第23話 クラン【月詠:ツクヨミ】②
「いよう孤児ども。元気でやっているかあ」
しばらく洞窟の中を進み続けると、後方から粘着質な声を掛けられる。レナは聞き知った声に思わず顔を
レナが話しかけずに二人を睨んでいると、山崎がおどけたように肩を竦める。
「なんだよ挨拶も無しかよ。ひでえなあ。冒険者としての礼儀ってもんがなって無えんじゃねえのか?」
俺らが教えてやるよお、とニヤニヤしながら気安く近寄ってくる。芳賀も口を出すことは無いが、山崎と同様に下卑た笑みを浮かべている。
「いえ、挨拶が遅れてすみませんでした。どうも山崎さん、芳賀さん」
いつものおっとりとした雰囲気を一変させて、チヒロが挨拶をする。
「お、やっぱり天才は違うねえ」
山崎は気持ちの悪い笑みを絶やさずに、値踏みするような視線をこちらに向けて来た。遠慮なく舐めまわされるような視線に、レナは全身に
「才能の無い孤児どもの世話は大変なんじゃないの? チヒロちゃん一人が頑張ってさ。【
「なっ――!」
山崎はチヒロだけを見て、その他の二人は眼中にも無いと言った様子で話しかける。山崎の安い挑発に乗ったのはケンロウだ。ケンロウは怒気を孕ませて、背中に抱えた長槍に手を伸ばす。一気に張り詰めた緊張感にレナは内心青ざめる。山崎はこんな戦闘には適さなそうな見た目をしていてC級だ。芳賀ですらD級――チヒロと同じ
「有難いお話ですが結構です。私たちは既にクランです。安易な勧誘は止めていただけますか」
いつもはふわりとした空気を纏っているチヒロが瞳に剣呑な光を宿す。ケンロウは常に考え無しだし、チヒロもこう見えて売られた喧嘩は買う主義だ。レナが心配した通り、山崎たちにとって期待通りの答えでは無かったのだろう。山崎が不愉快そうに眉を吊り上げると、唾を吐き出す。
「身の程を知らねえ餓鬼はこれだから嫌だな。このままだとあの『死にたがり』と同じに成るって言ってんだよ。もう犬死しただろうがな。所詮孤児なんてそんな末路がお似合いなんだよ」
「黒澤さんは死んでなんかいないッ!」
黒澤透利の名前が出てきて我慢できなくなったのか、ケンロウが叫ぶ。レナも叫びこそしなかったものの奥歯をグッと噛み締めた。黒澤透利はレナ達と同じ孤児院出身のC級冒険者だ。孤児の身で彼の名を知らぬ者はいない。奴隷になる事を回避して、C級として冒険者を続けているその姿は孤児たちの憧れだった。常に
山崎はケンロウの反応に満足したのか、また余裕の笑みを浮かべる。
「死んでるだろうがよ。もう既に
「黒澤さんは『死にたがり』なんかじゃない! それに黒澤さんは――!」
ケンロウは山崎の期待した通りに激高する。興奮して余計なことまで話そうとして、チヒロに睨まれた。それでケンロウは自分が口が滑りかけたのに気が付いたのかはっとした表情で口を噤んだ。レナにもケンロウの気持ちは分かる。黒澤透利の装備がみすぼらしいのはレナ達の孤児院にその稼ぎを寄付してしまうからだ。この事は本当はレナ達も知らない事になっている。しかし時々孤児院長に会いに来る黒澤を尊敬の眼差しで見つめていたら、冒険者になるときに孤児院長が「秘密だよ」と言いながら教えてくれたのだ。大きなお金を贈与していることがバレたら黒澤透利にも孤児院にも、どんな不利益が掛かるか分からない。だから表立って感謝もお礼も出来ないけれど、もし冒険者になって黒澤透利が困っていたら助けてやって欲しい、と。レナ達が冒険者になるときに
チヒロはケンロウが押し黙って睨みつけるだけになったのを確認すると、視線をまた山崎に戻す。
「黒澤さんは生きていますよ。今までも一週間程度の潜入は多かったんですから。潜りたくても潜ってられない山崎さんとは技術力が違うのです。そして、あまりしつこいと
チヒロはまるで花が咲いたような笑みを山崎に向ける。その可憐な笑顔は同性のレナから見ても美しいと感じるが、内容とのギャップを考えると相当に宣戦布告だ。案の定、ケンロウをやり込んだと思って満面の笑みを浮かべていた山崎の顔が、一気にどす黒くなる。
「ふざけんな。紅葉の野郎もあの孤児上がりのC級を優遇しやがって。てめえらも調子に乗ってんじゃねえぞ。
「何を楽しむんだい……?」
急に会話に割って入って来た声があった。その声は
「あ? 今はテメェと話をしている――」
山崎の言葉は最後まで発されることは無かった。不愉快にも会話に割り込んできた相手を黙らせようと振り向いた瞬間、凄いスピードで山崎の懐まで飛び込んできた影が、そのまま山崎を吹き飛ばして壁に押し付ける。山崎はただ、ぐえ、と顔通りの蛙の鳴き声のような悲鳴を上げる。
「おお? オマエに『テメエ』なんて呼ばれる仲間は【
山崎を押し付けた相手は、喉元にナイフを当てながら早口で巻くし立てる。その声は美しい女性の声なのだが、内容が剣呑だ。壁に押し付けられた事に一瞬怒気を浮かべたものの、女性の背後に控える喧嘩を売った相手が誰なのかを確認した山崎は、今度は自分が顔を青ざめさせた。
「『
「オマエ何呼び捨てにしてんだよ。ついでに見るな、ミツテルが汚れんだろうが。目を抉ろうか、目を……」
「アツコ。その位にしてやれ」
山崎の発言に更に威圧を強めたアツコと呼ばれた女性は、ミツテルと呼ぶ男性に
【
「君は【
吉岡はその整った顔に憂いを乗せて山崎に謝罪をした。
しかしその事に山崎は気が付かなかったようだった。吉岡の謝罪を付け入る隙だと感じたらしい。僅かに余裕を取り戻した山崎は、吉岡とは比べ物にならないほど下手糞な愛想笑いを表情に張り付けると、口を開いた。
「別に構いやしねえです。吉岡さん。【
余りにも下らない言い訳にケンロウはギリと歯を食いしばる。今にも山崎の言葉を遮って「違う!」と喚き出しそうでレナははらはらした。ここで感情的になっても良いことは無い。何とかケンロウが押しとどまって山崎が最後まで話しきる。吉岡はニコニコと山崎の話を全て聞いた後で、その目を静かに細める。
「へぇ。冒険者思いじゃないか。僕もそういう協働の精神を大切にする方でね。君たちの行いにはいつも
急に冷気が辺りを包んだように感じた。吉岡から放たれた威圧に腰が抜けそうになったレナとケンロウが一歩、後ずさる。唯一踏みとどまったチヒロも冷や汗が頬を伝っている。一拍遅れてこれが魔圧なのかと思い至る。人間でもB級以上の魔力を持つ冒険者は魔圧が使える者もいると聞いたことがあるが、レナにとって初めての経験だ。周囲にいるだけでこうなのだ。直接、魔圧を受けている山崎と芳賀はもっと酷かった。芳賀はペタンと尻餅をついているし、山崎もヒッと小さく悲鳴を上げて恐怖に顔を引き攣らせている。
「僕もね。冒険者全体にとって利益のある行いなら、多少の犠牲でも目を瞑れるんだ。例え悲劇があったとしても、その冒険者が相対的に全体にとって利することができるような存在ならね。だが全体にとってマイナスになるようなら――分かるかな? 今後【
吉岡はニコリと笑いながら殺意を向けるという器用なことをやってのける。その様子が山崎は涙目になりながらコクコクと頷く。
「分かったならいいんだ。以降、クラン【
吉岡が殺意を緩める。この場から離れる許可を得た山崎と芳賀は、取る者も取り合えず
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