第5話作戦開始 1
次の日の放課後。
俺は結衣との接触を図るためにある一人の人物に協力を求めることにした。
その人物の名は『梶川かじかわ 理子りこ』
彼女は先日、俺の前を通った女子生徒二人のもう一人の方である。見たところこの学校における結衣の親友にあたる人物だろう。
金髪ポニーテールに高校生らしからぬ豊満な胸。陽気な性格からクラス内の友達は多く、クラスでの身分はそこそこ高い方に位置している。
学校から少し離れた場所での接触を試みようと思ったが、最悪なことに彼女は今日結衣と一緒に下校している。どうやら今日、結衣の方は部活が休みであったようだ。
悪運の中でも屈することなく今俺は彼女たちの尾行に勤めている。建物の間に隠れては彼女たちの様子を観察し、バレないようにうまく後を追う。
このまま二人でどこかでお茶をしたりするのだけは避けてほしい。そんなことが起きれば、撤退せざるを得ない。
こんな時はだいたい悪い方向へ進むものだ。だが、屈しなかった俺の心が強運を呼び出したのか、街の分かれ道で結衣と梶川は互いに「またね」の挨拶を手でかわし、別の道を歩き始めていった。
ホッと一安心し、梶川の方へ焦点を合わせ、俺は歩き始めていった。
ここから梶川にどうアプローチしていくか模索していく。
学校での連絡事項があるという口実を使い、近くのベンチに座って話すという方法が一般的だろう。
あるいは、この方向的に彼女は多分駅へと向かっている。ならば、俺も通学路がこっちであるという設定にして一緒の電車に乗り、話す。この方法を使うこともできる。
前者の方が電車賃という痛手が起こらないため良法ではあるが、短い時間で学校での連絡事項をでっちあげなければい
けないことに苦難を生じる。後者はお金の余裕はなくなるが、時間的な余裕ができるため話し始めるのに心の準備をすることができる。だが、それはあくまで梶川が一駅や二駅で降りることがなければの話であるため一種の賭けになってしまう。
梶川の様子を見ながら二つのどちらを取るか行動の後のことまで考慮しつつ慎重に決める。
身を空気にしつつ歩いていくと先ほど彼女たちが別れた道に差し掛かった。
俺はそこでふと結衣が歩いていった道に目をやった。
目線の先には昨日見た後ろ姿があった。自然と脳裏によぎる記憶。
力が抜けるように足が止まった。それに反するように拳に力が入る。
違う。この二つの案では意味がないんだ。自分で偽りを作って話すことに意味はない。
目には目、歯には歯ではなく、相手に歯を出させるために自分自身が歯を使わなければならない。
つまり、結衣の真意を確かめるにはありのままの自分で話すことが大切なんだ。
止まっていた足をすぐさま動かし、結衣から視線を逸らしていく。
変わる信号を無理やり振り切り、前にいる彼女まで俺は走っていった。
「梶川!」
大きくその名前を呼ぶ。声が届いたのか梶川は後ろを振り向いた。
目の前まで全力ダッシュした俺は彼女の前で一度中腰姿勢をとる。久々にした全力ダッシュでの体力消耗はなかなかのものだった。
「ああ、びっくりした。あや……つじくんか。どうしたの急に」
「ちょっとな……はあ、はあ……梶川に話したいことがあって。この後もし予定が合えば……はあ、はあ……一緒にお茶とかどうだ?」
「え! お茶か……奢ってくれるならいいよ!」
息切れして、思考力が乏しくなっている俺を容赦のない一言が突き刺していく。
『話があるのはそっちだから奢るのは当然だよね』的なニュアンスが含まれているその言葉に「ダメです!」なんて言えることなく俺は承諾してしまった。
****
俺たち二人は近場にあった飲食店へと入っていった。
ここは高校生や大学生がよく使うファミリーレストランだ。
レストランといっても俺たちが頼むのは料理ではなく、ドリンクバーオンリーだが。
時間帯の理由からだろうか店へ入るとすぐにテーブルの方へ案内された。
頼むものも決まっていたので、席に着くとすぐに注文をする。
梶川は「なんか適当にとってきて」と俺に伝え、自分はメニューを掴み、中を覗いていた。どうやら何かを注文するようだ。それに関して俺は奢らないからな。
先ほどの言葉はあくまで飲料水を奢る程度の軽言であることと信じてドリンク機器のあるところへと足を運んだ。
適当にドリンクを入れ、自分のテーブルへと戻る。
「ウーロン茶か。絢辻くん、意外と渋いね」
コップを置くと梶川はいきなり苦言を俺に告げてきた。
相手の好みを知らないのだから露骨に炭酸飲料をとってくるのは難しい。だから一番妥当なものをチョイスしたつもりなのだが、お気に召さなかったらしい。「適当に」って言ったじゃないか。
自分のコップを置き、椅子へと腰をかける。
「で、話なんだけど」
席に着くなりすぐに結衣の話を持ちかけることにした。
「六条について梶川の知っていることを聞きたいんだ」
「へー、絢辻くん意外と大胆だね。いきなりそんなこと聞いてくるなんて。ひょっとして彼女のこと好きなのかな?」
彼女はいやらしい目を俺に向ける。だが、そんなことで恥ずかしいと思うほど今の俺は臆病ではない。
「ああ、もちろん好きだ。だからこの話を持ちかけている」
俺の言葉に梶川は目を丸くする。
「あはは。そんな真剣に答えるなんて思ってもみなかったよ。もうちょっと恥ずかしがるかと思っていたんだけどね」
「こんなことで恥ずかしがるくらいだったら、梶川に話しかけたりしないよ」
「それもそうか。で、私から結衣のどんな情報を聞きたいのかなー」
「梶川はいつから六条と一緒に学校生活を送っている?」
「この高校に入学した時からだよ。二年になってまた同じクラスになってラッキーだったと思っている」
つまり、彼女は俺と結衣の間で連絡が途絶えた時にはすでに結衣と一緒に学校生活を送っていることになる。これなら話しやすいな。
「そうか。なら始めに少し俺の話をさせてもらっていいか?」
「うん、いいよ」
梶川は即答する。すると、俺たちの横からいきなり店員さんが現れた。手にはアイスや果物の盛り付けてあるパフェを持っていた。
「お待たせしました。こちらスペシャルパフェになります」
一言おき、梶川の前にそのパフェが置かれる。「お、待ってました」と笑顔で言い、スプーンを取る。メニューを手に取っていたあたりから察することはできたが、やはり注文し
ていたか。
「お、ごめんね。どうぞ、話してください」
スプーンでアイスをすくい、口へと運ぶ。今から結構真面目な話しようとしてるんだがな。怒りを覚えながらもここは我慢をし、俺は結衣との過去を話すことにした。
自分は中学の頃、結衣と付き合っていたということ。
結衣は引越してしまったが、それでもお互いLineでやり取りをしていた。だが、ある時急に彼女との連絡が途切れてしまったこと。
そして、この学校に転校して結衣と再会したが、無視されているということ。
それらを事細かに梶川に伝えた。
「なるほど。それは確かに辛い話だね」
スプーンで残りのパフェをとり、口の中へと運んでいく。その姿は俺の言葉を受け止め、考えてくれているような態度だと思われる。決して、パフェの味を堪能しているような表情でないと信じたい。
「それで、入学式から今日までの間で彼女に変わったことはないか聞きたいわけね」
「ああ、そうだ」
彼女は見てくれによらず、頭がキレるタイプらしい。すぐに俺が伝えたいことを飲み込んでくれた。
「そうだね……」
目を瞑り、過去の記憶を辿っているのかしばし沈黙の時間が続く。ここでいいヒントが得られれば、今後の方針が固められるが、どうだろうか。
「そんなに劇的変化らしきものはなかったね。でも、一年の夏休み前かな。さすがに三ヶ月ほど一緒にいたからわかるんだけど。結衣に少しだけ曇りのようなものを感じたのよね。普通の人ならあんまり変化なく見られそうだけど、あの時の結衣には『空元気』っぽいものを感じた時があったんだ。それに最近もそれっぽいものが見られたかな」
一年の夏休み前。それはちょうど彼女との連絡が途絶えた時期だ。そして、最近も『空元気』が見られるか。
「何か普段の行動と変わったところとかはなかったか?」
「行動のところで変わったところは特にないかな。強いて言うなら部活を辞めたことくらい」
部活を辞めたのは初耳だった。一年の頃Lineでテニス部に入ったということを聞いていたためてっきりまだやっているもんだと思っていた。なるほど、だから今日は梶川と帰っていたのか。
「なんで急に部活なんてやめたんだ?」
「私も聞いたけれど、『家のことを手伝いたいから』って言う理由らしいわ。詳しく聞こうとしたけど、それ以降ははぐらかされちゃった」
家のことを手伝いたいか。結衣の家庭で何かがあったのだろうか。詳しく知りたい気持ちはあるが、梶川の言い方からして知るためには直接本人に聞かなければいけないことになるな。
「梶川、ありがとう。それが聞けてよかった」
「ふふ、礼にはおよばないさ。パフェおごってもらえるんだからね!」
ははっ。やはりパフェは俺の奢りであったか。スペシャルなんて頼みよって。もう少しは自重してほしいものだ。
「そうか……ところで今週の土曜か日曜は暇か?」
ひとまずパフェに対する怒りは沈めることとして、新たな提案を俺は彼女に告げた。
「日曜なら暇だよ」
「じゃあ、少し俺に付き合ってくれないか? パフェ代の代わりとして」
「別にいいけど。結衣のこと聞いていきなりデートの誘いなんて。浮気はいけないよ!」
「いや、浮気じゃないよ。梶川には六条を、結衣を誘い出す立役になってほしい。パフェ代の代わりとして」
「絢辻くん、めちゃくちゃパフェ代のこと根に持っているね。いいよ。その代わりちゃんと成果をあげてね。せっかくの休みを使うんだから」
「ああ、約束する」
「そうと決まったら、作戦立てないとね。まだ時間ある?」
意外とというよりかなりノリノリの梶川に少し驚く。自分の親友を売ることになるんだけど、良かったのか。自分で言っておいてなんだけど、あまりいいことじゃないんだよな。
でも、もう後には引けない。梶川の言ったことが正しいのなら結衣はやはり人に言えない秘密を抱えていると言うことになる。
隠している何かを引き出すためにはやはり、結衣との接触が不可欠だ。
俺たちはこの後、日曜に向けて内密な作戦を立てることになった。
話の途中、梶川が二個目のスペシャルパフェに手を出したことは置いておこう。
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