第6話 苦痛の戦闘①
「ここら辺でいいのか?」
(大丈夫じゃ。地底湖の回りは殆ど解析済みじゃからな。多少離れたところで迷う事は無い)
トーリが虚空に話しかけると本当に念話で言葉が返って来た。頭の中に声が響く不思議な感覚に、驚きを得る。ジュリはあの離島からこの声を送っているはずだ。地底湖は広いから最低でも一キロメートル以上は離れている事になる。更に別魔術を用いてリアルタイムでトーリの視界も共有しているというのだから、無線機などより数段便利な代物だった。
「本当に便利なんだな。念話って」
(ちゃんと
説明を受ける時から念話と連呼をしていた事が不満らしい。ジュリはいささか不愉快な様子で言葉を返してくる。
(こ、こうか?)
(うむ、まだ雑音が混じるが、その内、上手くなるじゃろうて)
まだ直接言葉にした方が、早いような気がするがこれも練習なのだろう。ジュリの言う通りに出来るだけ念話を使おうと心に決める。
トーリは今、地底湖を超えて対岸へと移動してきていた。ジュリと臣下の契約を結んだ後、武器の調達、トーリの実力の査定、[
ここら辺は恐らくトーリが
(あの規模の魔術をたった一人で造作も無く行ってしまうんだからな……。恐ろしく強力な魔術師だ――)
トーリ自身は魔術を使えない為、詳しいわけでは無いが冒険者として最低限の知識はあった。その知識から考えても、規格外の魔術を行使したのだと分かる。
(ハーハッハッハッハッ! 貴様も分かって来たではないか! そう我は黄昏の賢者にして鮮血の魔女! 智の蒐集者じゃ! 賛美せよ! 平伏せ! おそれ慄き自らの矮小さを――!)
(うわっ! 聞いていたのか!)
突然ジュリの高笑いが脳内に響いて、トーリの背中がビクリと震えた。独り言のつもりで考えたのに、念話でそのまま伝わっていたらしい。脳内言語で高笑いとか器用な事をするなよな、と悪態を進みながら驚いた恥ずかしさ紛らわす。
注意をしながら歩いていると、ざああ、と高所から水の落ちる音が大きくなってきた。トーリが落ちたあの滝だ。今は地底湖までの切り立った崖の上に広さのある空間が広がっているだけだった。
(あの時ここで追い詰められたんだよな……)
[
(よーし着いたの。じゃあ今から貴様には
(捨て犬じゃねえよ!――て、あぁん!?)
ジュリの言い様に思わず突っ込んだ後に、後半の言葉の意味に驚いて不良のような返答をしてしまった。
(無謀すぎるだろ!? あんとき死に掛けたたんぞ!?)
それも[
(ハーハッハッハッ! 何を言うか貴様! 第一に武器を得るための戦いなんじゃから武器が無いのは当然じゃ! 第二に[
(鮮血の魔女が―――ッ!!)
(ハーハッハッハッ!!)
痛快そうに爆笑するジュリの声を恨めしく聞きながら、それでもトーリは覚悟を決める。[
(ほう、随分と物分かりが良いのう?)
その様子が脳内言語で漏れていたのかは分からないが、ジュリがこちらの様子に興味を示した気配が伝わって来た。
(まあな。ジュリが調べてくれるんだろ。それを信じた。俺はとにかくやれることをやるだけだ)
(我が貴様を騙してる……そうは思わんのか? 貴様が苦しむ様を見て楽しむサディストである可能性を考えんのか?)
(そうなのか!?)
(いや……違うが)
(吃驚した……)
(……)
ジュリが何やら念話の向こうで思案している様子が伝わってくる。随分と便利な機能だ。そして意を決したようにジュリの声が響く。
(――トーリ、実は我は
(そうなのか!? 肌色だけど!?)
(……嘘じゃ。つか、殺すぞ。間違っても間違うな)
(吃驚した……「って何故!?」
ジュリの突然の殺意にトーリは思わず声が出てしまう。
(貴様、偶に馬鹿だと言われんか……)
ジュリの疲れたような声がトーリの中で響いた。トーリは自分の過去を振り返った後に、まああるな、と簡潔に答える。思念の向こうで、はあ、とため息をつく声が聞こえてくる。
(まあよい。愚か者は嫌いじゃが、馬鹿は嫌いでは無い。話を戻すが、ここら辺は我が長い時間をかけて、術式を流し込んでおっての。ここだけじゃが拡大的に我の力を使えるのじゃ)
ジュリの言葉を要約すると、この地域限定で遠隔で魔術が使えること、その為ある程度敵の誘導が出来ること、いざとなったら転移魔術で離島に戻れることを伝えられた。
(転移魔術ってそれってチートじゃないか?)
転移魔術なんて便利なものが有ったら、移動に掛かるコストをゼロにすることが出来る。移動に関する革命が起きるだろう。
(チート……不正行為。及びそれに類するほどの規格外の技術や能力の蔑称じゃの。それほど便利なものでは無いわ。第一に同一の術者が広げた魔術域でしか移動は出来ぬ。魔力的にも汎用化するには難があるしの。コスト的には氷で橋を作った方がよっぽど効率的じゃ)
(そういうものなのか……)
トーリは近接の冒険者として一般的な魔術の知識しか持ち合わせていない。術式効果等についてはある程度話せても細かな理論などは門外漢だ。ジュリに出来ないと言われれば、それを信じる他ない。
(そしてここは我が広げた魔術域。地底湖を中心にこの階層の四割ほどを包んでおる。確かに汎用は利かぬが、こういった使い方が出来る訳じゃ)
不意に声に不穏な気配が混じる。トーリには円弧のようなサディスティックな笑顔を浮かべたジュリの顔がありありと想像できた。
(
第五階位:影鼠の
トーリの周囲の地面に、魔法陣が次々と浮かぶ。それは地面から浮き上がると同時に魔法陣が通った軌跡に緑色の物体を生み出す。それが
その数二〇匹。
「嘘だろ……」
(ハーハッハッ! さあ雪辱戦と行こうか! 貴様の実力見せてもらうぞ!)
悪魔の声がトーリの脳内で響いた。
***
(ふむ、なかなかいい動きをするの)
ジュリはトーリの戦闘を視覚化の魔術で見つめながらその動きを追っていた。ジュリが召喚した
手に持つ獲物はパイプだが、
(せめて剣状にしてやった方がよかったかの。しかしさすがに鍛冶師もいない中で中途半端に剣状にするのものぅ……)
魔術で剣状にすることも出来るのだが、やはり鍛冶師が作ったものと比べると形を模しただけのものになってしまう。剣になっている物は強化できても、ただの金属の塊を剣にするには割に合わない量の魔力を消費する。それに、最終的には致命傷を負って[
(貴様、本当に誰にも師事したことないんじゃな?)
(な、いって、言ってる……だろ!!)
トーリの一撃がごしゃりと音を立てて六体目の
異世界であろうが、人種は多かれ少なかれ空気中に漂う魔素を利用して生きている。それはこの世界でも変わらないはずだ。魔術として放出することに長ければ魔術師に、身体機能の強化に回すのが得意であれば剣士に、という具合だ。しかしその魔素を扱える量は生まれ持った才能だ。例え望んだとしても魔術師や剣士などの戦闘職に成れずに終わる者も多い。ジュリが見るに、トーリの魔素の使える量はかなり少ない方だ。
(恐らく身体機能強化がほとんど働いておらんな。只の生身とほとんど変わらぬ。しかし……)
ジュリはふむ、と思案する。その遅い動きで既に
(しかしどういった身体の動きじゃ? 技術というよりは勘が良いだけか?)
確かにトーリの動きは良い。
(もう少し観察する必要があるの。しかし今は……)
(ガッ――!)
トーリの苦鳴がジュリの脳内に響く。トーリの大腿を
(これで仕舞いじゃな。現れるぞ――[
トーリは
腹に刺さった剣に手をやりながら俯く。ジュリの視界からはトーリの顔は覗き込めない。
「ふふふふふふははははははははははははは」
不意にトーリの口から乾いた笑い声が漏れ出した。その平板な笑い声は徐々に大きくなり、最後は哄笑へと変わる。
細身だったトーリの身体が一回り大きくなる。[
トーリはズブリ、と腹に刺さった剣を引き抜く。引き抜いた時こそ盛大に血が噴き出すが、すぐに止まった。服の下は既に回復しているのだろう。
(恐ろしい回復力じゃの……)
全身の細かい傷は既に癒えている。これなら骨折などでも、それほど時間を要さないだろう。
トーリの異変に気が付いた
(
第四階位:不死王の
ジュリは遠隔で魔術を行使する。痛みを増強させる為の
「ガァアアア!」
トーリの咆哮が洞窟内に響いた。
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