第14話 小休止

 結局そのあと三時間程移動をした後、小休止に入ることにした。

 まだ隷属竜スレイブドラゴンが上階に達するまでには時間があるはずだ。それに無理をすればそれは自滅に繋がるからというのが一つで、もう一つは適当な休憩場所を見つけたからだった。

 その場所はトーリが斥候に出た時も気が付かなった狭い側道を入って更に奥にあった。

 ジュリが超感覚というか、魔術的な気配察知みたいなもので見つけたのだ。正確には魔素の対流と空間配置の不全箇所の観測、と言っていたのだがもちろんトーリには分からない。まあこの程度の理解でも特に問題は無さそうだ。


「ここじゃな」


 ジュリが目当てのものを見つけたという様子で側道の先を差した。ジュリの言葉に従って奥に進む。

 狭い側道を抜けるとそこには、数人が横になって休める程度の空間があった。その中だけ空気の質が違う気がする。この感覚にはトーリも覚えがある。間違いなく迷宮ダンジョン安息所セーフポイントだ。

 安息所セーフポイント迷宮ダンジョンの中で、唯一魔物モンスターの出現が起こらない箇所を指す。基本は迷宮溶融メルトダウンの前兆とされる臨界化でしか内部構造を変化させない迷宮ダンジョンではあるが、この安息所セーフポイントだけはコロコロと場所を変える。それは迷宮ダンジョンが、自身にとって不利に、冒険者とって有利に働く安息所セーフポイントを隠すためだとか、上手く安息所セーフポイントを使って迷宮ダンジョンの奥に冒険者を誘い込むためだとか言われているが真相は分かっていない。ただ冒険者としては出会うと幸運な場所ではあった。トーリもかつて一度入ったことがあり、迷宮ダンジョンの中とは少し違う空気を未だに覚えている。

 先に安息所セーフポイントに入ったトーリは視界の隅にあるものを捉える。


「先客がいるようじゃな」

 

 後から入って来たジュリも、顔の曇ったトーリの視線の先を見て静かな口調で言う。

 二人の視線の先には、壁に背中をもたれて事切れた冒険者の姿があった。一部白骨化しているその冒険者は迷宮ダンジョン探索の間に、幸運にも見つけた安息所セーフポイントで休憩しているかのような自然な様子だった。

 トーリは冒険者の前にかがむと僅かな時間黙とうすると、冒険者の懐を探る。ここは安息所セーフポイントの中だから、魔物モンスターが偽装している可能性は無いだろう。僅かな所持金と共に出てきたのは、首から掛ける用にチェーンを通された小さな金属プレートーー冒険者章タグだった。

 硬魔鍮アダマントが含まれる合金で作られた冒険者章タグには身分証としての機能が付されている。

 トーリが魔力を込めると、冒険者章タグは鈍く輝いて、その表面に文字を浮かび上がらせた。


――――――――――――――――――――――――

石川優斗 十三歳七ヶ月(没)

災禍十六年四月 冒険者登録 登録階級F(見習い)

災禍十七年一月 死亡

――――――――――――――――――――――――


 登録者本人が死ぬ間際まで持っていると死んだ時期が記録される。この冒険者章タグの持主だった石川という少年は、およそ三ヶ月前に亡くなったようだった。


(第二七孤児院の子じゃない……)


 自分が出た孤児院の出ではないことに対する安堵と、安堵を感じた自身に対する自責が混じる。自分が出た孤児院にはまだ付き合いがある。特に冒険者として登録している子供たちはたいてい名前を知っていた。トーリの知っている子供たちの中に石川という姓の子はいない。


「右上腕の骨折痕に至る所に矢傷。ここまで何とか逃げ延びて果てたのじゃろうな」


 ジュリが言う通り肉が残っている所には矢が突き刺さり、特に損傷が激しかっただろう右腕は、骨折部から先が剥落して近場に転がっていた。

 装備は元々粗悪だったうえに、使い古したのだろう。再利用は困難そうだった。所持金はたったの四〇〇〇円。冒険者として生きて行ける金額ではなかった。なけなしの金を大事に持っていたのだろう。キャッシュカードすら持っていない。手垢と血に塗れた紙幣をそっと少年の懐に戻す。


「よいのか? 普通死者の所持品は発見者のものになるのじゃろう?」


「あんなに手垢をつけて大切に持っていた金を俺は取り上げられない。ジュリ、この子焼けるか?」


 死体を持って移動はできない。冒険者章タグが遺品の役割を持つ。トーリは冒険者章タグを自らの懐に仕舞うとジュリの方を振り向く。ジュリがフム、と頷くと静かに詠唱を行う。謳うような詠唱が終わると、少年の身体は末端から細かな灰になる。装備も服も金も、すべては等しく灰になった。更にジュリが詠唱を重ねると、灰の山は風に乗って安息所セーフポイントから流れ出ていく。迷宮ダンジョンで命を失った生き物は、急速に腐敗が進みものの数日で迷宮に取り込まれてしまう。それを冒険者は迷宮ダンジョンの『死体喰らい』と呼んでいた。あの少年の遺灰も『死体喰らい』の効果によってすぐに迷宮ダンジョンに取り込まれて次の命へと循環していくだろう。それは冒険者として生きる者の最後の誉れとされていた。彼も『死体喰らい』の発動しない安息所セーフポイントで長く形を保つよりは、幾分ましと思ってくれるだろうか。


「これでよかろう?」


「ああ、すまない。飯にするか」


 何となく暗くなってしまった空気を晴らすように、トーリはテキパキと飯の準備を始める。飯と言ってもあの孤島に生えていた芋をジュリが魔術で圧縮した芋バーを湖の水で煮戻した味も素っ気も無いものだ。出来上がったものは、見た目はマッシュポテトだが圧倒的に塩味が足りない。


「はやくまともなものが食いたいのう」


 これにはジュリも辟易しているようで、自分の取り分を孤島の機材で造った即席スプーンで弄びながら一向に口には運ばない。トーリとしては、探索中の食事などある程度栄養が取れて手早く食べられれば問題ない。特に深い感慨もなくマッシュポテトを腹に納めると人心地付く。

 幸い安息地セーフポイントは適度な広さがある。斥牙せきがを振り回しても大丈夫だろう。時間があれば少しでも慣れておく必要がある。まずは基本の素振りから。剣の間合いを正確に把握しておかないといざというときに失敗しかねない。何度も振りながら間合いを確かめていく。

 たとえ軽めの短剣ショートソードだったとしても真面目にやれば、すぐに身体が温まってくる。汗ばんで来たトーリの回りに光の玉が現れる。その数は四つだ。


「うわッ」


「鍛錬するんじゃろ。手伝ってやる」


 食事に飽きたジュリがわきわきと指を動かす。すると光の玉は縦横無尽にトーリの周囲を飛び回りだした。


「剣で捉えれば一時的に青に、逆に体に接触すると赤に変わる。実体はないから当たってもダメージは無いがの。まあ遊びみたいなもんじゃ」


 まだ緩く飛び回っているだけの光球に触る。すると白く光っていた光球は赤く輝いた。つまり実際なら何らかのダメージを負ったということだ。


「面白いな。お願いできるか」


「まずは小手調べじゃな」


 緩く飛び回っていた光球が急激にその速度を上げる。それぞれが意志を持つように四方に散る。


(二体は死角に、もう二体は連携しながら陽動か)


 油断なく四体の気配を追いながら、自らの立ち位置を細かく修正していく。四体ともなると囲まれたら、一つは確実に攻撃を貰うだろう。連携を崩すように動く必要がある。光球も陽動を繰り返しながら、身体を目がけた攻撃を織り交ぜてくる。それを器用に躱しながら、死角に回り込もうとした二つの光球が直線に並ぶのをトーリは見逃さなかった。


「―――フッ」


 短く浅い呼吸と共に斥牙せきがを振りぬく。一刀で切り伏せられた二つの光球が赤く輝きその場で動きを止める。その時にはトーリは次の一歩を踏み出している。地面を這うような低い軌道で、陽動を繰り返していた残りの二球にすでに迫っている。そのうちの一球に剣を滑り込ませる。刺突によって赤に変わった光球を視界の隅に捉えながら後方に剣を投擲した。短剣ショートソードが最後の一球を射貫いて壁に刺さった。


「やはり動きは悪くないのう。今の光球は小鬼ゴブリンどもよりは素早く動かしたつもりだったのじゃがな。もっとも最後の武器を手放すのは実戦向きではないがの。しかし何でその割に、素人臭さが残るのか……まるで、寄せ集めたような……」


 赤く輝く四つの光球が浮かぶ中で無手で息を弾ませるトーリにを見て、ジュリがその動きを分析する。途中からは自分の思考の中にはまり込んだのか、独り言に近かった。


「……まあ俺のは腕の立つ冒険者を見て、真似ただけだからな。練習だけは欠かさないが、本当に素人なんだよ」


 苦笑と共に打ち明ける。先ほど小鬼ゴブリンと戦った時も斥牙せきがの能力を試して無様な様子しか見せていない。[狂戦士ベルセルク]化している時は、すべてが行き当たりばったりで力任せになるので、それこそトーリの実力を測る手助けにはならないだろう。


「俺の場合は地力が足らないし、『身体機能強化』も弱いからな。強い冒険者みたいに強力な攻撃が出来ない。手数で勝負するしかないんだ」


 近接職の身体機能は主に二種類の要素によって決まってくる。物質的な筋力や体格に代表される本来的な体のつくりと、魔力を自分自身に干渉させることによる身体機能の底上げだ。この世界では誰でも魔素を取り込んで身体機能の底上げはされている。要はその『程度』の多寡によって、近接職は他の職種や一般人とは隔絶した身体機能を得るのだ。

 しかしトーリはそもそも魔力が高くなかった。魔力が低ければ身体機能強化の上がり幅も小さくなる。後衛職でも言えることだが、魔力はもちろん鍛錬によって鍛えられる部分もあるが、やはり才能が最も大きな因子になってしまうのだ。そういった意味でトーリの攻撃は絶対的にパワーとスピードが足りない。それを技術で誤魔化して使っているような状態だ。


「まあのう。確かに纏う魔力は少ないの。[狂戦士ベルセルク]の時は異常な魔力なんじゃが。その反動なのかの」

 

 ジュリがトーリの身体から僅かに漏れ出す魔力を見るように目を細める。実際見えているのだろう。筋肉量も二〇代と比べると足らず、そして魔力も低い。我流とはいえいくら技術でカバーしようとしても、冒険者の高階級ハイランカーとは越えられない壁があるのも事実だ。


「俺には俺の戦い方がある。そう思ってやっていくしかないさ」


 肩を竦めるトーリにジュリも頷く。


「そうじゃのう。『才』などと言うもので自身の弱さの言い訳するのも癪じゃしの。それに詰まる所、『才』は結果じゃ。始点がどれほど不遇でも結果を残せば『才』はあったということになる」


 ニィとジュリの口角が三日月の様に吊り上がる。


(ジュリにも自分の能力に限界を感じた時があったのだろうか)


 どう見ても魔術の才能はある。それに曲がりなりにも『賢者』と付くからには、異世界でもその能力は頭一つ抜けていたはずだ。まだ過去の話をお互いにするほどには深く付き合っていない。それ以上はトーリには分からない。


「まあ良い。鬼國牢きごくろうを抜ければ、また貴様の[狂戦士ベルセルク]の調教を始められる。無為な暴走を抑止出来るようになれば、徒党も組めるじゃろ。人種はそれでなくても弱い種族じゃ。弱いなら群れれば良い。個の弱さは集で補うのじゃ」


「ああそうだな」


 ジュリの言葉にトーリは深く頷く。隷属竜スレイブドラゴン騒ぎで一時中断してしまっているが、本来は[狂戦士ベルセルク]の調教の為に契約を交わしているのだ。


「前も言ったが、もし不意に[狂戦士ベルセルク]化するようなことがあれば覚悟せよ。痛覚の遮断は出来ん。あれには呪術の方法論を何か所か組み込んであるからの。制御下に置かれない状況で[狂戦士ベルセルク]化したら、最悪痛みで精神が死ぬことを努々ゆめゆめ忘れぬことじゃ」


 離島出発時に一度注意された内容を再度確認する。それも承知済みだ。[狂戦士ベルセルク]化の暴走を止められるなら、トーリは死など厭わない。


「ふむ。ではもう一遊戯、トーリに付きおうてやろうかの。個の弱さは群れることによって補える。貴様には我が付いた事の意味するところを存分に味合わせてやろう」


「?……頼むぞ」


 ジュリはトーリの覚悟を再確認して満足したのか、意地の悪い笑みを浮かべる。トーリにはジュリの言葉に[狂戦士ベルセルク]の調教以外の内容も含まれているような気がしたが真意は謎だ。あっさりと考えることを放棄する。まあ斥牙せきがの訓練は続けて行いたいので、とりあえず頷いておくことにした。

 ゆっくりとトーリの周囲を回っていた光の玉が、ジュリの手の動きに合わせて不規則な軌道を描き始める。訓練には願ってもいない状況だ。次は斥牙せきがの力も少しずつ織り交ぜて戦ってみようと、トーリは意気込む。


「良い覚悟じゃ」


 ジュリの口角が吊り上がる。

 結局ジュリが勝つまでひたすらに難易度を上げ続けられたトーリだった。


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