第10話積もる疑問 1

 遊園地での出来事から二週間が経とうとしていた。


 あの後、観覧車から無事に降りた俺たちの元に梶川と優がすぐに駆けつけてくれた。事前に観覧車に乗ることを伝えておいたため、アトラクションが終わり次第こちらへと来てくれたと言う。そしたら不祥事が起きていたことを知り、心配してくれていたそうだ。


 もどかしかった梶川は出てきたと同時に抱きついてきた。もちろん結衣に。

 優にけがはなかったかと聞かれた時は少し驚いた。あいつが他人の心配をするなんて思っても見なかったから、たじろぎながら「ない」と答えた。


 梶川も結衣に同じことを聞いており、彼女の方も「なんともない」と言ったが、そのトーンは沈んでおり、表情にはやや曇りのようなものを感じて取れた。


 確かに俺たちは怪我をしてはいない。だが、それはあくまで身体的な話に過ぎないのだ。

 沈んだ彼女の表情を見ると俺の方まで浮かない気持ちになって来る。


 このどんよりとした雰囲気の中でもう楽しむなんて気持ちは出てこなかった。それをいち早く感じ取ったのか、梶川が

「今日はもう解散にしようか」と提案してきた。


 誰も否定しなかったことによりその日は終わりを告げた。俺たちの気持ちとは反対に空は未だ太陽に照らされ、輝きを放っていた。そんな太陽の光に遣る瀬無さを感じてしまっ

た。


 あれからと言うもの学校で結衣はまた俺を無視するようになった。

「結局、遊園地での出来事ではなんの進展も得ることはできなかった」と言われれば、そうではない。

 なぜなら、結衣の無視の仕方が今までのとはまるで違うものになっていたのだから。


 例えば廊下ですれ違う時。

 いつもの彼女ならまるで俺なんていなかったかのように淡々と歩いて過ぎ去っていく。だが、近頃の彼女は廊下ですれ違う時、あからさまに俺から距離をとる。右側を歩いている俺を発見すると、左側の壁スレスレまで寄り、歩くような動作を見せる。それによって、教室から出てこようとする生徒とぶつかりそうになっていることが何度かあった。


 あるいは俺と彼女の間に便所があれば、そこへと入り込んでいくような動作もあった。これは単なる偶然かと思いきや、目があった時にそんな動作をするものであるから疑いざるを得ない。


 つまり、ある意味俺のことを意識してくれていると言うことだ。これは進展と言っていいのではないだろうか。まあ、良い進展なのか悪い進展なのか甲乙つけがたいところであるが。


「と言ったところなんだがどう思う?」


 再び俺と梶川はこの前のファミリーレストランに足を運び、自視点での結衣の様子の報告をしていた。

 梶川はスペシャルパフェを食べながら俺の話を聞いている。これまさか、また俺が奢るなんてことは……あるだろうな。


「なるほどね。でも多分、進展としては良的であると思うよ」

「マジか!」

「そりゃね。結衣のやつ浮かない顔しながらもあんたのこと見てはそっぽ向いて、また見てはそっぽ向いてを繰り返しているから。そのせいでこの前バレーボールを顔面に……はっはっは。なんか思い出したらまた笑えてきちゃった。あれは傑作だったよ。だって、あの後絢辻くんも顔面にボール当たって倒れるんだから」

「思い出したくない黒歴史をほじくり出すのやめてくれ」


 三日前の体育の時間。雨のため男女ともに体育館でバレーボールをやっていた時のことだ。

 体育館を二等分するように網で遮って授業を行っていた。俺たち男子グループは班に分かれて、試合形式でバレーボールをしていた。


 そして、俺が女子側に近いコートで試合をしていた時、不意に「結衣、大丈夫!?」と女子の誰かがそんなことを叫ぶ声を耳にした。


 結衣センサー抜群の俺からしたら反射的に顔を向けてしまうような発言。秒と経たないうちに俺はそちらへと顔を向けた。


 見ると、結衣が顔を抑えながら尻餅したような形で座り込んでいるのが目に入った。心配そうに見ていると、「おい、絢辻!」とチームメイトからの声が今度は耳に入った。


 ふと我に帰り、前を見つめた時にはすでに取り返しのつかない状態だった。

 目の前に来たボール。見るにバレー部員が打ったスパイクなのか球の速さが以上だった。反応する前に顔面にボールを受け、その場に倒れるような形で尻餅をついた。


 これを俗に『黒歴史』と呼ぶのだろう。好きな子のことが気になって、顔面にボール当たるとかもう死にたいレベルである。


「でも、あれのおかげで試合勝ったんでしょ。見てたよ。『絢辻!』って呼ばれた後に倒れる綾辻くんと真上に上がるボール。よっ、顔面レシーブ」

「だから、黒歴史なんだよ! まだ、倒れるだけの方が良かったわ! 軽い伝説が生まれているんだからよ」


 あと、その『顔面レシーブ』かれこれ数十回言われ続けているからそろそろやめてくれない。あの日からあだ名がそれになったんだから。


「首の痛みはもう大丈夫?」

「ああ、おかげさまでな。一日、二日すればすっかり痛みは無くなった」

「そっかそれはよかった」


 梶川はその言葉とともに注文ボタンを押す。さっきのパフェはからになっていた。セカンドタイムの始まりだ。店員さんが来るとまたスペシャルパフェを頼んでいた。もうつっこむのはやめよう。


「で、話は戻るんだが。また結衣と遊ぶような機会を作りたいんだが。どうだ?」

「うーん。正直無理に近いかもね。あの日から結衣のガードかなり硬くなってるし、むしろ私と遊ぶ日も激減したからね」


 ため息をつく梶川。どうやら俺のせいで結衣と彼女の間にも亀裂が生じてしまったらしい。


「なんか、悪いな」

「別に気にすることはないよ。学校では楽しく話しているから仲が悪くなったわけじゃないし」

「そうか」

「ご注文いただきました。スペシャルパフェになります」


 すると注文してすぐスペシャルパフェが梶川の前へとやって来た。空いているからだろうか異常な速さだった。


「うんうん、だからパフェを奢ってくれれば、許してあげるよ」


 梶川は頷きながらそんなことを言う。こいつ、本当に性格が解せない。


「はあ……」


 結局のところどうやらもう色々と取り返しがつかないらしい。

 近づこうものなら拒絶される。梶川に頼んでも、無理だと言われた。

 目の前の梶川のことといい、ため息をつかざるをえない状態だった。

 これを俗に『詰み』と呼ぶのだろう。

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