第22話 2つの[狂戦士]/クラン【月詠:ツクヨミ】①
ジュリの視線に嫌な汗が、顔に浮いてくるのが分かった。
どういうことだ、と何度も記憶を反芻するが何の答えも出てこない。トーリの慌てる様子をみても、ジュリの態度は変わらない。静かに粛々と説明を続ける。
「基本的に[
トーリが二の句を告げないでいるのを見ると、ジュリは言葉を続ける。
「しかしあの
「お、俺は……」
トーリは自分の声が自然と震えだすのを悟った。確かに
「否認からの解離。その結果が今じゃ。貴様は自分が行った事に耐えきれず人格を二分した。そうして生まれたのが偽覚醒状態の[
「うるさいッ!」
狼狽えた声が、ジュリの説明を遮った。ぐわん、と大きな眩暈がする。あの時の記憶は覚えていないはずなのに。ぶちまけた絵の具が逆再生で剥がされ、その下から絵が現れるようにトーリが見たことも無い記憶が現れる。頭が痛い。トーリは両手で頭を押さえると静かに
「……そうか。俺が全部、やったのか」
言葉にしてしまうと、トーリの中に、ストンと、その事実が収まってしまったような気がした。圧倒的な狂気、怒り、絶望、憎しみ。それらは全てトーリとは違う人格が行った他人事ではなく、トーリ自身が感じたものだった。[
「詰まる所、真覚醒状態の[
トーリの理解が進んだことを見定めたのだろう、ジュリが言葉を重ねる。結局、[
「しかしな。もし足りぬところがあれば補い合えばよい。弱者には弱者なりの――」
「ああ、そうだな」
乾いた声がトーリの口から漏れた。いつの間にか頭痛が止んでいた。トーリは起き上がると膝を払う。ジュリは命の恩人だ。その事には感謝をしているし、恩がある。
(極力、彼女には協力しよう)
その協力がジュリにとって頼りになるかは別の話だ。[
(そもそもジュリは魔術師としての能力が高い。冒険者で言えば実力は少なくともB級以上だ)
更に戦闘には適さなくても、この世界で確認されていない魔術も多数知っているだろう。その価値は計り知れない。すぐにトーリより力のある仲間が見つかるはずだ。それどころか後援者として大企業や政府機関に召し上げられるかもしれない。たかだかC級下位の冒険者に何ができるというのか。
(主従の契約を交そうと、もともとが不釣り合いだ)
トーリの存在が必要なくなる日はすぐに来るだろう。そうしたらまたトーリは
トーリは脇に置いてあった
「
「分かった」
(
また鼻が馬鹿になるまでの間は、この不快な匂いと付き合う必要がある。不快感に幾分顔を顰めながら、トーリ達は出発した。
***
むわりとした体にまとわり付くような空気が、
「レナちゃん、この中はやっぱり臭いねー」
隣を歩く
チヒロの指摘にそんなに顔に出ていたのだろうかとレナは表情を引き締めると、二人よりも前を歩いていた
「レナは分かりやすいよなあ、チヒロ」
「うっさいよ、ケンロウ。前注意して歩いて」
チヒロに気のあるのが見え見えのケンロウは、よくこうしてレナを出しにしてチヒロに話しかける。さりげないと思っているのはケンロウだけで、あからさまな態度はレナもチヒロもやや辟易している。チヒロも困ったような苦笑いを浮かべることが多いので、その気持ちに答えるつもりは無さそうだ。
「まだ一階層じゃねーか。こんな狩り尽された場所には
「そう言ってこの前新品の胴当てに傷つけたの誰だっけ? クランの備品なんだからね」
レナにバッサリと切られたケンロウはやや不満げな様子を見せたが、結局は話の取っ掛かりも見つからなかったのか、また前を向いて辺りを警戒し始めた。
(
(私だって強くなる! チヒロを守れるように! ケンロウもついでに!)
重装兵として最も高価な装備である、鉄板を張り付けてある大盾を背負い直してレナは一人決意を固める。そんなレナを知ってか知らずか、戦闘時以外はおっとりタイプのチヒロは自らの長杖を握りしめながら、目が合ったレナにニコリと笑いかけた。
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