第9話 対決

 いきなり泉のほとりに黒い大蛇が現れたので、フルートは仰天しました。

 フルートたちを見つけた蛇は、鎌首を上げてシャアアーッと威嚇いかくしてきます。


 思わず立ちすくんだフルートの横で、泉の長老が身構えていました。厳しい顔でつぶやきます。

「ついに結界を破ってきおったな。勇者の誕生を感じたか……」


「あ、あれは森の番人じゃないんですか?」

 とフルートは尋ねました。

「むろん違う。あれは敵が送り込んできた怪物じゃ。奴らはわしが目障りだし、金の石の勇者の誕生を阻止したいと思うとるからな──。停まれ、邪悪な蛇! ここはおまえの来る場所ではない!」

 長老が片手を突きつけて叫ぶと、蛇は凍りついたようにその場から動かなくなりました。見上げるような大蛇を魔法で停止させたのです。


「すごい」

 とフルートは感心しましたが、長老は厳しい顔のままでした。蛇に手を突きつけて言い続けます。

「立ち去れ! ここから出て行くのだ!」


 ところが蛇は立ち去りませんでした。血のように赤い目で、ぎろりとにらみつけてきます。

 泉の長老は顔色を変えました。

 気合いを込めて幾度も手を突きつけますが、やはり蛇は去りません。

 そのうちに蛇の頭がゆっくりと動き出します。


「いかん──!」

 長老が言ったとたん、蛇が鋭く鳴きました。

 シャァァァーーッ!!!

 生臭い風がフルートと長老をどっとたたきます。


 長老がどなるように言いました。

「泉の後ろへ回れ、フルート! 隙を見てここから逃げるんじゃ!」


 フルートは飛び上がり、あわてて走り出しました。

 金の石に囲まれた泉を回って、蛇から一番遠い場所へ向かいます。


 一方、長老は泉の岸ぎりぎりの水面に立って、蛇を見上げていました。

 両腕を大きく広げると、衣の長い袖が青に緑に金色にと色を変えていきます。蛇の注意を惹いてフルートをかばっているのです。


 フルートは思わず立ち止まりました。

 蛇の剣呑な目は長老を見つめていました。

 巨大な蛇の前で、長老はひと呑みにされそうなほど小さく見えます。

 シャァァァ!

 牙のある口が長老に向かって開きます──


「だめだ!」

 フルートは無我夢中で泉に飛び込みました。

 泉の水はフルートのくるぶしほどの深さしかありませんでした。

 しぶきを蹴立てて長老へ駆け寄っていきます。


 長老は驚いた顔で振り向きました。「戻れ!」と言ったようでしたが、フルートは停まりませんでした。

 長老の元へ走り、前に飛び出して背中で長老を突き飛ばします。

 すると、長老の体は急に水の塊に変わって崩れ落ちました。

 泉の水と一緒になって見えなくなってしまいます。


 フルートはあえぎながら前を向きました。

 目の前にそびえる大蛇は、老人が突然少年に入れ替わったので、とまどっていました。

 一度頭を振ると、すぐにまた獲物を見る目になってフルートを見据えます。


 フルートには相変わらず身を守るものが何もありません。

 蛇が襲いかかってきたので、フルートは反射的に目を閉じました。両腕を上げて頭をかばいます。

 すると、その右手の中が急に暖かくなって、金の光があふれ出しました。

 まるで真夏の太陽の光を集めたような、強烈な光です。蛇の黒い体を金色に染め上げます。


 ジャーーーー!!!


 蛇は苦しげな声を上げて、のたうち始めました。

 巨大な体が光の中でみるみる溶けていきます。まるで火に投げ込まれた蝋細工ろうざいくのように、溶けて崩れて小さくなり……

 ものの一分とたたないうちに、大蛇は跡形もなく消えてなくなってしまいました。

 金の光が吸い込まれるように収まっていきます。

 

 フルートが右手を開いてみると、そこには金色の小石がありました。

 ずっと握りしめていたのです。

 今は日の光を返して穏やかな金色に光っています。


 何が起きたのかわからなくて、フルートがあっけにとられていると、後ろで水面が盛り上がって、泉の長老がまた姿を現しました。

「なんという危険な真似をするんじゃ! 早う水から上がりなさい!」

 どなられて、フルートはあわてて泉の外に出ました。

 とたんに深い水を泳いで渡った後のように、体がどっと重くなりました。フルートは浅い泉を歩いて渡っただけなのですが──。


 長老はまた穏やかな口調に戻りました。

「わしを守ろうとしたのか。わしの本体は水じゃから、蛇なんぞにやられるようなことはなかったのじゃぞ」

「すみません。つい」

 とフルートはまた謝りました。長老が危ない、と思ったとたん夢中で動いてしまったのです。


 すると、長老はフルートの手の中の石を見ながら話し続けました。

「フルートがわしを守ろうとしたので、金の石がそれに応えたんじゃな。その石は守りの石じゃ。邪悪なものは打ち消すが、人間にはなんの害も及ぼさん。ただ怪我や病を癒すだけじゃ」


 そのとたん、フルートは大怪我をしているお父さんや、足を折って動けないでいるジャックのことを思い出しました。

 急いで二人のところに戻らなくてはなりません。

 それを話すと、長老はうなずきました。

「ジャックは、この泉から流れ出る川のほとりで待っておる。この川に沿って進むがいい。森はもう、おまえたちの邪魔はせん」

 フルートはまた深々と長老に頭を下げてしまいました。

 

 ところが、フルートが森へ戻ろうとすると、長老に呼び止められました。

「金の石はそのままでは持ちにくかろう。それ」

 長老が長い指をちょっと振ると、金の石がフルートの手の中できらきらと輝き出しました。

 蛇を倒したときとは、また違った光り方です。


 輝きがおさまったとき、フルートの手の中には、金の石をはめ込んだペンダントが現れていました。草と花の模様を刻んだ金の縁飾りが金の石を取り巻き、その一端に長い金の鎖がついています。


「首からさげておるがいい。石はいつもおまえたちを守ってくれるじゃろう」

 と長老が言いました。

 フルートは言われたとおりペンダントを首にかけると、また頭を下げました。

「本当に、何から何までありがとうございました」

「また会おう」

 長老はそう言い残すと、水が崩れるように、泉の中に消えていきました。

 あとには明るく輝く泉と空き地だけが残ります。

 フルートはペンダントの金の石を握りしめると、小川に沿って森へ歩いていきました……。

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