第10話 金の石

 泉の長老に言われたとおり、フルートが小川に沿って歩いて行くと、ほんの五分ほどで先ほどの崖の下にたどり着きました。


 深緑の苔におおわれた岩の陰に、ジャックが片足を抱えて倒れていました。

 激痛と恐怖で顔は真っ青ですが、それでも必死に歯を食いしばってこらえていました。折れた祖父の剣を固く握りしめています。


 フルートは急いで駆け寄りました。

「ジャック、大丈夫!?」

 ジャックは目を開けて、信じられないようにフルートを見ました。

「おまえ、生きていたのか……? 幽霊じゃねえだろうな?」

 ジャックはフルートが蛇に食われたと思いこんで、次は自分の番だとおびえていたのです。

 フルートは、にっこり笑ってみせました。

「もう大丈夫だよ。蛇はいなくなっちゃったからね」


 それからフルートはジャックの足を調べてみました。

 右の足首が変な方向にねじ曲がって、ひどく腫れ上がっています。

 確かに骨が折れているようです。


「ちょっと待ってね」

 とフルートは言うと、首からさげていた金の石のペンダントを外しました。

 どう使うのかわからなかったので、少し考えてから、石をジャックの右足に当ててみます。


 とたんにジャックは悲鳴を上げました。激痛が走ったのです。

「なにしやがる!」

 と足を引っ込めようとします。


 ところが、みるみるうちにその顔つきが変わりました。信じられないように目を見張って自分の右足を見つめます。

 ねじ曲がった足首が、くくっとまっすぐになり、あっという間に腫れが引いていったからです。

 たちまちジャックの足は元通りになっていました。


「痛くねえぞ! もうなんでもねえ!」

 ジャックは声を上げ、立ち上がって飛び跳ねました。どんなことをしても、もう全然痛みません。

「良かった」

 フルートは、ほっとしました。本当に癒しの力を発揮した金の石を見つめます。


 すると、ジャックもペンダントをまじまじと見つめてきました。

 疑うように尋ねます。

「おい、フルート。それってまさか……」

 フルートは一瞬答えに迷いましたが、ごまかせるはずがなかったので、すぐにうなずきました。

「うん。魔法の金の石だよ。泉の長老からもらったんだ」

 

 長い間――フルートが居心地悪くなるくらい長い間、ジャックは何も言いませんでした。

 ようやくまた口を開くと、ひどく悔しそうにこう言います。

「そうだよな。おまえは本当はものすごく勇敢なんだ。ただ、それを見せてなかっただけでよ……。ちっ、意気地なしのふりなんかしやがって!」


 フルートは目をぱちくりさせました。弱いふりをしているつもりはなかったのです。

「ぼ、ぼくは……」

 と言いかけると、ジャックは突然祖父の剣を目の前にかざしました。

 半ばで折れた刃を歯ぎしりして眺めます。

「それに比べて俺はこのざまかよ! 肝心な時に役にたたなくなりやがって! 何が名刀だ! こんなもん――!」


 ジャックは剣をかたわらの岩に叩きつけようとしました。

 フルートは驚いてその手に飛びつきました。

「だめだよ! そんなことしちゃだめだ! その剣はおじいちゃんの形見なんだろう!? 一番怖いときに勇気をくれたんだろう!? だったら、やっぱり大切にしなくちゃ!」


 ジャックはあきれたように振り向きました。

 フルートが必死な顔をしているのを見ると、へっ、と鼻で笑って、フルートをふりほどきます。

「まったく、ほんとに馬鹿がつくほどお人好しだな、おまえは。なんでこんな剣のことまで心配するんだよ。やっぱり、おまえと俺は馬が合わねえぜ」


 それから、ジャックは折れた剣を赤い鞘に戻すと、肩をすくめて歩き出しました。

「あぁあ、もうやめたやめた! おまえなんかと本気で張り合って、馬鹿みたいだったぜ!」

 投げやりにそんなことを言いながら、すたすたと沢を下り始めます。

 フルートはあわてて後を追いました。

 

 すると、沢の川下から馬の蹄の音が聞こえてきました。

 小川の水をばしゃばしゃと跳ね飛ばしながら、こちらへ走ってきます。

 まもなく川の曲がり角から姿を現したのは、酔いどれのゴーリスとジャックの父親でした。二人とも馬に乗っています。


「フルート!」

「ジャック!」

 ゴーリスとジャックの父親が同時に言いました。

「親父!」

 とジャックも歓声を上げます。


 二人の大人が駆け寄ってきて馬から飛び降りました。

「二人とも無事だったか。町に帰ってきたビリーとペックから話を聞いて、あわてて探しに来たんだぞ」

 とゴーリスが言いました。いつもだらしなく酔っている彼が、見たこともないほど真剣な顔をしています。

 その腰に剣が下がっていることに、フルートは気がつきました。手入れがよく行き届いた大剣です。


「森の入り口のほうにはリサとチムがいるんだよ」

 とフルートが言うと、ゴーリスはうなずきました。

「あの二人なら大丈夫だ。リサたちの父親も一緒に来ていたんだ。おまえたちより先に見つかったから、今頃はもう家に着いているだろう」

 それからゴーリスはあたりを見回し、改めて子どもたちを見ました。

「それにしても、よくここまで来られたな。俺だってこんな奥深くまでは来たことがなかったぞ」

 まるで何度もこの森に来たことがあるような言い方です。

 フルートは、おや、とゴーリスを見つめ直しました。

 

 すると、ジャックの父親が猛烈な勢いでどなりはじめました。

「そこに座れ、馬鹿者どもが! 魔の森をなんだと思っている! この罰当たりめが!!」

 雷がとどろくような声です。

 さすがのジャックも座り込んで小さくなりました。

「ごめんよ、親父……ごめんったら……」

 けれども、ジャックの父親はかんかんになっていて、すぐには怒りがおさまりませんでした。子どもたちに長々と説教を始めようとします。


 ジャックがあわてて言いました。

「待ってくれ、親父。フルートは関係ねえんだ。全部俺とペックたちで計画したんだよ。それに、フルートは急いで自分の家に帰らなくちゃならねえんだ。親父さんの具合が悪いんだからさ……」

 フルートは思わずジャックを見ました。ジャックがこんなことを言ってくれるなんて信じられませんでした。


 ジャックはわざとフルートに顔をしかめてみせました。

「いいから早くいけよ。俺はもう大丈夫だ。親父さんのところに早くそれを持って行ってやれ」

 それ、とは魔法の金の石のことです。


 フルートはうなずくと、ゴーリスに飛びつきました。

「お願いだ、ゴーリス! ぼくを家まで連れていって!」

「な、なんだ。何がいったいどうしたんだ?」

 ゴーリスはフルートの父親が怪我をしたことを知らないようでした。

 急な話に目を白黒させますが、それでも言われるままフルートを自分の馬に乗せると、森の外めざして走り始めました。

「急げよぉっ!」

 後ろからジャックの声が追いかけてきます。


 ゴーリスは不思議そうにフルートに言いました。

「ジャックのやつ、いつもと態度が違うな。おまえたち、森で何があったんだ?」

 けれども、フルートには答えている余裕はありませんでした。

 家へ。一刻も早くお父さんのもとへ。

 フルートの頭の中は、そのことだけでいっぱいになっていました。

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