第7話作戦開始 3

 ジェットコースターでは、気分を悪くした優が俺めがけて吐こうとしたのを最大の力を込めたビンタで止めた。

 コーヒーカップでは、俺が勢いよくハンドルを回してみたら、回り始めたカップが勢いを緩めることがなく回り続けてしまったため係りの人に止めてもらうと言う申し訳ないことをしてしまった。


 シューティングゲームでは、一番点数を多くとった人がお昼ご飯を奢ってもらえると言う条件のもとで行った。最初は優勢であった俺なのだが、最終局面で一発も的に当たらないと言う悲惨な出来事があり、勝ったのは梶川だった。

 そんなハプニングだらけの午前だったが、こういったことがあるからこそ面白く感じてしまうものなのだろう。


 だが、一つ心残りのことがあった。

 それは未だに結衣とまともに話せていないことだ。


 梶川と話をしつつ、さりげなく結衣を話に入れるよう試みるがうまくいくことがなかった。彼女は梶川の言葉にはよく反応するのだが、俺の言葉には鈍感なのだ。多分、狙ってのことなのだろうが。


「よし。じゃあ、次はここへ行こうか」


 昼飯終わりで午後の時間。最初に入る予定のアトラクションを梶川が指をさす。

 とうとう来たか。


 拳を握り締める。このアトラクションこそ今回の醍醐味であり、俺と結衣の綿密な接触を行うことができるアトラクション。


 名を『お化け屋敷』 

 遊園地では人気中の人気のアトラクションだ。


「お化け屋敷か。非科学的なものには興味ないが、まあいいだろう」

「定番中の定番だしな。ここに来たからには行くしかないだろう」


 俺も優も梶川の案に同意する。結衣は何を言うことはなかったが、拒否してはいないため俺たちはお化け屋敷に行くことになった。

 ここのお化け屋敷は二人でペアを組んで行うアトラクションだ。


「じゃあ、私のアプリにあるランダムルーレット使ってペアを決めるね」


 スマホを取り出した梶川は『ランダムルーレット』と言うアプリを起動させて『ペアランダム』機能を押す。二人ペアという項目をタップし、俺たち四人の名字を書き始める。

 そして、『ランダムスタートボタン』を押すことでペア選出を行った。


 ドキドキしながら見つめる優と結衣、そして俺。

 こんなところで男同士で組まされたらたまったものじゃないし、万が一梶川と組まされても今回の趣旨として成り立たなくなってしまう。狙うは結衣ただ一人。


 ドキドキ見ている俺であるが、内心はそこまで緊張しているわけではない。

 実はこのアプリ、設定でランダム調整をすることができる。名前を入れる順番でどうペアを組むのか既に決めるということだ。


 だから俺が心配するのはアプリがなんらかの形でぶっ壊れないことを願うだけで、


「出た。えっと、私と遠藤に絢辻くんと結衣ね。じゃあ、私たちが先に入らせてもらうわね」


 それは杞憂なことだった。


「六条さん、よろしく」


 ひとまず、横にいた結衣に挨拶だけする。一緒のペアになるのだからこれくらいはしておかないとこれから綿密になんて言えるわけがない。というかいい加減早くこの呼び方をどうにかしたい。


「う、うん。よろしく」


 俺の言葉に返事してくれる結衣だが、少しぎこちないのが気になった。もしかしてこのチート行為に違和感を持たれているのだろうかと不安になってしまう。


 お化け屋敷の列に並び、自分たちの番が来るまで待つ。結構長い時間待たなければいけないため『英語スペルしりとり』をしながら時間を潰した。優が躍動していた。


「では次の方、中へどうぞ」


 係員さんの指示で梶川と優が中へと入っていく。その瞬間急に寒気がしたのは気のせいではないだろう。

 ここからは結衣と二人きりの時間なのだ。何か話題を。俺に話題を。


 横では無言の結衣が佇んでいる。そのプレッシャーに押しつぶされそうになる。ほおを伝う汗は日差しが強いという理由だけではないのだろう。


 ひとまず結衣の方へと目を向ける。先ほどまでと同じく近距離にいる彼女。しりとりをしている間はあまり気にならなかったのに今はこの距離感が自分に愛おしさと居づらさ二つの相見える感情をもたらす。


 彼女はどう思っているだろう。ふと気になり、顔を目だけを使って覗き込む。

 前を見据えたまま彼女は固まっていた。まるで今から戦場に赴くかのように。

 ん……何かおかしいぞ。ここである一つの疑問が生まれた。


 疑問を解消するために頭の中で過去回想を始める。

 中学時代、一度だけ結衣と一緒に遊園地へ行ったことがあった。行くアトラクションは彼女に任せて、俺は楽しむ彼女の姿を見ていた。それが楽しくて幸せだった。とても大切な日々だったからやはり鮮明に覚えている。


 結衣はあの時、定番であった『お化け屋敷』に行く気配を見せなかった。

 行かなかった理由なんて簡単だ。結衣はお化けが嫌いであると理由に収束する。


 確かに事前情報で結衣はお化けが少し苦手であることは梶川から聞かされていた。だから俺がフォローすることにより、綿密な接触が可能となる。そういう理由でここを選んだのだ。


 弱気な人間ほど横にいる人がどんな人であれ、頼りにしたくなっちゃうものと彼女は言う。

 なるほど! とあの時は納得した俺であるが、今は何か違う気がした。


 結衣の今の覚悟を決めている顔は少しお化けが苦手という人が行うようなことではない。少し苦手ならぺアの人に向かって、「私怖いの苦手なの。だからもしもの時はよろしくね」と多少心に余裕ができる。今の結衣にはその余裕が全く感じられない。


 つまり、俺の勝手な予想ではあるが結衣はお化けがかなり苦手な部類に入るのではないだろうか。

 思考が一つの結論を導き出すと、結衣の表情や体の状態が強張っているように見えてきた。


 こうなると話が変わってくる。確かに弱気な結衣の前で男らしいところを見せたい気持ちはある。確かにある。だが、そもそもここに入らなければいいのではないか。

 彼女がひどく怖がる姿なんてさすがに見たいとは思わない。


「では次の方、どうぞ!」


 すると、係員の人が俺たちに入るよう促してきた。

 え、嘘でしょ。まだ、入るか入らないかの葛藤までたどり着いていないのに。不意打ちにもほどがある。


「い、行こうか」


 係員の人に言われ、俺の方を見るとともに中へと入ろうとする結衣。本当に彼女は律儀

だ。場を乱すまいと頑張っている。


 どうする?


 反対に俺はその場に立ち止まって考えてしまう。

 入るか否か。彼女のために『入らない』という選択肢を選ぶのがいいのだろう。

 拳を握りしめ、歯を食いしばる。そして……


 俺は結衣についていった。やめるよう説得することができなかった自分を殴りたい。後ろからくる「早くしてくれない?」という威圧。覚悟を決めた結衣の表情。それらを考慮して決断を出す前に流れに流れる方が早かった。

 これだから結衣とうまく話ができないんだろうなと根性なしの自分に納得してしまった。


 小さくため息をつきながらお化け屋敷へと入っていった。

 薄暗闇でギリギリ見える視界。聞こえてくる老婆のうめき声。

 そこはまさしくお化けの館であった。


 少し歩いていくと第一の関門らしきところに当たる。次に繋がる扉の横に死体が倒れているパターン。あからさまな仕掛けだ。


 だが、こういうのはわかっていても怖いものである。

 ひとまず、お化けのいる方に俺を合わせる。これで結衣の負担はだいぶ軽くなるはずだ。


「うあーーーーーーあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 横を通り過ぎる寸前、急に動き出した死体が大声とともに俺に触れるか触れないか程度の距離感で手を伸ばしてきた。

 正直めちゃくちゃビビった。心臓飛び抜けるくらいにビビった。


 大声を出した瞬間。意識していた方の逆方向から思いっきり手を掴まれたのだから。多分、怖かった結衣がとっさに俺の手を掴んだのだろう。


 おかげで刺激ある第一関門になった。

 握られたままの手の感触を感じながら歩き始める。


「こ、怖かったね」という結衣の感想は震え声だったため本音なんだろうなと思った。

「俺もかなりビビった」と何にビビったかは本人の想像に任せて返事をした。

 今もなお震えている彼女の手。やっぱり、止めておくべきだったと後悔した。


 そして、次の第二関門。

 両端に障子が貼られた引き戸がある。これもどんな仕掛けかあからさまである。


 困ったのは両側に障子という点だ。これでは結衣のフォローに困ってしまう。どうフォローしようか迷うが、思考時間は数秒。


 当然答えが出るはずもなく、そのまま突き進んでいく俺たち。


 不意に出る手は結衣の方から。

 反射的に出てきた手の方を見る。脈が切れたような形で出ていた血は妙にリアルでしっかりと作られているなと感心させられた。


「キャーーーーーーーーーーーー」という声とともに結衣は俺の右腕に抱きつく。それによって俺の意識はこっち側に戻される。この場で言うのはなんだが、とても愛おしい。


 今まで散々突き放されていたのだから、不意にこうされるとギャップ萌えというのをどうしても起こしてしまう。

 でも、もう限界そうだな。震えは先ほどよりも強く感じる。


 このお化け屋敷はリタイア不可能。なぜなら正直そこまで怖くないから。だが、このジャンルに弱い人間なら関係はないだろう。


 ならば、俺が結衣を引き連れて行くしかない。

 右腕に抱きついている結衣。どうやら左耳を腕につけることによって、少しでも耳に入ってくる音を消しているようだ。


 背をかがめつつ、結衣の右耳付近に口を近づける。


「六条さん、もし本当に怖いのならそのまま目をつぶってて。俺が出口まで連れて行ってあげるから。それとこの腕を絶対に離しちゃダメからな」


 そう言ったのち、彼女の右耳を左手でそっと塞いだ。

 よし、じゃあ行くか。しっかりと抱きしめ、俺の方も離さないように試みる。

 その矢先、「ドカッ」っと障子から出てきた腕が俺の首元にパンチする形で出てくる。


「グハッ」


 思わずそんな声を漏らしてしまう。何してくれるんだよ。触るか触らないかのギリギリのラインで止めるんじゃなかったのかよ。クリーンヒットしちゃってるじゃねえか。リア充爆発しろってか。正直、その言葉今すごく嬉しい意味で捉えちゃってるよ。


 苛立つ感情で殴ってきた腕を見ると「ごめん」というジェスチャーをするように指先をまっすぐ伸ばし、縦に構えた。それがちょっと可愛らしく見えてしまった。

 ひとまず気を取り直して前に突き進むことにした。


 いつの間にか小刻みに揺れていた結衣の体は安定しており、身を委ねるように俺にもたれかかっていた。

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