第16話 過去②
「そこは弾く! 深く切り込んだら喰らうわよ!」
ヒナタが後方から鋭く支持を飛ばしてくるが、それに応える余裕はトーリには無かった。やっとの思いで
(まずい! やられる!)
醜悪な
(あの距離を一瞬で! しかも頭を一突き!)
「
その攻撃の精密さに舌を巻くトーリに、ヒナタからの叱咤が飛ぶ。トーリは慌てて先ほどけん制した
(そこだ!)
相手の間合いに踏み込む恐怖。もしトーリの攻撃が相手の対応よりも一瞬でも遅れていたら、攻撃を喰らうのはこちらになる。トーリの本能が危険回避のアラートを所構わず鳴らしまくろうとするのを意志の力で抑えて、緊張感と集中力に昇華させる。コマ送りになる視界の中で、先に剣先が敵に届いたのはトーリだった。肉を引き裂く感覚と共に、刀身が深く
Gya!
***
「トーリは地力が本当に足りないわね。剣技は見所があるのだけれど」
倒した
ヒナタの言葉にトーリはぐ、と言葉を詰まらせる。既に何度も言われていることだが、再度言葉で聞くと辛いものがある。それも尊敬を抱いている冒険者にだ。一瞬止まった作業を、出来るだけ何事も無かったかの様に再開する。
「それは色んな人に言われた。殆どの人には馬鹿にされるけど、
一言一言を噛み締めるように吐き出す。
「魔力は一般的には成長しないと言われているからね。
「俺は下層の死地に行けるほどの力が無いし、死地に陥ったら越えられずに確実に死ぬと思う」
「まあ例えの話よ。積極的に真似しろって言っている訳じゃないわ。何が起こるか分からないし、トーリには剣技に光るところがあるんだからそれでやりくりしていくしか無いわよね」
散々冒険者に適性が無いと言われているトーリには、ヒナタの発言は意外に感じた。トーリは今度こそ作業の手を止めてヒナタの方を向く。ヒナタは作業を止める気は無いらしい。トーリに背中を見せながら手際良く解体作業を続けている。
「ヒナタは俺が冒険者になるのを否定しないのか?」
「否定するも何も私達孤児には選択肢なんて無いんだもの。奴隷になりたく無いのなら、誰になんと言われようとここで踏ん張るしかないのよ。私やトーリと同い年で鍛冶錬金に才能があったあの子……」
「
「そうそう
「師事なんかしてない。そんな金も伝手もないよ。遠目から剣技が上手そうな人を真似て練習したんだ」
見返りが期待できない中で剣の指導を無償でしてくれる人なんていない。そういえばヒナタには未だに何故、こんなにも自分に良くしてくれるのかを聞いたことが無いなと思い付く。トーリとヒナタの力は大きく開いている。ヒナタにはトーリを冒険に誘う利は無いはずなのだ。ヒナタがこうして明らかに下位の冒険者を誘うのは、トーリだけでは無い。元孤児で他の冒険者も誘われていたのを見たことがある。
思考が少しズレている間に、ヒナタは「やっぱりね」と独り作業をしながら一人納得している。
「そうだと思ったわ。悪い意味では無いわよ。誰も師事していない中でその剣技は凄いということが言いたいの。冒険者になって二年で
トーリはヒナタの言った内容を反芻する。
「
「その通りよ。突きは攻撃範囲を絞ることでスピードを確保して手数を稼ぐわ。その代わり一撃一撃が軽いのよ。それが巨大で、強靭で、生命力が高い
ヒナタは言葉と共に立ち上がる。大きく伸びをするとトーリの元に近寄って来た。その手には
「私が二個でトーリも二個ね。役職付き四体で全てに魔石が出るなんて幸先良いわね。ほら同じ数だわ、トーリ。貴方はC級上位の私と同じだけの解体技術を有しているのよ。私には力が有る分、技術のみで言ったら貴方の方が上ね」
ヒナタに褒められてまず最初に嬉しさが込み上げる。しかし冒険者としての自分の体たらくを見ると、ただ何とか褒めるところを探して励ましてくれたようにも感じる。結局戦闘でもヒナタに助けてもらってばかりだし、これがいつかヒナタの横に立てる程の実力が付く目途も立っていない。
立ち尽くすトーリにヒナタは堪え切れないといった様子で噴き出した。笑いはなかなか収まらずに楽しそうに肩を震わせる。
「そんな顔をしないの。トーリはホントに顔に出やすいわね。私がなんでトーリとか他の孤児の子を探索に誘うか分かる? 私も孤児出身で同郷の後輩育成の為の慈善? まあ三割くらいはそれもあるけど。一つはこれから伸びそうな子に唾を付けているの。孤児院出身なら私のこと知らない子はいないし、出会った瞬間から好意を持たれていることが多いわ。有体に言えば取り入りやすいのよね。駆け出しの時に恩を売っておけば、実力者になった時に良好な関係を作れる」
ヒナタは「可能性の無さそうな子をフォローするほど優しくは無いわ」と、いたずらめいた顔をする。トーリは何回かヒナタと
「そして二つ目は私には無い戦い方を見るためよ。本来戦闘技術ってのは冒険者にとって生命線だわ。人においそれと手の内を晒す馬鹿はいないし、伝える時はそれなりの信頼と見合う対価を求められる。つまり凄い大変なのよね」
「それはそうだよな」
それはトーリも分かる。だからこそ伝手も金も無いトーリは剣術を学ぶことが出来ない。だがしかしいくら戦い方を見るためとは言っても、明らかに
ヒナタはトーリが集めた魔石と自分の魔石を見比べると、その内魔石の大きさがお互い一緒になる様にトーリの掌にある魔石と自分の魔石を交換する。
「あーまた自己卑下したわね。確かに殆どの子からは学ぶことは少ないけれど、何人かはハッとさせられることもあるの。その内の一人が貴方よトーリ。きっとあなたは私がこう言っても自信を持つことは無いのでしょうけど。だからこれは情報量ね。魔石二個で情報の対価なら私としては格安だし、貴方はむしろ買い叩かれた自分の技術に文句を言っても良いくらいなのよ?」
ヒナタはいたずらめいた表情を崩さないまま、ウインクをした。その仕草は演技がかっているのに魅力的だった。自分の戦闘技術に魔石二個分の価値など無い。そんなことはトーリにでも分かる。トーリの戦う様子からさえ何かを見いだせるとしたら、それはヒナタの貪欲な探求心と観察力の賜物だろう。ヒナタもそれは分かっている。分かった上でトーリが倒していない役職付きの
トーリは
「今は本当に力が無くて助けてもらってばかりだけど、いつかヒナタにこの借りが返せるように頑張るよ。だからこれはその借りとして遠慮なく貰っておく。ありがとう、すまない」
「そういう調子に乗らない感じも好ましいところね。でも「すまない」は余計よ。そういう時は礼だけで十分。じゃ、おしゃべりはこの位にしてもう少しこの階を探索しましょうか」
ヒナタは笑みを深くしたまま踵を返すとそのまま洞窟の奥に向かっていく。トーリにとっては自分の実力を越えた深い層で油断はできない。だがヒナタに借りを返すと約束した以上、トーリの覚悟もまた決まっていた。
(市民税の納付だけじゃない。冒険者として強くもなりたい)
憧れる背中を見ながら、トーリは剣の柄を握りしめた。
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