第25話 死線①
(くそ、結局俺は駄目なのか)
トーリは先ほどから何度目かの自問を繰り返していた。ジュリに言われたことがいつまでたっても頭から離れない。半分以上気もそぞろに洞窟の中を進んでいくが、幸い
(でもなんでこんな上階に
少しでも気持ちを切り替えようと、全く違う方向に思考を向ける。だがそういった前例を知らないトーリがどんなに考えても適当な答えは見つからなかった。
(ジュリなら知っているかもしれない……)
ここ三週間の癖でほとんどずっと一緒にいる同行者に目を向ける。
(俺の……せいだよな)
トーリは背後にいるジュリの気配に注意を払いながら小さくため息をついた。今まで良い関係を築いてきたのに、全てを台無しにしたのはトーリ自身だ。ジュリに[
(俺は、結局ヒナタを殺したことを[
右手に残る頸骨を砕いた感覚に怯えて、爪が食い込む程に手を握る。初めて[
(そしてそう勘違いした方が、俺にとっても
そうやってトーリは自分自身の心を守った訳だ。自嘲気味にトーリは嗤う。なんて卑怯なんだ、と。どうせ[
(また同じ事を考えているな)
(いくら何でも気を抜きすぎだな)
自分はともかくジュリを危険に晒すわけにはいかない。それに地上に伝えないと大きな被害が出るかもしれない。自分の身の振り方は全てが終わってからでも良いだろう。既に九階層の一節。ここを越えたら八階層だ。いつ
(本当なら既に追いついていておかしくないんだけどな。奴ら、思った以上に速い)
トーリは気を引き締め直して、経路の先を見つめる。と、その時だ。
ズン、と身体に響く振動が洞窟全体を鳴動させた。
その振動に急激に緊張感が高まる。後ろを見ればジュリも剣呑な表情で周囲を探っている。トーリは腰に下げた
「何だと思う?」
「分からぬ。位置は遠そうじゃが……。じゃが、魔素によって守られている
ジュリの言葉にトーリは頷く。
「鉢合わせだけは避けたい。少し迂回はするが、走るぞ」
「トーリ……いや、何でもない。走るのは構わぬ」
ジュリは何か良い澱んだ後、表情を真顔に戻すと自らの脚に何か魔術を掛けた。恐らく身体機能を上昇させる魔術だろう。ジュリが何を言おうとしたのか気にはなったが、今はゆっくりと問答している時間も無さそうだ。ジュリの準備が終わるとトーリは
***
【
「なんか今日、
ケンロウがつまらなそうに担いだ長槍をくるくるを回しながらこちらを振り向く。チヒロもやや困った表情で頷く。
「普通は上層と言ってもここまでくれば普通は
レナも溜息を付きながらあまり役に立っていない大盾を背負い直す。
(頑張ろうと決めた途端にコレだもんなあ)
世の中上手く行かないものだ、とレナは苦笑する。
「どうする? もうちょっとだけ深くまで行ってみる?」
「どうすっかなあ。次は七階層だからなあ」
レナの問いかけにケンロウは嫌な事を思い出したように鼻根にグッと皺を寄せる。チヒロもやや難しい顔だ。この下の七階層で一度、
(あの時は必死に側道を探して、六階層に逃げ戻ったんだっけ)
六階層は七階層にまとわりつくように網目状に広がる階層で、何か所も七階層と通じる道が通っている。その一つに飛び込んで、あとはひたすらに逃げて
確かに何となく敵がいないからという理由で、七階層に再挑戦するのは少し油断しすぎだろう。しっかりと準備をした上で挑もう。レナもそう納得して、どの経路で帰るか三人で話し合いを始めた時に、洞窟の奥から声が掛かった。
「いた! オマエら! こんなところにいたのか!」
口調は荒いが、声は美しい女性の声だ。声に聞き覚えがある。午前中、
「なんで六階層のこんな外れに居るんだよ……」
「私達七階層はまだ未踏破なので、六階層で稼ぐしかないんですよ。それよりどうしました?」
肩で息をしている美濃部にチヒロは答える。確かにここは既に六階層でも随分外れの方だとレナは思った。もう少し進めば、『祭壇』と呼ばれる七階層の奥側に一気に抜けることが出来る。七階層を最短で横切る場合は便利だが、その分六階層で酷く時間を食うためにあまり好まれない経路だ。
「オレが話すよりも、ミツテルが話す方がわかりやすいから」
呼吸が僅かに落ち着いてきてきた美濃部が後ろを仰ぐと、既に吉岡光輝がすぐそこまで追いついてきていた。吉岡自身は汗一つもかかず涼しい顔だが、一緒に走っていた片岡裕也は息も絶え絶えだ。美濃部もそれなりに疲労している所をみると、やはり身体機能強化の差なのかと分析する。更に片岡は
吉岡は【
「何か
先ほど会った時の柔和な表情が少し崩れかけている。それほど取り繕っている余裕も無いと言う事かと、レナは思う。
「確かに
ケンロウが少しおかしな敬語で吉岡に説明するが、これは平常運転だ。むしろ、レナやチヒロにとっても何故こんなに吉岡達が焦って行動しているのかが良く分からない。
吉岡がケンロウの言葉に頷く。
「やはりそうか。僕たちも同じだ。こんなに
確かにそれはそうだ。レナは吉岡の言葉をヒントに考える。
「まさか巨大な群れが……?」
「ああ、その可能性があると思っている。一から七階層までの潜在的な
「五〇〇! そんなに!」
実際に出来上がった可能性のある群れの大きさを聞くと、チヒロから思わず悲鳴が上がった。レナも冷や汗が背中を伝うのを感じる。もし、五〇〇が徒党を組んで組織的に人類に牙を剥いたら。それは恐ろしい想像だ。通常十~二十階層である中層に出る群れでも百に届くかどうかなのだ。それの五倍の規模がこんな浅い階に出現したら、どれだけ死者が出るが分からない。自衛軍も協力しての大掛かりな討伐へと発展するはずだ。もちろん一介のクランがどうこう出来るレベルを超えている。
「それは本当に
「それは分からない。しかし完全に
チヒロの問いに吉岡は答える。「それに直近では僕たちがやることは変わらないしね」と付け加える吉岡にチヒロも納得したようだ。【
「ああ、だから一度は全て引き上げる。入潜所にも連絡して入口はすぐに封鎖だ。僕たちは体制を整えた後に自衛軍と組んで状況把握に努める。さぁ、分かったらすぐにここから――」
ズン、と腹の底に響くような衝撃がレナ達を駆け抜けた。
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