第8話 好きな音楽のお話

 朝。教室に入ると、片耳をイヤホンで塞いでいる未咲がまずぱっと目に入る。


 うみ「よっ、未咲! 何聴いてんだ?」

 未咲「あ、うみちゃん……えっとね、内緒だよ?」

 うみ「は? なんでだよ? 別にいいじゃん、教えてくれたってさぁ」

 未咲「だめなものはだめだよ! ちょっと、ごにょごにょ、だし……」

 うみ「ん? よく聞こえなかったな。すまん、もう一度言ってくれ!」

 未咲「い、言わないってば……」


 やけに未咲がよそよそしい。これはなにかわけがありそうだな……。


 うみ「とりあえず聴かせろよ~」

 未咲「ちょっとうみちゃん!」


 未咲の静止を聞くまでもなく、あたしはひょいっとイヤホンを取り上げた。


 うみ「……なんだ、この曲」

 未咲「だから言ったのに……えっ?」


 確実に引かれると思った。

 だってそれは、本来わたしのような年齢の女子が聴いてはおかしいもので。


 うみ「うん、結構いいじゃねーか。あたしは好きだぞ、こういうの」

 未咲「……ほんとに?」

 うみ「ほんとだって! こんなの聴いたことねーし!」


 どうやらうみちゃんにとっては、その曲が新鮮に聞こえたらしい。


 うみ「どこで手に入るんだ? もしかして、かなりレアだったりするのか?!」

 未咲「えっと……(言いにくいなぁ……)」


 この曲にかんする話題がひとしきり去るまで、冷や汗が止まることはなかった。


 うみ「あたしはやっぱこういう性分だから、ロックとかよく聴いてんだよな!」

 未咲「どんな曲が好きなの?」

 うみ「あー、それはちょっと……」


 急にうみちゃんまでごにょりだす。

 好きな曲を聞かれるのって、ちょっとプライベートな要素がありそうだもんね。


 うみ「あんまりマイナーなもんで、これまで誰にも言ってねーんだわ……」

 未咲「おたがい似てるところって、探せば見つかるものなんだね……」


 と、玲香が教室に入ってきた。


 玲香「音楽の話をしているの?」

 未咲「あっ玲香ちゃん、おはよう……

    うん、あのね、わたしが聴いてた曲、うみちゃんに聴かれちゃったんだ」

 玲香「そんなに真っ赤になることかしら」

 未咲「そっ、そりゃそうだよ! だって……」

 玲香「?」


 急にもじもじしだす未咲。

 顔を赤くするほど聴かれてまずい曲なんて、教室で聴かなきゃよかったのに。


 玲香「深く尋ねないことにするわ。わたし、これからちょっと読書するから」

 未咲「あっちなみに、玲香ちゃんはどんな曲を聴くの?」


 かれこれ何年と過ごしてきて、そんな話題についぞならなかったのは不思議だ。

 これをいい機会だと思って、訊いてみることにした。


 玲香「わたしはクラシックからジャズ、R&B、

    それからソウル、ファンク、ポップス、ダンス音楽……」

 未咲「ストップ、ストップ! えっ、なに玲香ちゃん? いったい何者……?」

 玲香「いち女子校生だけど」

 未咲「それはわかってるよ! その、なんていうか……すっごく多様だね……」


 圧倒されそうな空気を察して途中で止めたわたし、何も間違ってないよね……?


 玲香「静かにして。悪いけど、もう開いちゃってるのよ」

 未咲「開いちゃってる、って……」

 玲香「言っておくけど、未咲が想像するほどわたしは想像ゆたかじゃないから」

 未咲「はは、なんのことかな……」


 だらだらと汗が流れては、滝のように顔を伝って落ちていく。

 なにかを見透かされていそうで、少し怖くなった。


 ロコ「じーっ」

 未咲「ロコちゃんまでやめようよ、そういう視線……」

 ロコ「冗談だよ~、ふたりがどんな会話してるのか、ちょっと聞いてただけ~」

 未咲「あやしいなぁ……」


 疑り深い視線を送っていたのは、わたしのほうだった。


 ロコ「わたしはね~、やっぱりぬいぐるみ~」

 未咲「安定のゆるさ!」


 いい感じにまとまったところで洋子先生が教室に来て、この日の朝は終わった。

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