第28話 死線④
爆炎が見えた瞬間、上も下も分からずめちゃくちゃに転がった。
どのくらいの時間吹き飛ばされていたのか全く分からない。凄く長い時間が経ったような気もするし、一瞬で過ぎ去ったような気がする。
最後は少し気絶もしたのだろう。レナが目を覚ました時、辺りは静まり返っていた。
「……ぅう」
自然と口からは苦悶の声が漏れる。起き上がろうと身体に力を込めると、全身がバラバラになったかのように悲鳴を上げる。体中どころか口の中まで砂だらけでじゃりじゃりと不快な感覚がある。
(……そうだ! チヒロ!? ケンロウ!?)
徐々に明瞭になっていく意識の隅に仲間の存在が蘇る。必死の思いで周囲を見渡して仲間を探す。まだ土煙が薄く掛かっており、一層視界を遮っている。爆発地点からレナより遠い所に、大盾が落ちていた。レナのものだ。その大盾の下から足が覗いている。
「チヒロ!」
足はチヒロの物だ。レナは動かない身体を無理やり身体を起こすと、チヒロの傍に歩み寄る。盾を退けると、五体満足なチヒロが現れた。
「いたた……」
盾を動かした拍子にチヒロも覚醒したのか、小さく悲鳴を上げる。やはり全身泥だらけで肩口には浅い切り傷があったが、こんな近距離で爆発に巻き込まれてこの程度で済むのならばレナもチヒロも幸運の部類に入るだろう。チヒロの無事を確認すると次にケンロウを探す。
「生きてる人いる!?」
大分大きな声が出る様になってきた。チヒロを抱え起こしながら声を掛ける。どうやらレナがこの混成パーティの中で一番に目覚めたらしい。隊列の順番なども影響したのだろう。レナの声を受けて数か所からうめき声が聞こえた。
「……くそ。どうなってんだ……」
爆発付近の方に近づくとケンロウの弱弱しい声が聞こえた。
「ケンロウ! どこ!?」
「……ここだ。助けてくれ、レナ、チヒロ」
声を頼りにケンロウを見つける。初めに見つけたのはチヒロだ。レナが肩を貸して共にケンロウを探していると、チヒロが不意に「嘘……」と息を飲む声が聞こえた。レナもチヒロが凝視する先にケンロウを見つける。その姿を見て全身の血の気が引くのを感じる。
「ケンロウ!!?」
チヒロと二人でケンロウの下に駆け寄る。ケンロウの傍に
よく見なくても分かる。
――ケンロウの血だ。
ケンロウは巨大な岩石の下敷きになっていた。上半身だけが見えている状態だ。下半身の上に乗った巨大な岩石と地面の間は狭い。ここに人間をねじ込もうとすれば、それこそぺしゃんこにする必要がある。
つまりはケンロウの下半身が今、そういう状態になっているということを示していた。
「ケンロウ! ケンロウ!」
「レナ、チヒロ。居るのか? 良く、分かんねぇ。」
ケンロウはレナとチヒロの声に反応して、探すように視線を彷徨わせる。しかし、視線がレナやチヒロの顔を通り過ぎても目線が合うことは無い。
(目が……)
ケンロウが目が見えていないのだと、レナは気が付く。医学的な知識に乏しいレナにはその原因は分からない。だがこれだけ大量の血が出ているのだ、安静しているだけでは助からない。
「そ、そうだ! 片岡さんっ! 片岡さんいますか!?」
【
その動きを肩を掴まれて止められた。今まで意識していなかったところに急に捕まれたので驚いてしまう。その手の主は吉岡だった。どうやら吉岡もあの爆発を生き残ったらしい。最も前衛で爆発を受けた影響かやはり全身はボロボロだが、四肢に欠損は無いし大きな怪我は無さそうだ。しかし吉岡の表情は優れない。悲しそうに瞳を揺らした。
「片岡は駄目だった。そして斉藤君も……」
「いやッ!」
最後の言葉を聞きたくなくて、レナは吉岡の言葉を遮った。簡単に想像が出来てしまったからだ。
片岡は誰よりも爆発元の近くにいたのだ。爆発の影響をモロに受けたのだろう。正直に言って、生き残れるとはとても思えなかった。そして
つまりは――死……。
振り払うように頭を振るが、入り込んだ想像は理解と納得という形を持ってレナの中に定着してしまう。どう考えてもケンロウが助かる可能性が思い浮かばない。起死回生の一手は無い。
また縋りつくようにケンロウの傍に舞い戻る。ケンロウの横ではチヒロが泣いている。決して泣いている所をケンロウに悟られまいと、声を押し殺して。それを見てレナは覚悟を決めた。
「ケンロウ。今助けが来るからもう少し頑張って! 大丈夫! 三人で今までも上手く切り抜けてきたんだよ!」
必死に声を掛ける。レナも絶対に泣いている事は悟らせないと誓う。
「ああ、早く助け……が来るといいな」
ケンロウは意識がぼんやりしているのか、言葉もとぎれとぎれで拙い。状況もはっきり分かっていないようだった。表情は穏やかそうだ。痛みを感じていないのだろう。それはレナにとっては救いだ。
「それまで寝ちゃ駄目よ。回復したら自分の脚で歩いて帰るんだから。ケンロウは竜殺しの
「うん、ケンロウ重いから。が、んばって歩いてね」
「はは……なんだ…よ。二人ともひでえなあ……」
ケンロウの顔がどんどん青褪めて死相が濃くなっていく。言葉も徐々に輪郭を失って、溶けて意味のなさない呟きになる。
「今日も芋の…スープかよ……。チヒロ、これじゃあ魔力なんて回……復しねえよなぁ。はは…は、レナは一番食うからなあ」
「何……よ。失礼な夢を、見て」
ケンロウが弱弱しく笑うのを見て、レナは声が上擦りそうになるのを必死でこらえながら返す。ケンロウの魂はきっと夢の中に戻っているのだ。沢山の子供たちが押し込められた中で、三人で夢を見たあの頃を。冒険者に成って一旗揚げようと計画を練ったあの日々に。その表情に浮かぶのはワクワクした時に見せる、ケンロウらしい笑みだった。
「――いつか三人で…………に、な……ろうな」
溜息を付くような大きい呼気を最後にケンロウの呼吸が止まった。穏やかな表情だ。顔だけ見ればまるで眠っているかのような。数瞬経てば、不満げな視線をこちらに向けそうなだ。「レナ、なんで起こしてくれないんだよ」、と。
「ほら、こんなところで何寝てるの。もう今日の冒険は終えたんだから……ねえ…ケンロウ…ケンロウ」
ケンロウを起こそうと揺する。しかしケンロウが身じろぐことは無かった。死というものは不思議なものだ。見た目に大きな変化が無くとも、それが訪れた瞬間に人から物に変わるのがよく分かってしまう。
「ああああああああッ!」
レナの慟哭が洞窟に響く。チヒロも今度はワッと声を上げて泣き出した。
「残念だ。そしてそれを悲しむ暇すら僕たちには無い。なけなしだが、
後ろから吉岡が声を掛けながら、試験管のような容器に入った緑色の液体を差し出した。レナは横に出された試験管をみて吉岡をキッと睨んだ。
こんな状況の中でケンロウとの別れの時間を作ってくれただけでも感謝すべきなのだろう。更に自分の持ち物の中から
「それが! それがあるなら何でケンロウが死ぬ前に出してくれなかったんですか!」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で吉岡を睨む。拭っても拭っても涙があふれるから、吉岡の悲しそうな顔がぼやける。
「
そんなこと出来るわけない。吉岡に向かってレナがそう叫ぼうとしたとき、チヒロに抱きしめられた。
「レナちゃん。もう駄目だよ。こんなこと、してる場合じゃない。私達足掻かなきゃ。このままだと……全滅する」
チヒロの瞳からも涙があふれ続けていた。しかし悲しみの中で瞳の色は決意に燃えていた。歯を食いしばって感情を殺している。
(そんな目で見られたら、やめるしか無いじゃない……!)
「うあああっ」
諦めと同時にひと際涙が溢れた。チヒロがレナの頭を自らの胸へと誘導してくれる。レナはチヒロを抱きしめて泣く。チヒロはレナを胸で抱きしめながら、吉岡を見上げる。視線は厳しいが、そこには感情を抑制した理性の光が宿っていた。
「吉岡さん。ご迷惑をお掛けしました。
「生き残る為に必要だから渡したんだ。決して善意ではない。あと三分で出発する。残念だが遺体は回収できない。せめて
「……分かりました」
チヒロがてきぱきと指示を受けていく。そのままチヒロの胸に顔を埋めていると、チヒロがポンポンと背中を叩いてきた。永く一緒に居るのだ。嫌でも意味は分かる。レナはチヒロから顔を離すと、吉岡に向く。また睨んでしまいそうだから顔は見られない。それを悟られまいと、素早く顔を覗けない程深くお辞儀した。
「吉岡さん、ケン……仲間との別れの時間をありがとうございました。先ほどのひ、非礼をお詫びします」
レナは吉岡に対して謝意を示す。まだ声は上擦っていたが、それはもうどうしようもない。
「構わない。渡辺さん、また力を貸してくれ」
吉岡は優しい声音で言葉少なに言い残すと、
「さ、レナちゃん。
チヒロが吉岡から受け取った
(そんなこと、ケンロウとよく話したな……)
また涙が浮かびそうになって、勢い任せに
チヒロと二人でケンロウの
「ごめん、ケンロウ。ここに置いて行くよ」
そう声掛けする。チヒロはケンロウの
「何、しているの?」
「レナちゃん。私の
チヒロは真剣な表情で自らの
「何を言い出すの!?」
「違う違う。交換しようって意味だよ。もしよければレナちゃんの私に貸して」
レナの剣幕にチヒロは困ったようにかすかに笑う。どうやらレナの早とちりだったらしい。
「この
チヒロは泣き腫らした目を少し恥ずかしそうに細めた。自分でも子供っぽい事を言っていることに気が付いているのだろう。その噂はレナも一緒に聞いていた。
「だから私はレナちゃんに守って貰えるように。レナちゃんは私が守れるように渡しておこうと思って。おまじないだよ」
はにかむチヒロを見てレナも僅かに和らいだ。いいよ、と言いながら自分の
「でもチヒロの
「そんなことないよ! そういうの関係無いから!」
レナが渡した
「行こう。レナの事は私が守るから」
「何言っているの。守るのは私の役目」
「さあ出発するぞ」
二人の会話を遮る様に吉岡が出発の合図をした。
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