こぐまとパン屋さん

 トレーの上には小さな菓子パンが4つ。カルトンにはどんぐりが2つとくぬぎの実が3つ。そして、レジを挟んだ向こうにはこぐまが1匹、ちょこんと行儀よく立っている。珍しいその小さなお客さんの顔を、私は失礼にならぬよう気を付けながら観察してみた。くまの表情を見分けるのはとても難しいのだが、恐らく彼(彼女かもしれない)はとても嬉しそうな表情をしていると思われる。

 人間で言うと、4歳か5歳くらいだろうか。この子ひとりのおやつに菓子パン4つは少々多いだろう。もしかしたら、家で待つきょうだいの分も、とお母さんにお使いを頼まれたのかもしれない。

 くまは時折耳をひょこひょこと動かしながら、私の顔とトレーに並べられた菓子パンを交互に見ている。その様子は愛らしいの一言に尽きるが、しかし一つ困ったことがあった。


「すみません、くまさん。これではパンは買えません」


 そう、当店は木の実による支払いには対応していない。ここは最近やっとキャッシュレス会計が導入されたばかりの、田舎の小さなパン屋なのだ。人間のお金でなければパンを買うことは出来ない。

 私は深々とこぐまに頭を下げた。するとこぐまは、今にも泣き出しそうな目をして――それも私の主観なのだが――肩にかけている黄色い小さなポーチから何かを取り出した。差し出された手が小刻みに震えている。


 手の上には、どんぐりが3つ。


 なるほど、この子はきっと、お金…もとい、木の実が足りず、パンを買うことが出来ないと考えたのだ。だからお小遣いの中からなけなしの小さいどんぐりを追加したのだろう。そう考えると、心配そうにこちらを見るくまの表情は「これで足りますか?」と私に訴えかけているように見えなくもない。

 私は思わず吹き出してしまった。お客様に対して失礼と思いながら、しかし緩む表情を引き締め直すことが出来なかった。くまの姿があまりに可愛らしく、そしていじらしく思えてならなかったからだ。

 いや、当人(当熊?)にとっては決して笑い事ではないのだろうが。なにせ、母から頼まれたお使い(はじめてのお使いかもしれない)が、はたせるかどうかの瀬戸際なのだ。…と、これもまた私の勝手な妄想に過ぎないのだが。


 私はもう一度くまに笑いかけると、レジを出てくまの目の前で膝を折った。くまは私の行動をおそるおそるといった風に見ている。私はそんな可愛い子の頭を撫でてやり、目線をしっかりと合わせ、優しい声でゆっくりとこう言った。


「いや、そういうんじゃねぇから」

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