第44話 パブの踊り子(ショートショート)
川端
カミングウェイは,昭和から平成にかけて活躍したフィリピーナ文学の頂点に立つ小説家であり,すべてのノーベル文学賞受賞者を超越する存在であると自称する。代表作は,「老人とパブ」「ジェシカ家の一族」「ピーナが来たりて法螺を吹く」「四墓村」など。本作は,カミングウェイがフィリピーナを愛するオヤジたちに捧げた名著である。
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土建屋の二代目として育ち,二代目を襲名してからというもの,研究会と称する談合や抜き札によるヤクザからの嫌がらせに対処していたせいで,自分の性格が歪んでいるということに気付いた「私」は,その思いに耐えかねてフィリピン旅行に出た。
私は,スケベオヤジ御用達のマラテにある「Universe」というショーパブで,ゴッドマザーに率いられたファミリーで構成される一団と出会った。そのファミリーは,シンガーの姉,ダンサーの妹,ドラムとピアノの兄弟という一座だった。私は,そのうちの妹にスケベ心を抱き,次の公演地であるマカティのブルゴスまでの旅路をファミリーと共にすることにした。しかし,マザーの視線は,冷たかった。
今の時代でも,ショーパブのダンサーという職業は,世間から蔑視されていたが,ダンサーの妹は,分け隔てなくチップを渡し,好意的な態度で旅を共にする私の気前よさと優しさに心を開き,また私自身もマザーを除くファミリーの優しさに触れていくうち,心が安らいでいくことに気付いた。
ある晩,私は,マカティのニューワールドホテルで眠りにつこうとしているとき,ダンサーの妹が酔客に汚されているのではないかと心配になり,夜も眠れなかった。
しかし,翌日,のこのこショーパブに出かけてみると,舞台でうれしそうに手を振っているダンサーの妹を見て安心した。私は,あらためてダンサーの妹の持つ純粋な美しさにすっかり魅了されてしまった。しかし,LCCで東京へと帰る日が近づいて来た。
私は,別れの前夜にダンサーの妹を宿泊していたホテルに誘うが,ゴッドマザーから反対されたダンサーの妹は現れなかった。結局一人でふて寝した私は,得も言われぬ心寂しさに襲われ,涙をこぼした。
別れの朝,私がニノイアキノ国際空港へ行くと,そこにはダンサーの妹が一人で待ってくれていた。何を話しかけても,ダンサーの妹は頷くだけだった。私が空港内に入ろうと振り返ったとき,ダンサーの妹は何かを言いかけたが,結局無言だった。
離陸する飛行機を見つめながら,ダンサーの妹はつぶやいた。「別れのチップをなぜくれないのか。」と。
私はエコノミーシートの上でただただ涙を流し,その後,何も残らないような甘い快さを感じた。
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