第8話作戦開始 4
あの後も様々な仕掛けが用意されていたが、俺たちはなんとかお化け屋敷を抜けることができた。
お化け屋敷を出た俺は初めに梶川と優を探すために辺りを見回した。
だが、二人の姿が全く見当たらない。
一度、未だに自分の腕にしがみついている結衣の姿に目をやる。抜け出してもなお、先ほどの余韻が頭の中に残っているのか体は小刻みに震えているように感じられる。それに……
今の彼女の状況を見るととても二人を探しに行ける状態ではないだろう。
「あそこのベンチで少し休もうか」
近くにあった空席のベンチを指差す。結衣は頷くことで承諾を示す。
ベンチの近くへと行った俺は腰を屈めて結衣が座りやすい状態へと持って来る。しがみついているときにやたら下に向かって引っ張られていた。
そのため、結衣は多分腰が抜けている状態なのだろうと察することができた。
俺の手助けもあり、結衣はゆっくりとベンチに腰をかける。こちらとしてはまるでおばあちゃんを介護しているような雰囲気だった。女子高生にこんなこと言うのは失礼だが。
「じゃあ、俺はなんか食べ物でも買って来る」
まずは甘いものでも食べて気分転換がいいだろうと思い、そう一言置く。
俺の言葉に結衣は俯きつつも頷く。
それを目にし、売店の方へと足を運んでいった。
先ほど辺りを見回していた時に視界に入ったアイスクリーム屋で買うことに決めた。
アイスクリーム屋は繁盛しているらしく客が数人並んでいた。その最後尾に俺はつく。
特にやることもないので、俺は先ほどのお化け屋敷に思いを巡らせることにした。
こんなことを言ってしまうのはとても不謹慎であるが、お化け屋敷での結衣はとても可愛く、愛おしかった。お化けが出る度に小刻みに震え、力強くしがみつく彼女を心の底から守ってあげたいと思った。世の中カップルがお化け屋敷に行く理由をようやく理解できた。確かにあれはたまらないかもしれない。
今回のことで俺は改めて結衣のことが好きなのだとそう感じさせられた。
だからこそ今この瞬間がとても大切なのだろう。
憶測すぎないが、梶川と優がいなくなったのは俺と結衣の関係を進展させるために梶川自身が仕組んだものなのだろう。
ここで何か良好な関係が築けなければ、梶川に怒られそうだな。
先ほどまでなら、この状況に嬉しさと気まずさの相見える二つの感情を有してしまっていた俺だが、お化け屋敷での出来事によりプラスの気持ちが強くなっているように思える。
結衣を前に億劫の心はすっかりと消え失せていた。今ならいい関係を築けると自信に満ち溢れている。
「ビチャッ」
気分良好な俺に攻撃をさすように突然、そんな音が下から聞こえてきた。同時に冷たい感触がズボンを通り越して肌へと伝わってきた。それにより現実へと戻される。
下の方へと目をやると子供がアイスを両手に俺の前に立っている姿が見受けられた。
片手で握りしめたコーン式のアイスにはコーンだけが残っており、肝心のアイスは俺の足元に落ちていた。それは俺のズボンからこぼれ落ちたらしく、ズボンに一筋の液体跡がついていた。
どうやらアイスを買ってもらえてはしゃいだ子供が走り出し、後ろで並んでいた俺にアイスをぶつけてしまったらしい。それにしても数人いる人の行列から最後尾にいる俺にアイスが当たるなんて不運にもほどがあるのではないだろうか。普通、真後ろにいる人に当たっちゃうとかそんなんじゃない?
その子供は今にも泣き出しそうだった。まだ幼いとはいえ、この状況があまりよろしくないことだとわかっているようだ。
だが、安心しろ。いつもの俺なら怒るまではいかなくとも若干のストレスは溜まっていた。でも、今の覚悟を決めた俺にはこんな出来事で何も動揺はしない。
「ごめんなさい」
すぐさま子供の様子を見ていた母親がアクシデントに気づいたらしく、俺に謝る。
「いえいえ、平気ですよ。次回から気をつけろよ」
母親に優しく応答しつつ、子供にも優しく説教する。俺がにこやかであったからか子供の方も「ごめんなさい」と素直に言ってくれた。いい子じゃないか。
母親はまだ納得していなかったようだが、必要以上に何か言うと逆効果になるとわかっていたのか「ごめんなさい」と何回も言いつつ、俺の元を去っていった。
あの子供に落としたアイスを買ってあげられれば、好感度的にはバッチリだったかもしれないが、金欠気味の俺にはそれをしてあげることはできなかった。このことは全部梶川のせいにしておこう。
ポケットからハンカチを取り出し、ふき取れるところは拭いておく。染み付いてしまった部分は自然乾燥に任せるとしよう。
そんなアクシデントもあってか、すぐさま俺の番がやってきた。
「ご注文は何にしましょう?」
店員さんの一言を聞きつつ、メニューの方に目をやる。幸い、後ろに客が並んでいないためゆっくり選ぶことができそうだ。
結衣が好きなものか。メニューを覗き込みながら、昔彼女と一緒にアイスクリームを食べていたことを思い出していた。
そういえば、彼女はチョコミント好きなんてちょっと変わっているなって感じたっけ。それを結衣に言ったら、説教とともにチョコミントの偉大さについて語ってくれた。
おかげで俺も今じゃ、トップ5に入るほどチョコミントアイスが好きになってしまっている。
「すみません、チョコミント2つお願いします」
懐かしく思いながら店員さんへと注文する。ほどなくして二つのチョコミントが手に渡ってきた。それを持って、結衣の元へと戻っていった。
ベンチへと戻ると俺の存在に気づいた結衣がこちらへと顔を向ける。
「はい六条さん、これ」
そのタイミングで手に持っていたアイスの一つを彼女へと渡した。
「あ、チョコミント……ありがとう」
微笑ましくお礼を言いつつ、両手でアイスを受け取る。記憶喪失と自負しているため定かではないが、昔のことを思い出してくれていたのだと思いたい。
ひとまず、俺も結衣の横へと腰をかける。
美味しくチョコミントを食べている彼女を見つつ、俺も一口食べる。最初の頃はチョコミントを食べると歯磨き粉の味だと思っていたが、今は歯磨き粉を口に含むとチョコミントだとなってしまっているためチョコミントを食べても美味しいとしか思わない。
「六条さん、お化け苦手だったんだね。早く言ってくれれば避けたのに」
一口食べたことを境に俺は結衣に話をかけた。
「ごめんね。みんなノリ気だったから断りづらくて」
俺の言葉を返してくれる。何気ない会話でも返してくれることが嬉しかった。それは今まで避けられてきたからなのだろう。
「……でも、確かにあの状況じゃ断りづらいか。ここに来る前の高校で夜に肝試しやったんだけど、その時にペアになった女の子が、どうやらお化けが苦手だったらしくて、仕掛けに驚いて先に行っちゃって迷子になったことがあってさ。その時にどうして参加したのって聞いたら、雰囲気を壊すのが嫌だって言ってたな」
「多分、その子はお化けよりも雰囲気が悪くなるのが嫌だったんだと思う。私もそう言うタイプだから気持ちはよくわかる」
「そっか。でも、次からはちゃんと言ってくれよ。幾ら何でも無理はさせられないから」
「うん。でも、今日のお化け屋敷はそんなに怖くなかったから大丈夫だった」
小刻みに震えたり、思いっきりしがみついていたり、腰が抜けていたりとめちゃくちゃ怖がっていたように見えたが、そうではなかったらしい。
「だからその……ありがとう」
恥ずかしかったのか最後の一言の前に視線を俺からはずしていく。
「ああ、どういたしまして」
結衣の様子がとても好感的で微笑ましく俺は答えた。どうやら今かなり良好な関係へと結びついているようだ。冷たかった彼女の視線は完全に柔らかくなっている。
このまま本題に入りたいところだが、それこそ今この雰囲気を壊す事態になりかねない
だろう。今はこのまま何気ない話をするのが一番だと思う。
互いにアイスクリームを食べ終えた。
未だに帰ってこない二人。梶川は一体優をどこまで連れていったのだろうか。
すると、携帯が振動した。ポケットに手を入れ、それを取り出す。
「今、アトラクションに並んでいる。まだ時間かかりそう。戻ったらいい雰囲気になっていることを期待している!」
梶川からメッセージが届いた。
今の状態でも十分いい雰囲気だと思うが、もう一歩踏み込んでも良さそうかもな。
ならばとベンチから立ち上がる。
「梶川と優、別のアトラクションに乗っているらしくてまだ時間かかるらしい。だから俺たちもなんかのアトラクションにでも乗ろうか。何がいい?」
「え? えっと……」
俺の言葉を聞いた結衣は辺りを見回し始める。アトラクション表が書かれたパンフレットは梶川が持っているため俺た
ちは周りにあるアトラクションから探すと言う手を取らなければならない。
「じゃ、じゃあ、あれに乗りたいかな」
結衣があるアトラクションへと指をさした。確かに今の心境からすると一番乗りやすいアトラクションだろう。それにあそこだと話しやすい。
「了解。じゃあ、行こうか」
俺の言葉にベンチから立つことで応答してくれる。どうやら抜けた腰は完治したようだ。
そして、二人して次のアトラクションへと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます