第20話 過去⑥
Geaaaッ!
自らが対象になったと気が付いた
(……今、だ!)
自らの剣を取り落とした
「があぁっ!」
粟を食ったのは
さすがに役職持ちと言えど後衛職は近づいてしまえばトーリの敵ではなかった。これが片方を見捨ててもう片方が魔術で攻撃を仕掛けるようであればトーリは倒されていただろう。
しかしそうはならなかった。
(……お返しだ……ッ!)
散々魔術の雨を降らされたのだ。自然と怒気は大きくなる。トーリはふらつく身体を支えて、
(……あれ?)
ヒナタと
(く……そ……動けよ)
身体が限界に来ていた。例え格上に大金星を挙げたとしても、これでは負けたのと変わらない。冒険者としてダメージコントロールが出来ない戦いを挑んだ時点で失格だ。
(ヒナタは……どうなった……)
先ほどまで聞こえていた剣戟が聞こえない。耳鳴りも酷いから自分が聞こえていないだけの可能性もあるが。
剣に縋って何とか立ち上がろうとしたときに、それは振って来た。
乾いた金属音と共に、とさり、とやけに軽い音がした。
魔術の供給元が経たれて
人の腕って切られた後も僅かに動くんだなあ……
そんな場違いな感想がトーリの頭を通り過ぎる。それが
「ッ! ヒナ――――ガッ!?」
突然視界がブレた。そう思った矢先に、全身を貫く衝撃が走る。気が付くと吹き飛んでいた。何度も地面をバウンドし、それでも止まらずに錐揉みで転がる。
散々転がった後、最後は柔らかいものがぶつかってやっとトーリは止まることができた。
「あ゛……う゛えあっ」
全身の骨がバラバラになったような感覚。
肺に肋骨が刺さっている。更に霞んだ意識の中でそのことを悟る。息をしようとする度に血泡が口からあふれて、うまく呼吸が出来ない。何とか復帰しようと身じろぐが、返ってくるのは動くことなど出来ないという全身からの悲鳴だけだ。考えなくても分かる。致命傷だ。
定まらない焦点で周囲を眺めると。ヒナタがいた。右腕を失い、左腕も爆発に巻き込まれた余波か襤褸雑巾のようになった状態で、悲しそうに笑っていた。
「トーリ。ごめんね。私賭けに負けたみたい」
なんで両腕を失ってそんなに平静に笑っていられるのかと疑問に思い、それが身体機能強化の恩恵だと思い至る。実際の所はヒナタも全身を貫く激痛に襲われているはずだ。すぐに死ぬことは無いと言っても放っておけば長くは持たないだろう。証拠に失った血液によって顔面は蒼白で既に死相が現れているし、冷汗によって全身が濡れていた。だが、ヒナタはそうとは思わせない笑顔をトーリに向け続ける。
(俺…吹き飛ばされて、ヒナタが受け止めてくれたのか……)
今更ながらにそのことに思い至り、ヒナタの所に辿り着いたんだなぁ、とまた場違いな思考がトーリの脳裏をよぎっていく。
ズシリと足音が聞こえそちらに目を向けると、
(
突然襲われた衝撃の正体と、現状に連なる結果をやっとトーリは理解した。
(クソ……冒険者狩り……気取りかよ…)
腹の底から憤怒が沸きがある。焼く様な怒りが全身を焦がし始める。
こんなに腹が立つのは自分でも初めてだ、とトーリは他人事のように思う。考えてみれば冒険者も生活の為に
苦しい。痛い。それを自らに
「ト、トーリ……!」
ヒナタの声に湧き上がっていた怒りが一瞬収まって視界がクリアになる。しかしそれが怒りが収まった訳でなく、怒りが理性という蓋によって、一時的に覆い隠されたものだともトーリにはすぐに分かった。理性の裏で、黒い怒りが
「ヒぃ……ナタ」
トーリの口から
「貴方、[
ヒナタもトーリの状態に思い至ったのか痛みと貧血に顔を歪めながら擦れた声を出した。確かに少し視界がはっきりした様な気がするが、既に全身の感覚が曖昧になっているトーリには傷の治癒は良く分からなかった。それよりも怒りを抑え込む方に必死だ。全身を駆け巡る憤怒を全ての気力を使って抑え込む。
「はははは……や、く」
理性を保つのが困難だ。[
(速く逃げてくれ! 速く!)
トーリの言葉の意味を悟ったのだろう。ヒナタは一瞬驚いた顔をした後、寂しそうに苦笑した。
「もう駄目だよ。トーリ。私の剣は折れたの。ううん、こんな賭けをしようと思った時点で折れてた」
僅かに
「いひいひひいひひひぃ……い、やだ……!」
口を開くと憤怒の中で哄笑しそうになる自分を無理やり押さえつけて、トーリはヒナタに逃げてくれと伝える。
「ありがとう。そしてごめんね。こんな事に巻き込んでしまって。こんなになるまで気が付かなった。頑張っているつもりでいた。でももう無理みたい。こんな世界は嫌だよ。戦ってみたけど駄目だった。お母さんに会いたい! お父さんに会いたい! 生まれたばかりだった弟に! 私やっとお姉さんになったばかりだったのに!
ヒナタの笑顔はぐしゃりと歪んで、瞳からは涙が溢れた。歯を食いしばって、最早戻ることの無い世界への怨嗟を漏らす。
もう駄目だ、とトーリは諦める。もう抑えることが出来ない。景色が歪む、視界が紅く染まる。トーリの全身が強く跳ねた。理性の殻を食い破って、憤怒が溢れ出す。
全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全てを全ててて全全全全全全壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊壊
「あ゛はははははははははははははははははははははっっ!!」
海老反りになったトーリの口から、哄笑が溢れ出す。その声は息継ぎさえせず止まることもなくトーリの口から漏れる。漏れ続ける。永遠にも感じられた哄笑がピタリと止まる。トーリが仰向けの状態から直立へと跳躍する。予備動作も無いその動きは、まるで倒れる様子を逆再生したかのようだ。既に傷は癒えたのか
トーリの視界の隅で、
正に
がふ、とヒナタが大量に吐血する。ゆるゆると持ち上げた顔は既に土気色をしている。
「せめて……もの、つぐない……」
言葉を絞り出す度にヒナタの口からは血液が溢れる。しかし、トーリには良く分からなかった。壊したいモノの前に、壊せるモノが割り込んできた、と思う。放っておいても壊れるが、勝手に壊れるよりは、壊した方が楽しいだろう。
トーリはヒナタの頸へと右手を伸ばす。そのほとんど脈を感じられない頸動脈に添わせるように手を当てた。
「トーリ、生きて」
トーリがヒナタの頸部を締め上げるの同時にヒナタの口元がそう動いた。
ゴキリ、と頸骨が砕ける感触が右手に広がった。
トーリの中で僅かにこびり付いていた理性の欠片が、絶叫を上げて閉ざされた。
――何もかもを壊してやる。何もかもをだ。
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