斯くして狂戦士は賢者と出会いました。

雨屋悟郎

狂戦士の末路

第1話 序幕

「クゥッ……!? カハ……ッ!!」


 トーリの指が少女の頸に深く食い込む。少女・・の顔は苦しそうに歪み、トーリの手を振り解こうと藻掻くが、浮いた脚は無様に空を切るだけだ。あと少し、あと少し力を籠めれば少女の頸は骨ごと握りつぶされる。

 カラリ、と少女の持っていた盾が乾いた音を立てて床に転がった。ただ薄い鉄板を張り付けただけの木製の粗末な盾だ。盾が粗末なら、持ち主もまた粗末だ。少女の服は傷口から漏れ出た血液でそこら中に赤い染みを広げ、泥と魔物モンスターの返り血で最早元の色など想像することも出来ないありさまだ。顔も細かな切り傷に泥汚れ、そして両の目元から顎にかけて二条の線が引かれている。涙の通った後だ。


「クフ、クフフフ! ヒヒッ! アヒャァハハハハハハハハハハハハハ! ははははははははははははははははははっははははははははははは」


 そんな惨めな少女の苦鳴を聞いて腹の底から嗤いが込み上げてくる。トーリは嗤いと共に膨らむ快感に身を委ねながら、気のすむまで存分に声を張り上げる。

 さてどうやってこの少女を殺すか。

 トーリは考える。このまま縊り殺すのでは詰まらない。考えよう。どういう方法がアイツに一番堪えるのかを。


「ハァ……!」


 閃きは唐突に来る。自分の思い付きに思わず脳が蕩けそうになった。そうだあの時と同じようにしよう、と思う。あの女と同じように串刺しにしてやればいいのだ。

 幸い右手には短剣ショートソードを持っている。少女の腹を切り裂いて、内臓を引きずり出すのにちょうど良さそうなサイズだ。


 ――うたが聞こえるような気がした。


 何だろうと思考の隅で疑念が沸く。すると唐突に回りの景色が鮮やかに見えだす。洞窟の中。そして異様に広い空間。その只中に少女とトーリは立っていた。その中はさながら地獄だった。肺まで焼き尽くすような気温に、熱波を受けて液体と化した煮え立つ大地。陽炎の向こうには炭化し、何者であったかも判別の突かない焼死体達の手足の一部が生者を呪う死者の様に中空に向けて伸ばされていた。


 トーリが今首を絞めている少女の足元にも、一人少女が転がっている。この少女はトーリは首を絞めている少女と同じく焼け焦げていない。しかしもうほとんど死んでいた。腹部を自らの血で真っ赤に染めて呼吸が止まろうとしている。あれでは助からないだろう。


(―――! ――仲間―! ――ッ!)


 謳と共に思念がトーリの脳に直接運ばれてくる。その思念の中の僅かに聞き取れた単語に、トーリの顔は苦虫を噛み潰したようになった。少女の頸を絞める快楽と打って変わって、今度は不愉快さが胃の辺りに広がる。


「おに……い……」


 感情に意識を向けていたせいで少女の頸を掴む左手が緩んでいたらしい。首を絞める少女が圧し潰された喉の隙間からか細い声を発した。そして、少女は自らの震える手でそっとトーリの前腕を包んだ。


「――!」


 トーリの身体が震える。そんな攻撃力の欠片も無い動作に動揺した自分に驚き、次に湧き上がる感情は憤怒だ。何を恐れるというのか。全てを壊せばいいじゃないか。殴殺して、刺殺して、絞殺しよう。撲殺した後に、圧殺して、轢殺だ。壊し、殺し、すり潰し、削り、縊り、啜り、何もかもめちゃくちゃにして動くものがなくなった瓦礫の山の頂きで、自分も独りで静かに眠るのだ。

 横には誰も要らない。独りで壊し、壊れるのだ。


「うふ……!」


 トーリは笑みを深める。今は少女の腹に剣を付き込むことが、全てにおいて優先される。

 右手に持った短剣ショートソードを少女に向けて、突き込んだ――。



 


 剣を付き込む間延びした時間感覚の中で、振り払い切れなかった雑念が脳裏を掠める。

 この物語はどこから始まったのだろうか、と。

 もし始まりがあるとすればあの時だ。

 洞窟の底で、自らを賢者と名乗る少女に出会った、あの時だ。

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