第24話 クラン【月詠:ツクヨミ】③
山崎と芳賀が十分離れたことを確認すると、今度は吉岡はレナ達に視線を向けた。いや、正確にはチヒロにだ。
「横芝千尋さんだね。初めまして、僕は【
ニコリと人好きのするような笑みを浮かべて自己紹介した。紹介された二人もこちらに向かって会釈をする。美濃部は先ほどナイフを山崎に突き付けた女性だ。ウェーブの掛かった明るい茶色の髪を短く纏めた長身の美人だ。職種は恐らく
名指しされたチヒロが一歩前に出る。
「吉岡さんですね。横芝千尋と言います。面倒な事になるところを助けて頂きありがとうございました」
チヒロもニコリと笑みを返す。整っているがやや童顔な面差しにボブで纏められた艶のある黒髪のチヒロはレナから見てもかなり可愛い。美人と呼ぶにはまだ発展途上だから美人予備軍といった所だ。吉岡もチヒロの笑みに完璧な笑顔で「いえいえ……」と謙遜しているが、満更でもなさそうな雰囲気を出している。
(どうにも胡散臭いんだよなあ……)
吉岡の人の好さそうな応答が、しっくり来過ぎていてレナは何となく違和感を感じている。先ほどの威圧を見た後だと、どうにも信じきれないのだ。
「いやー、助かったっス。『
レナの疑心暗鬼などどこへやら、ケンロウは吉岡のことを信じ切っているらしい。冒険者を目指す者なら一度は憧れる存在だ。そんな存在に助けて貰ったとなれば憧れも一段と強くなる。ケンロウにキラキラした目で見つめられた吉岡は苦笑する。
「いえ【
【
「一応見失わないように、
本来は山崎が完全に手を出してから助けに入る予定だったらしい。しかし今回狙われたのが【
「横芝千尋さん。貴女には才能がある。才能がある者には良し悪しに関わらず人が集まる。利用しようとする者、嵌めようと動く者、仲間として取り込もうとする者。その真贋を自ら見極めて、自分の身は自分で守らないといけない」
吉岡の真剣な表情にチヒロも表情を硬くして頷く。
「有体に言えば僕たちもそうだ。本来なら罪を確定するはずだった者を逃がしてまで、君に恩を売った。僕は無理に引き抜こうとするつもりは無いが、横芝さんがより高みを目指そうとする時、自分を人々の悪意から守り切れなくなった時、そして周りにいる仲間を守りきれなくなった時に、新しい仲間として【
吉岡は例を挙げる度に指を立てながら説明する。仲間を守り切れない、と言う言葉が出た瞬間にチヒロの表情が硬くなったのが分かった。
(吉岡さんは私達にも言っているんだ……)
さっきの山崎達の諍いの時、もし戦闘に発展していればレナもケンロウも大した攻撃も出来ずチヒロに守られる事になっただろう。下手をすれば人質に取られて、足を引っ張ったかもしれない。それに考えたくは無いことだが、どう考えても無事では済まなかった。全滅の可能性も十分にあった。吉岡は力の差が付きすぎた仲間は、共に助け合う関係になる事は出来ないと言っているのだ。
「私は……」
「今無理に答えを出す必要はないよ。よく考えてみて。横芝さんのお仲間も一緒にね。あと人の悪意には十分に注意してね。横芝さんは今、君が思っている以上に色んな人の目に留まっているよ」
吉岡は口ごもったチヒロにあくまで優しく忠告すると、美濃部と片岡に目配せした。
「今日の仕事は終わったけど、せっかく
吉岡は、硬い表情のまま立ち尽くしている【
嫌な沈黙が下りる。ケンロウでさえも言外にチヒロの足で纏いだと言われたことには気が付いたらしい。男としてのプライドを深く傷つけられた様子で俯いている。ケンロウはオロオロと頭を振るとチヒロを見つめた。
「俺、チヒロに比べると弱いよ。いい流れで冒険者をやれてるって思ってたけど、チヒロがいなくなる事を想像したら全然立ちいかないし。吉岡さんが言いってることは多分あってる。いいのかよチヒロ。俺らなんかと一緒に居て……」
ケンロウは悔しそうな顔をしながら、吐き出すように言った。言いながらも、チヒロを失う恐怖に
(逃げては通れないことだ)
そう思ってレナもチヒロを見つめる。チヒロも色々考えているのか、瞳を揺らす。チヒロ自身も安易に決めてはいけないことだ。その選択が元で命を落とすことになるかもしれない。その時に後悔するような選択ではいけない。
チヒロは丸々数分の間無言で考えた後、振り払うように顔を上げる。そして真剣な表情でケンロウとレナを見つめた。
「私、【
チヒロは自分なりの考えを二人に伝える。その顔に緊張が混じっていることにレナは気が付いている。
レナはチヒロの発言を反芻する。チヒロはレナにとって、仲間で親友だ。裏切ったり、不利益を与えることになる事が分かっていて利用したりは絶対にしたくない。
(チヒロが【
今は正直、チヒロがレナとケンロウを引っ張ってくれている状態だ。チヒロがいるからレナもケンロウも
(ずっと一緒にいる、と簡単に言われるよりずっといい)
よく考えてくれていると思う。実力差が今以上に開けば絶対に一緒にはいられなくなる。そのことを分かってくれている。
緊張の面持ちでレナ達の返答を待っているチヒロにレナも、真剣な表情で頷く。
「今はまだ弱いけど……絶対に強くなる。絶対にチヒロを守る。ついでにケンロウも」
「お、俺も強くなるよ! 前衛として! ――って、ついでってなんだレナ!」
真面目にチヒロに伝えようとして思わず突っ込んでしまったケンロウに、チヒロはふふ、と笑みをこぼした。お互いの緊張がほぐれる。レナはぐ、と拳を前に突き出す。冒険者になる前から、夢を語るときに決めたクラン【
レナの拳を見て、チヒロは控えめに、ケンロウは大きな動作で拳を突き出した。共に笑顔だ。
「私はどんな敵からも仲間を絶対に守れる
「私は深淵を覗く大魔術師に! 魔術の理を解き明かして見せる!」
「オレは最強の槍使いになる!
「「「【
わん、と三人の声が洞窟に木霊した。まだここは二階層に入るかというところで、狩り尽された場所だ。他のクランの迷惑にもならないだろうし、自分たちが
(でも、大事なことだよね)
厳しい現実ばかりのこの世界で、仲間と目指す夢くらい追っても良いとレナは思う。今日は六階層を目指す予定だ。二階層の十節を越えた辺りから逸れ
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