第13話 出発
「よし行くかの」
ジュリの声にトーリは頷いた。
「我がこの離島から出たら一六階層に設置した広域魔術は崩壊する。本来の射程を越えた遠隔魔術や転移魔術も使えなくなるからの。期待するでないぞ」
「分かった。初めてくれ」
「
第三階位:
地底湖面が静かに整形されながら盛り上がっていく。瞬きする間に離島から対岸までの氷の橋が出来上がる。ただ一度通るだけなのに、なんとも豪奢で緻密な造形が施されている。
「こんな綺麗に作る必要があるのか?」
「我は技巧派の賢者じゃからな。それに貴様が通るだけなら兎も角、我が通るのにみすぼらしい氷の板では詰まらんだろう」
ああ、そういえば俺だけが通った時はみすぼらしい氷の板だったなあ、とトーリは回想する。トーリとしては板だろうが、豪奢な橋だろうが通れれば、問題は無い。
ジュリが氷の橋へと足を掛ける。その瞬間離島を周囲として優に一〇〇メートルを超える魔法陣が出現する。恐ろしく大きく、細かい。トーリも何人か高ランクの魔術師が戦う様子を見たことがあるが、これほど大きい魔法陣は見たことが無かった。近いものと言えば、企業などの本社ビルに展開される最高級の結界陣が同じくらいの大きさだ。だが魔法陣の緻密さで言えば、今展開されているものよりも随分と簡素なものだ。魔法陣としての内容も、この世界で使われているものと質が違うような気がするが、トーリは魔術は殆ど使えないため、知識も浅く判別が出来ない。
突然浮き上がった巨大な魔法陣の出現に、トーリは身を固くする。
「っ!!」
「驚くでない。ただ構築されておった魔術群が崩壊するだけじゃ。魔術核である我が魔法陣から離れるんじゃ。転移や遠隔視、遠隔魔術はもう使えなくなるというわけじゃな」
完全にジュリの足が離島から離れた瞬間、硝子が砕けるような音と共に魔法陣が光の粒になって弾ける。淡く光る粒は人が定義した魔術の残滓だ。それが蛍のように儚く光りがなら、魔素へと還元されていく。その光景はトーリの目には美しく写った。
「随分と綺麗なんだな……」
「美しかろう。魔術は世界との対話。論理の結晶にしてヒトの意志の顕現。本来は世界と調和し、文明の発展の為に使うのが正道じゃ。残念ながら純粋な破壊のためだけに使う場合もまだ多いがの」
荘厳な景色に思わず立ち止まって漏れたトーリの言葉に、ジュリが返す。その声はいつも通りなはずなのに、どこか憂いを含んでいるような気がした。そのまま景色を眺めるトーリをジュリは気に留める様子もなく追い越す。
「ジュリは戦うのが嫌いなのか?」
前を歩くジュリの背中越しにトーリは訊ねる。トーリの声にジュリは一瞬立ち止まると、振り返らず肩を竦めた。
「また何か勘違いしておるな。我は目的のためなら手段を選ばん。貴様を既に何回も死地に追いやっておろう。戦わずして『鮮血の魔女』などと二つ名は付かぬわ。――ただ、魔術の正しい使い方を知っておるだけじゃ」
そのまま黙り込むトーリに対して、くつくつと笑い出す。ジュリが振り返る。
「本当に貴様はお人好しじゃのう。そんなに他人の事ばかり気にしていて、疲れんのか? それにさっきの打ち合わせでも話したじゃろう。我は戦闘でも十分に戦える。だから心配するでない。どちらかというと、
ちょんちょんと氷でできた橋を指で指差しながらジュリは笑う。
何となく釈然としないものを感じながら、トーリは歩き出す。確かに何度か
「それに我は
手痛いしっぺ返しにトーリの顔は自然と歪む。確かに実力、年齢共に全く伴ってないのはトーリの方だ。幼い少女の姿をしていてもジュリは、長い時を生きている賢者。トーリが何をいった所で、子供が親に人生を諭すようなものだろう。
「そうだな。今は
ジュリの言うことは
***
Gyaッ!
そんな中、偶然はぐれたと思われる集団を見つけたため、こうして戦闘に突入したのだ。
(結局、帰還の時までに使えるようには成らなかったな……)
少しでも
(典型的な
(ただの
トーリの独り言にジュリが割って入ってくる。
(まあ思考垂れ流しでは無いし、会話の様に使えるから実害はないんだけどな)
トーリがジュリに対する害意を持った時、それとなくジュリに伝わる機能を有していることをトーリは未だに知らなかった。
(そーじゃトーリ! 暇だから
後ろではジュリが、欠伸をしながら近くの岩に腰かけてトーリとの戦闘を眺めている。戦闘に参加する気はもとより無いらしい。この程度なら、トーリ独りでも十分に対処できるので、これまた実害はない。それは納得しているのだが、あまりの緊張感の無さにやるせない思いになる。
(
トーリは警戒心を強める残りの
(
ジュリの
(試してみるか――斥ッ)
トーリは
(うおっ!)
(くッ、肩が――)
振り回された肩が痛みを訴える。
近接系の職種は魔術は苦手な場合が多いが、それは魔素の使い方の違いによるものだと言われている。近接職も魔術士も自然界に
この近接職の身体機能強化がトーリは冒険者の中では平均以下なのだ。今の力では
(まずい!)
がっちりと壁面に噛んでしまった
トーリは剣を諦めると距離を取る。たった一匹の
このまま肉弾戦に入っても負けるつもりはないが、相手は獲物持ちだ。こちらも何かしらの手傷を負う可能性もある。まだ一五階層であることも考えると、出来るだけ負傷はしたくない。
「(手のかかる奴だのう)――――第三階位:
トーリがどう攻めるか検討していると、後方からジュリの思念と共に完成した魔術が放たれた。どうやら詠唱は既に済んでいたらしい。
閃光と共にバチリと絶縁破壊の音が響いて、
「すまん」
「かまわぬ。動きは相変わらず悪くない。じゃが、
(確かにこれじゃあ俺が足手纏いだな……)
慣れない刀剣のまま練習もそこそこに出発したのだ。この結果は当然と言えば当然だが、今のままでは本当にまずい。それも
結局、経験を積んで慣れていくしか方法はないのだが、課題の残る一戦だった。
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