくるよ」
「ありがとう。じゃあ、また明日」
唯一動く右手を使って、結衣は俺に手を振ってくれる。俺もそれに合わせて、片手を小さく振った。ゆっくりと彼女を視界から消し、病室のドアを開ける。
扉の前で深呼吸をした。気持ちを落ち着かせ、病院を出る前に再び溢れ出て来た涙をぬぐいとる。
病室にいた結衣は昔付き合っていた彼女そのままだった。
結衣に何があったかは未だわかっていない。でも、これでいいんじゃないだろうか。今はまだぎこちないやりとりしかできないが、それでも着実にこれからは二人で歩んでいけるような気がした。
彼女から見てとれた暖かい表情が俺をそんな気にさせた。
もう過ぎたことだ。悩んでも仕方ない。
もう一度深呼吸し、心を落ち着かせて俺は病室から歩き出した。
「綾辻くん……」
刹那、目の前に二人の人物が現れる。
一人は、ぱっつん頭に黒縁メガネの男子生徒。
もう一人は金髪ポニーテールの豊満な胸女子生徒であった。
「優に梶川……」
俺は思わず立ち止まった。目の前にいる女生徒、梶川の表情が以前とは全く違うものであったから。
「綾辻くん、今から少し話があるのだけれど、時間もらえないかしら?」
真剣な目に表情。いつも楽観的な彼女はそこにはいなかった。
「あ、ああ」
だから俺はたじろぎながら承諾した。
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