第10話 特殊技能:ユニークスキル

(暇じゃのう……!)


 ジュリは炎熱魔術で焼いた芋を齧りながら暇を持て余していた。この芋は地底湖の離島で取れる、唯一の栄養源だ。鬼國牢きごくろうは出現する殆どが小鬼ゴブリンのため食料に成るものが少ない。この芋は異世界から転移する前にジュリが迷宮ダンジョンに持ち込んだもので、予想通り異世界転移後の重要の栄養源になっている。ちなみに栄養もあり腹も膨れるが、不味い。

 トーリが斥候に出て妖精の梯子メディオクリスレィダの圏外に外れてから四時間は経過している。揶揄からかう奴を無くした地底湖の離島で何して過ごせばよいというのか。

 比較的無口で硬い男かと思いきや、意外と抜けている所が気に入っている。遊びがいがある。


(逃げ出すことはないじゃろうが。それにしても遅いのう)


 救命の代償に主従の誓いはしたものの、隷属魔術は使っていない。人の意志を縛る魔術は適切な判断力を奪う。一瞬の判断が生死に繋がる冒険者にとって、魔術に意志を強制される隙は命取りになる。戦士としての質を落としてまで隷属を強制するのはジュリの本位では無かった。


(それに[狂戦士ベルセルク]には苦しんでいたみたいじゃからな。調教化という餌がある限り、トーリの奴は裏切らんだろうて)


 別に嘘をついているわけではないので、騙してない。主導権マウントポジションを譲るつもりもさらさら無いのだが。そこまで思った所で、頭に置かれた手の感触を思い出す。思い出しただけで若干上気し始める顔に、心の中で悪態を突きながら頭に手をやる。冒険者らしい硬い皮膚で覆われた掌だった。若干一七歳であの掌になるには、やはりそれなりの修羅場をくぐってきているのだろう。


(……父や兄がいればあのような感じなのだろうか)


 ジュリの記憶に父や兄の記憶はない。子供の頃の記憶は真っ白な建物の記憶ばかりだ。それに賢者となってからは畏怖と尊敬の念を持って敬われることはあっても、あのようにそこらの子供のように頭を撫でられた事は無い。


(――ふん! 立場も弁えぬ小僧が!)


 耳まで熱くなってきた事に腹を立てて、これは純粋なギブアンドテイクの関係性だとジュリは何度も反芻した。




(それにしてもこの世界は随分と歪んだ形をしておるの)


 やることの無いジュリはそのままこの世界について考える事にする。恐らく十七年前の迷宮ダンジョン出現で、社会構造が激変して間も無いからだろうか。兌換貨幣という高度な経済システムを持っている割には、社会構造が稚拙だ。


(冒険者、と言っても結局は準自衛軍扱いになるんじゃったな)


 予備役的な扱いになるらしい。詰まる所、政府に金がないから日銭は自分で稼ぎ、有事の際は軍に合流する。ギルドとして成立はしているものの自衛軍の意向が強く反映され、かつ冒険者は正規自衛軍より下に見られるのが常らしい。


(ギルド特有の国や宗教組織に対しての抑止力の効果は薄い訳か)


 冒険者ギルドは国であろうとおいそれとは口を出せない治外法権を有している場合が通常だ。


(トーリの驚き様を見ていると、恐らく単独での魔術研究の深度はこちらが上。うまく立ち回る必要があろうな)


 ただトーリの知識が浅いだけかもしれないが、しかし魔武器に関する知識は比較的多岐に渡っており、機構もそれなりに理解はしているようだった。


(ネーミングセンスは最悪だったが。思い出したら殺したくなってきたの……)


 斥牙せきがの名付けの際に起きた不愉快な出来事を思い出して、ジト目で殺意を滾らせる。しかし名付け以外では意味では、トーリは標準的な知識や常識を持つ現地人として考えて良さそうだ。そこから見ても、技術・知識共にジュリの方がこの世界の水準を大きく上回っているのは明らかだろう。


(地上に出てからが問題か……)


 あまりに腐敗していてもそれはそれで面倒だが、ある程度利権を食い合うというか、竦み合いをしていた方が取り入りやすい。もっとも注意しなければいけないのは、権力の一極集中が進んだ軍国主義国家だ。思想教育まで進んでいると、懐柔すら難しくなる。この世界はそこまでではないようなのでそれは一安心だが。どこかの組織に所属させられて息苦しい思いをするのは願い下げだし、拘束軟禁でもされたら事だ。[狂戦士ベルセルク]の調教の為にトーリの傍にいる必要もある。


(だが鬼國牢きごくろうは入潜検査があると聞く。入った者はチェックされとるらしいし)


 迷宮ダンジョンに入った記録の無い者が突然沸いて出たら、確実に取り調べられる。それでうまくすり抜けられれば問題は無いが、調べる側も無能では無いと考えた方が良いだろう。無難なのは、迷宮ダンジョンで行き倒れた冒険者に偽装することだ。同じ年恰好であればある程度魔術で偽装することはできる。ただ迷宮ダンジョン外に出てからの偽装相手の社会生活まではコピーできないから、出たら出たで真っ新な戸籍のようなものを秘密裏に用意する必要がある。戸籍管理がザルであって欲しいものだ。


(結局、権力者への接触はある程度必要か)


 苦手なんじゃよなあ権力者、とため息をつく。奴らは鼻が効くし、自分の利に敏い。ついでにプライドが高くて傲慢だ。できるだけ関わりたくないが、最低限はどうしようもなさそうだった。


(まあしょうがないの。とりあえず方針は決まった)


 ジュリは焼き芋の最後の一片を口に放り込むと、魔術を詠唱する。


魔素調整ディアボリディエリブルシェリブス 力場支配ヴァリグリドミネェイショニス 物理法則支配リジブスコラポリスドミネェイショニス 体組成支配カルプスドミネェイショニス

第一階位:朧の憶灯イルゾナ


 するとジュリの目の前に光のプレートが出現した。ジュリの記憶を光線の位相を揃えて空中に投射する魔術だ。今中空には一枚のプレートが浮かんでいる。治療中にトーリからこっそりと取得したステータスだ。既にバラしているので隠す必要もない。

 ジュリは胡坐あぐらをかきながら、頬杖をついてステータスプレートを眺める。


世界かみは魔素の流入によって無限書庫アーカシャ化したか。これも迷宮ダンジョンが転移してきた影響によるものじゃな)


 ジュリにとっては当たり前のステータス表示でも、トーリたちの世界で一七年前は大騒ぎだったそうだ。まあ世界に自分の存在を突然規定されたら驚愕する。本来は個人情報ステータスの勝手な閲覧・開示はこの世界でも厳罰に値するそうだが、ジュリにとってはどうでも良いことだ。既にここまでやりたい放題しているのだ。トーリにしてもジュリに見られることに抵抗はないだろう。抵抗があっても気にしないが。


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黒沢透利(くろさわとおり)

種族:人間

年齢:17歳

性別:男

技能スキル

 [刀剣術][近接格闘術][気配遮断][気配察知][身体機能向上]

 [暗視][薬学][料理] [魔術行使]

特殊技能ユニークスキル

 [狂戦士ベルセルク

  [憤怒][忘我][発狂][蛮勇][痛覚鈍麻][超回復][状態異常軽減][身体機能向上]

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(しかしまあ冒険者としては可もなく、不可もなくじゃな。器用貧乏さが如実に表れているというか……)


 何でも幅広く齧っているような技能スキル構成だ。この幅広さと年齢から考えると、恐らく各技能スキルの熟練度も高くないだろう。

 ステータス表示は魔素を利用する技能スキル特殊技能ユニークスキルの三つの大まかな情報しか取得できない。

 ステータスを閲覧するときは、自分の検査用に魔術で調整した魔素を相手に放射して得た反響と、無限書庫アーカシャへの限定接続を照らし合わせて技能スキル・魔術構成を読み解くものだ。ちなみに無限書庫アーカシャとは世界の万物の過去から現在までが記録された記録の事を指す。時の概念が存在しない高次元の為に、現実世界の残響としてあらゆる事象が残り続けている。あやふやな概念となって存在している情報を魔術で無理やり言語化した形で出現させる為に、閲覧者の技術によって内容が大きく変わるし、熟練度や効果量までは判定が難しい。例えば同じ[身体機能向上]でもその熟練度や才能は天と地ほどの差が出る。村人も四〇年来のS級冒険者も、持っているのは魔素を吸入して身体機能の底上げを図る[身体機能向上]なのだ。


(かつて身体機能の下位項目について研究していた奴がおったの)


 ステータスについて思いを馳せる内に、過去に読んだ書物について思いつく。確か、腕力、生命力、など生物の構成要素の下位項目を立てて、数値化しようと研究した大魔導士がいたのだ。ジュリの知る範囲内では結局上手く行かなかったらしい。たとえその場で数値化してもすぐに変動して結局使い物にならなかったのだ。例えばその場で生命力を読み取ったとしても、その時の精神状態や体調、環境、その他大量の因子によってその最大値は大きく変動してしまうのだ。命の上限が一〇〇で、その内今のあなたは五〇の生命力を有していますと言われても、上限も大きく変動する上に減り方も綺麗に一〇〇等分して順当に減るわけでもなければ正確に数値する意味はなくなってしまう。結局ステータスで過度に相手の実力を読み解こうとする行為は、意味がないとして廃れてしまっている。


(まあ他者との比較ならば、大まかな使い方もできるんじゃけどな)


 絶対値では難しくても相対値であれば、ある程度は数値化は可能だ。それも戦闘で積極的に使えるかというと微妙なところだが。

 例えば魔術を連続的に行使できる総魔力量は、ジュリはトーリの二〇〇〇倍位はある。トーリを三〇とするなら六万ぐらいといったところだ。だがこの『総魔力量』は空気中に浮遊する魔素を体内に取り込んで、魔力に連続的に変換できる総量を示しただけのものだ。どれだけ続けて魔力を作り続けられるかを示しただけのものなのだ。魔術として効率的に事象改変を導けるかを評価するのは『魔力効率』だし、強力な魔術の発動に必要な単位時間当たり最大魔力の消費量を『最大魔力』と言ったりする。加えて、魔法陣に代表する魔術補助具や詠唱の適切な選択など、相対数値にすら出来ない部分も多くある。


 ジュリにしても総魔力量は龍種ハイドラゴンの最上位にも届く自信がある。比較的魔術に長けると言われる長命種メトセラと言えども、ジュリは破格の存在だろう。しかし瞬間的な魔力の消費量、いわゆる最大魔力については龍種ドラゴンには到底及ばない。龍種ドラゴンは圧倒的な魔力消費表量で力押しに龍砲ハイブレスを放てるが、あれはヒトの身では無理な話だ。あんな事をしたら一気に体外に流れ出そうとする魔力によって身体が弾ける。タンクの大きさは同じだが水道管の太さが違うようなものだ。そうすると総魔力量が同じでも結果的に蛇口から一度に出せる水の量に差が出る。無理に出す水の量を増やせば水道管が破裂する。だからジュリが龍砲ハイブレスを再現するには、様々な魔力効率を最大限高め、その他の技巧・手続きを組み合わせるしかない。片方は躊躇なく撃てて、片方は技巧・手続きを駆使する。一対一サシで勝ち目は無いのは当然だ。第七階位を超える魔術は人外の最大魔力が必要になる。そういった意味でジュリは攻撃魔法よりも、精緻な魔術制御や連続的な魔術使用の方に己の技術を伸ばしてきた。


(んー、まだ帰ってこんか……)


 トーリのステータスをもてあそびつつ、トーリの帰還を待つ。ジュリと出会ってから、トーリは既に三回[狂戦士ベルセルク]化していた。もちろん状態減弱魔術デバフによる、激痛付きだ。


(この回数を[狂戦士ベルセルク]化して生き残った者はほとんどいないじゃろう)


 まず初回の[狂戦士ベルセルク]化を生き残る者が少ないのだ。実際、トーリもジュリに出会わなければ二回目で死んでいた。そういった意味でトーリは既に一般的な[狂戦士ベルセルク]の枠を超え始めているだろう。実際痛みを感じることによる行動の差異は、僅かだが出始めている。それがいつ具体的な効果になるかは分からないが、非常に興味深くはある。


特殊技能ユニークスキル、か。面白いものよの)


 大雑把な技能スキルの表記に比べて、特殊技能ユニークスキルはその者を規定するような強力な効果を持つものが多い。世界かみがその存在を肯定するほどの存在価値を示すのだから当然と言えば当然だ。特殊技能ユニークスキルに関しては分かっていないことも多い。[狂戦士ベルセルク]のように複数回の出現が確認されているものあれば、一度きりの出現で終わる場合もある。場合によっては現れたり、消えたりする場合もある。

 それが単に確率の問題なのかは不明だ。そして最大の謎が果たして特殊技能ユニークスキルがその者の能力の結果を示したものなのか、それとも祝福ギフトの側面を持っているかということだ。例えばジュリも特殊技能ユニークスキルで[賢者]を有しているが、これは魔力量・技術が一定量を超えた時、つまり長命種メトセラとしての枠から逸脱した時に現れた。しかしてこれはジュリの能力が長命種メトセラの枠から外れたから現れたのか、それとも[賢者]という特殊技能ユニークスキルが現れたから長命種メトセラの枠を越えたのかは定かではない。魔力量・技術共に徐々に増えて行ったのだから自分の能力が一定値を超えた結果だと言い切れそうなものだが、同じ努力をしてもジュリのいる地平まで届かない者の方が多い。という事は[賢者]に選ばれる素養や因子も必ずあるということだ。それこそが初めから世界かみに認められている祝福ギフトだと言えなくもない。


(結局、卵と鶏になるんじゃがな)


 ジュリは能力の結果と祝福ギフトの両方の側面を持っているのではないかと考えている。特殊技能ユニークスキルの発現によって強くなるものが多いのは事実だ。稀に世界かみから直接宣言を受ける特殊技能ユニークスキルすらあると聞くので、祝福ギフトの側面もあるだろう。


(誠、罪深いものよの――)


 その世界かみからの祝福ギフトである特殊技能ユニークスキルにヒトの手を加えようというのだ。だが世界かみに挑む価値はあるだろう。


(ジュ……、聞…え…か?……)


 不意に脳内にトーリの声が響いて、ジュリは飛び起きる。蘊蓄を垂れ流すのは嫌いではないが、さすがに一人だと飽きる。


「やっと戻ってきおったか! 暇じゃ! 暇じゃ! 早く帰ってこい!」


 別に声に出す必要は無いのだが自然と漏れる。さてまた忙しくなるなるな、とジュリは考える。地上に行くまでにあと何回、[狂戦士ベルセルク]化できるか。今の環境は[狂戦士ベルセルク]化するのに非常に都合が良い。遠隔で魔術が使え、転移魔術も使える。地上に出ればこう効率よくはいかないだろう。唯一の不満点は娯楽が少ない事と、芋しかないところだ。


(テス、テス。普通に通じるようになったな。問題ないか?)


 数時間ぶりに聞いたトーリ声ははいつもと変わりのない、何となく感情の薄いような、年の割に老成したものだ。


「問題あるわい! 変化が無いのは苦痛じゃ! 芋にも飽きた! 主人を置いて貴様は何をしておる! それに、てすてす、とはなんじゃ。貴様意味が分からず使っておるな。我にも伝わって来ぬ!」


 ジュリの訴えに念話の向こうで苦笑される気配がした。普段であれば怒るところだったが、今は気にならない。それがトーリが戻って来た安堵によるものだとは、ジュリ自身は気が付かない。ただ正体不明の浮ついた気持ちは研究対象が戻って暇な時間が終わったことに喜びを感じている、と自分を納得させた。


(ああ情報を持ち帰ったから一緒に分析してくれ。あと一つ問題が起きた)


 トーリの言葉にジュリは、まかせよ、と強く答えた。

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