第2話 狂戦士の末路
剣戟と獲物を追い立てる興奮した声が洞窟内に残響となって広がっていた。
「ガァァァッ!」
力任せに振るった
ミシリと
(クソッ、これじゃあただの鈍器だ……。安く無かったんだぞ)
激しい戦いの中で、身体の支配権と意識が分離した青年の思考はどこまでも現実感が薄い。
多数の
しかしそれも、いつもであれば、と注釈が付く。
実際、今の青年の身体はいつもよりも二倍程も筋肉が大きく膨隆し、その体躯を一回り大きく見せていた。冒険者として生きて来たためにできた顔に残る小さな傷痕によって、線の細い顔立ちながら、何とか年齢通りに見られていたその表情も、今は憤怒と狂気に彩られている。トーリの中の
「ガッ」
前胸部に走る衝撃に、
口の中に血泡が広がり、呼吸がしにくくなる。その中でトーリの顔にひろがるのは、苦痛では無く憤怒の表情。矢じりの返しによって肋間筋の引き千切れる音を、自分の身体を通して聞きながら、柄を掴んで力任せに引き抜く。
傷口からも口からも血が溢れる。それを好機と見たのだろう、トーリを囲む
振り向きざまに矢尻を眼球に付き込む。矢尻は
殺意を満たせた歓喜も束の間に、またトーリに衝撃が走る。
更に背後を突つかれたのだ。見れば、今度は腹部に剣が刺さっている。五センチ程だろうか。筋層は抜けて腹腔内に侵入しているだろう。
(錆びだらけの剣だと腹膜炎待ったなしだなぁ)
肉体の運動と思考が解離するなか、またもそんな思いが浮かぶ。どうせ[
(でも、こんな人生でも、死にたくないもんなんだな――)
そんなことを思う。
今トーリは終局を迎えようとしていた。茨城県霞ヶ浦と筑波山の中間地点に現出した第七迷宮、
(本当に運が無い)
自嘲と共に振り返る。初めは一〇階層で
そして今に至る。状況は最悪だ。先兵たる
たとえ[
機能を喪失した剣を携えて、トーリは洞窟型の迷宮内を狩りたてられる。辛うじて生き残っているのは、トーリの持つ
「ガアアアァッ!」
([
肉体の方は咆哮と共に、未だ
頭を掴み叩きつける。腕を引きちぎる。噛みつき、砕く。これではどちらが
そんな自分と
他の冒険者がいないここでなら、[
しかし最後はなかなか訪れず、トーリはその後もジリジリと追い立てられて、狭い通路を抜けた広い空洞部へと出た。
(くそッ。行き止まりか)
開けた視界の先に通路の終端を迎えたことを悟る。かなり広い
獲物を追い詰めたことを悟ったのだろう。
崖を背に踵を返したトーリに盾を持った
「ガッ!」
盾を掴んで引き倒そうとするトーリに対して、
Gy―――ッ!
何かを叫ぼうとしたのだろう。引き倒された
「ギィッッ」
獲物を仕留めた愉悦に[
明らかな致命傷。さすがに[超回復]が働いていたとしてもダメージ超過だろう。回復しきる前に死ぬ。だが[
しかし
瞬間。遠くで地底湖に自らの腕が着水する音と共に、肘から血液が噴き出す。
「ガァァァァァッ!」
断末魔の方向を見上げた視界の右側が衝撃と共に消失する。
硬質なもので全身を打ちつけられる感覚。
(生き残っ……方……盾)
ズルリと身体から命と共に槍が抜けていく感覚と共に、後方に吹き飛ばされて宙に投げ出される。既に視界は無かった。ただ気持ちの悪い浮遊感だけが、今落下をしていることを示していた。
二度目の衝撃。そして冷たく濡れる感触。
(これ……れの……さいご……)
流れ込む滝の水流に振り回されながら、トーリは意識の全てを放り出した。
***
……
…………
……………………意識の浮上する感覚。
目も見えず、自身の身体の感覚も無く、どれほどの時間が経ったのか。それすらも分からない状況。その中でもトーリは自分自身が考えることが出来ることに気が付いた。
死に向かう刹那に起こる臨死体験なのかもしれないな、と独り納得する。
「そんな状態でも生きようとするか貴様」
凛、とトーリの中で響いた気がした。実際の耳は全く聞こえていない。言うなれば脳に直接声が流し込まれたような感覚だ。その声は、少女のような声音で、老婆のような諦観を含ませていた。不思議な声音だ。どんな生き方をすればこのような声になるのだろう。少し声の主に少し興味が沸く。死の間際なので、死の女神がトーリを迎えに来たとでもいうのであろうか。
「ふん、いいじゃろう。我が魔導の光に照らされて再度この世に生まれ出でてくるがよい。その暁には我の手足となって粉骨砕身、誠心誠意、徹頭徹尾この世の終わりまで尽くしてくれような?」
――嫌な奴だった。声に尊大さと傲慢さが混じる。そもそも言い回しも回りくどいし、自分をあえて偉そうに誇示しているような印象がある。トーリの中で老成した少女の様な美しい女神像がガラガラと崩れる。思い浮かぶのは背伸びしている餓鬼だ。
(俺……こういうタイプ……苦手)
四文字熟語を会話に挟む奴で、今まで良い奴に出会った試しはない。
「回復にはしばしの時を要する。我の魔導の揺り籠にて眠るがよかろう。あ、我に対しての心の底からの感謝と、神に対して身を投げ出すような深い愛情を忘れずにな」
さり気ないアピールが子供っぽい。
(何で最後がこんな感じなんだ……?)
今際の際に出てきたにしては、空気の読めない奴だ。むしろ死に掛けにこんな幻聴を聞いてしまう自分に大きな問題があるのだろう。
(まあ[
自身の異常性に関して一定の納得をしたうえで、再度睡魔に襲われる。
これで寝てしまえば自分はもう起きることはないだろう。腹部の貫通創、右前腕部離断、右眼球破裂、その他裂傷多数。視覚は一切働かないし、身体の感覚も曖昧だ。今自分がどんな姿勢を取っているかもわからなかった。逆に生きながらえたら障害を抱えて生きる地獄が待っている。
(まあ、どうでもいい。いまは……ねむい……)
少女の性悪声が何かを話している気がしたが、トーリの意識は深い闇に沈んだ。
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