第30話 仲間の意味①
「もう一度言ってみよ……一人で行くと聞こえたが?」
ジュリの冴え冴えとした視線を受けてトーリは息を飲む。その目に宿っているのは紛うことなき殺気だ。先ほどの長杖の攻撃といい、止めを刺すつもりでやっている。
トーリはぎりぎりで躱した石突に冷や汗をかきながら横目を向けた。金属製の豪奢な杖だ。杖柄から石突に至るまで単一の金属を成型して作られていた。その表面は蔓系の植物を模した精緻な装飾が埋め尽くす。
観察している内に石突がトーリの顔の傍を離れた。トーリはそっと安堵の息を吐いた。
ジュリは杖柄を掴むと渦の中から一気に引き抜く。巨大な杖頭が姿を現わした。
――表現としては禍々しいという言葉が最も良く似合うだろう。
魔金属と魔石を惜しみなく使い、精緻に組み合わせて作り上げられた杖頭は、巨大な瞳を模していた。特大の魔石を眼球に見立ててその周りを金属で覆うことで瞳を再現しているのだ。しかし全体で見ると瞳の意匠だが、細かく見ればそれが立体的に組まれた魔法陣だと言うことが分かる。それはまるで金属でできた蜘蛛の巣だ。何処まででも精緻にかつ立体的に金属は組み合わされ、杖頭という限られた空間の中に膨大な魔法陣を編み込んでいた。魔術に対して一通りの知識しか持たないトーリですら分かる、魔導の結晶だった。
ジュリはカツンと杖の石突を床に打ち付ける。その顔には怒りの中に幾分の躊躇が紛れていた。
「こやつを呼ぶのはやや躊躇われるんじゃが、仕方ない……。
第零階位:
ジュリが短い詠唱句を唱えると、杖頭の瞳として埋め込まれた深い紫色の宝玉が輝き、杖がぶるりと震えた気がした。
「ご機嫌麗しゅうございます。ジュリエッタ=リンクス=アーデルハイド様。恒久魔術式汎用型人工知能、
トーリは驚きに自分の耳を疑った。杖頭の魔石が瞬き、杖から大人の女性の声が聞こえてくる。しかも女性の声は人工知能といったのだ。まさか魔術によって組み上げられた人格とでもいうのだろうか。そして、その声には地上にある電子機器から発されるたどたどしい合成音声とは一線を隔した知能が感じられた。まるで杖の中に一人の女性が入っているかのようだ。
「許す」
ジュリは事も無げにシオンと名乗った声に許可を出す。その声は長年の友に声を掛けるように気安いものだ。
「了承いたしました。同期を開始致します――終了致しました。初めまして
その声は慇懃であったが、悪戯をするときの子供のような無邪気さが含まれていた。そんな細かな心情変化を聞いた者に抱かせる人工知能など、トーリのいる世界には存在しない。自己紹介の通り、ジュリの魔術なのだろう。理解が及ばな過ぎて言葉も出ない。
そんなトーリの思いは
「失礼ながら略式で呼ばせていただきます。透利様、貴方が今行おうとしている行為――高性能な心情解析エンジンを用いた分析では、ジュリエッタ様はこうおっしゃってます――トーリの事が心配……」
「……ししし、心配などしておらん! な、なにを言い出すかシオン。我は怒っておるのじゃ!」
シオンの声にジュリが若干焦った声を出した。見れば顔が赤い。シオンは意外だとばかりに、魔石を明滅する。声しか聞こえない状況だが、シオンがまるでジュリの反応を見て楽しんでいるような気配がする。
「――おや? これは失礼致しました。ジュリエッタ様が大変お怒りになられている
若干言葉の端々に毒が混じるところが、ジュリの魔術らしいところだ。トーリは反論しようと口を開く。
「それは――」
「それは分かっている、などと言ったら今から貴様を殺すぞ、トーリ」
シオンに茶化されたりもしたが、ジュリの怒りは本物のようだった。トーリが言おうとした言葉を機先を制して遮ると、鋭い視線をトーリに向けた。
「シオンは変数全分析による超高度予測が可能。それができるからこそシオンを起動したのじゃ。シオンが無理だと言ったら貴様の知恵など
笑うその顔はとても賢者とは言いようがなく、外道の魔術師のそれだ。同時にジュリの言ってることは本気だと言うことが伝わってくる。トーリは自分でもその原因が分からずに怒りが沸く。若干語気を強めてトーリは言い返そうとした。
「これは俺の問題だ! ジュリが関わる事なんて――」
「結局貴様は、自分の行為が他者を傷つけるのが耐えられぬだけじゃろうが!! 他者を
トーリの言い分を遮ってジュリが吼えた。その言葉はトーリに深く刺さる。色々思い浮かべていた反論が吹き飛ぶ。ジュリは歯を食いしばって俯いたトーリを見ると、チッと舌打ちをする。
「やはり図星か。貴様の過去には同情してやろう。[
――単機で助けに行くのはさぞ気分が良かろう。自らが役に立てる、誰かの為に戦ったと思いながら死ねるのだからな。そうやって自分の魂を欺瞞で塗り固めて冥界で自身を慰めるつもりかッ! 愚か者!」
一言一言がナイフのような切れ味だった。
確信を突かれたトーリの顔が怒りによって紅潮する。[
誰かを助けに行くためだった。例え力及ばずに果てたとしてもそれは自殺ではない――そう、自分の心を偽ることが出来る。
その浅ましく、自己中心的な指向をジュリに看破された。トーリの噛みしめすぎた奥歯からギリと軋む音が漏れた。
「じゃあどうすればいい……! 俺はもう誰も傷付けたくないんだ! [
血を吐くように、低い怨嗟の声がトーリの口から漏れた。
ジュリはトーリの絶叫を憤怒に満ちた瞳のままで聞くと、静かに言う。
「ふん。下らぬ。貴様には初めに契約したことすら覚えておく知能も無い様じゃな。言ったであろう。貴様が誰かを傷つけそうになった時は、我が貴様をその存在を、腐った性根を、惰弱な魂を、全て砕き土に戻してやる。それが約束だったはずじゃが?」
「……そんなの。俺の[
問い掛けられたトーリは、自嘲的に答える。トーリの鬱屈した答えに、ジュリの憤怒は限界に達した。二の句を告げずに口をパクパクさせる。
そこへシオンが割って入って来た。
「取り込み中恐れ入ります。ではジュリエッタ様をクランとして迎えたらいかがでしょうか? そうすれば基本的に一緒に冒険を行うことが出来るし、他者に引き抜かれる可能性も大幅に減りますよ」
そう提案してくる。確かにクランを作れば永続的な関係を築けるだろう。そうすれば長い期間ジュリはトーリの傍にいることになる。[
しかしトーリは諦めたように首を振る。
「俺が誰かを傷つける可能性がある限り、仲間は作れない」
そう答える。これは出来る出来ないの話では無かった。トーリの感情が恐れてしまうのだ。誰かと仲間になる事を。また仲間を作ればその人をトーリの[
にべもないトーリの返答にシオンは思考するように淡い明滅を繰り返すと、がらりと口調を変えて話し出した。
「――甘ったれてますねェ」
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