第33話 ピンパブGメン(海外捜査編)

 厚生労働省・老健局・高齢者支援課・ピンパブ依存症老人取締班,略称ピトリ,通称ピンパブGメンの委嘱取締官,浮利ふり飛伊乃ぴいの,通称ピーノは,本庁別館の地下3階にある取調室で,老人Aを任意で取り調べている。

 今し方供述調書を巻いたところだ。

              供 述 調 書

 住 居  東京都江東区・・・

 電 話 03-・・・ 職  業  無職

 氏  名 老人A

 昭和30年5 月8 日生(65 歳)

 上記の者は,令和3年4 月20 日,厚生労働省・老健局・高齢者支援課において,ピンパブ依存症老人対策法違反被疑事件につき,本職に対し,任意次のとおり供述した。


 私は,現在,満65歳です。長男がいますが,既に成人して独立しています。定年後即妻から熟年離婚を突きつけられ,現在住所地で一人暮らしをしています。自宅は持ち家でしたが,離婚するときに売却し,前妻と折半したので3500万円の貯金があります。借金はありません。たばこは吸いません。酒は嗜む程度です。65歳から隔月20万円の年金を受給します。

 キャバクラやピンパブ通いの前科はありません。

 昨年9月,知人に誘われ,マニラ旅行に行きました。女遊びをするためです。マラテのシェラトンホテルに4泊しました。その初日,知人に誘われ,マビニ通りに乱立するKTVの一つ「GRAND YO《-》KO」に行きました。そこで出会ったピーナLiar《ライア-》24歳に一目惚れし,出発日までともに過ごしました。

 ライアーの説明によると,ライアーは独身です。ライアーの母はシングルマザーで,長女のライアーを含め5人の子供と同居しています。幼子2人を連れて出戻りした次女を含め,同居のファミリーは合計7人です。

 ライアーは,ファミリーの大黒柱として家計を支えるため,KTVで働いていました。

 私は,ライアーに会うため,翌10月には一人でマニラを訪問しました。ライアーの勧めで,高級ホテルには泊まらず,リビエラマンションホテルという3つ星ホテルに泊まりました。

 ライアーに水商売を止めてほしいと頼むと,月額3万ペソ(約6万円)を送金してくれるなら止めてもいいと言うので,そのとおりにしました。

 今年2月,ライアーの実家を訪問しました。ライアーのファミリーも賛成してくれたので,ライアーと結婚する約束をしました。もしライアーと結婚することができれば,ライアーとその長男を日本に連れてきたいと思っています。

(問)ライアーと肉体関係をもったのはいつですか。

(答)昨年9月,初めてマニラを訪れた日の翌日です。

(問)ライアーと結婚してもよいと思ったのはなぜですか。

(答)愛があればそれでいいと思ったからです。

(問)ライアーはあなたを愛しているのですか。

(答)ライアーは,現金を渡したり,送金したりすると,いつも「I love you」といってくれます。

(ピーノ)(「は~」とため息をつく)

(問)あなたはライアーのファミリーに対し,死ぬまで送金するつもりですか?

(答)年金10万円の中から送金する予定ですが,まだ受給まで3年ほどあるので,それまでは貯金を崩して送金しようと思います。

(問)10万円の年金の中から送金してしまうと,連れ子を含めた三人での生活は成り立たないのではありませんか。

(答)(黙して語らず。)

(問)ライアーは独身ということですが,それは結婚したことがないのか,それとも結婚したが離婚したということか,それとも結婚したが別居しているだけなのか。フィリピン法には離婚制度はなく,婚姻取消制度があるだけですが,婚姻の取消しは簡単ではありませんよ。

(答)どれなのかは聞いていません。

(問)フィリピンには姦通罪が残っており,刑法上で女性の姦通罪は最高で6年の禁固刑,男性の姦通罪は最高で4年の禁固刑とされています。弁護士に依頼して婚姻取消しをしなければなりませんが,弁護士費用は高額であるうえ,婚姻取消しが認められるとは限りません。それは覚悟していますか。

(答)そこまでは考えていません。

(問)ライアーからヘルプを要求されていませんか。

(答)ファミリーのためにハウスをリフォームしてほしいと言われています。


 以上のとおり録取して読み聞かせたところ,誤りのないことを申し立て署名押印した。

                老人A(指印)


令和2 年4 月20 日

 

厚生労働省・老健局・高齢者支援課

   ・ピンパブ依存症老人取締官・浮利ふり飛伊乃ぴいの


 

     *****

 ピーノは,ピンパブ依存症老人対策法違反の教唆犯として,ライアーを国際指名手配すべくICPO(国際刑事警察機構)に問い合わせたが,担当官は,「そのような犯罪は管轄外である。」と冷たく拒否された。そこで,ピーノは,自ら裏付捜査のため,マニラに飛ぶことになった。

     *****

 マビニ通りはマニラ湾岸を通るロハス通りの近くにあり,マニラ動物園の端から「ホテルニューワールドマニラベイ」あたりまでが中心となる繁華街である。ストーリートの両端には多くのKTVやラブホテルが立ち並ぶ。夜間はネオンが煌びやかに光り,かつては店頭にたくさんのKTV嬢が並んでいたが,現在は,マニラ市長の方針により,店頭での呼び込みが禁止されている。

 日本食レストランも多くあり,マニラ有数の繁華街のメインストリートで,通り沿いには多くの両替所もあり,空港やホテルなどののレートより多少良い。ただし両替の際にはその場での金額の確認とレシート受け取りに注意する必要がある。両替金のごまかしは日常茶飯事だ。

 かつてはゴーゴーバーが乱立していたが,その後禁止され,今では,KTVがおよそ25軒ほど軒を連ねており,韓国人,中国人,日本人のスケベオヤジでにぎわう。最近では日本人の数が減少傾向だ。

 「グランドヨーコ」(GRAND YOKO)は,2013年にオープンした。KTVを10店舗,日本料理店を数店舗をマカティとマニラで展開している日本橋亭グループ,通称ペンギングループの中級店だ。

 90分のセット料金は,安い方のオープンエリアの「ダイニング」だと800ペソ。個室(VIPルーム)だと1000ペソ。指名料は350ペソ,レディスドリンクが1杯350ペソ。それに消費税13%,エンターテイメントタックス15%が上乗せされる。ワンセット90分で5000円弱というところで,値ごろ感がある。ホステスの大半は,日本語で「ヒモ」と呼ばれる若いフィリピーノのボーイフレンドがおり,店の終わる午前3時過ぎには,ヒモが,バイクやクルマで,店からやや離れたコンビニなどの近くでフィリピーナを待っている光景は,日本のキャバ嬢と同様だ。

 ピーノは,個室に入り,ショーアップをさせたが,めぼしいピーナがいなかったため,チーママのオバさんフィリピーナにローテーションを指示した。

 ピーノは,ローテーションで来た3番目のホステスを指名した。KTV界ではとっくに引退していなければならないアラサーと思われる年増で,指名などされるはずがないというタイプだ。そういうピーナは,年齢を聞いても5歳くらいはサバを読む。ピーノは,それを確認するため,年増ホステスに年齢を聞いたところ,案の定,「トゥウェンティ・ファイブ」(25歳)などと嘘をつく。ピーノは,「ああ,そう。」と軽く聞き流しながら,「わしの目は,スターライトスコープ(星の光さえあれば容姿や年齢を判別できる眼鏡様の暗視装置)付きであることを知らんバカ者め。」とささやきながら,「この店でライアーという名前のコいる?」と聞いた。すると,年増ホステスは,「今日はお休みしてるが,明日は出勤する。」と言う。

 「やはり・・・」とピーノは納得した。本場のKTV嬢が,日本のスケベオヤジを手玉に取る方法として「店を辞めるから給料を保証してほしい」というパターンがあることをピーノは熟知している。そうして店を辞めたフリをして,スケベオヤジに送金させ,店を辞めることなく,二重にカネを稼ぐというわけだ。よりプロになると,送金オヤジを2人,3人と増やしていくし,真のプロは,スケベオヤジを数人抱え,マンションを数軒所有する。それがバレそうになると,離婚手続きをしていない夫と名乗る男が登場し,姦通罪で告訴すると恐喝する。

 ピーノは,ライアーがどの程度のプロフェッショナルであるのか興味がわいた。

「また明日来るわ。」と言って,ピーノは2500ペソをホステスに渡した。年増ホステスはわずかなおつりを持って部屋に戻ってきたので,それをチップとして渡したが,年増ホステスは,サンキューとは言わなかった。それもピーノにとっては想定内だった。

     *****

 翌日,午後7時の開店と同時に,ピーノは,グランド・ヨーコを訪れた。個室に案内されると,マネージャーのチーママが,「指名ありますか。」とマニュアルトークをするので,「ライアーお願い。」と答えた。チーママが,「わかりました。」と言って,部屋を出た。すぐに,無言でぺこりと挨拶にもならな程度のお辞儀をして無愛想なピーナが入ってきた。

 ライアーは,「お久しぶりです。」などとこれまたマニュアルトークをする。どうせ以前来店したときに自分の名前でも覚えていたんだろうという単細胞の発想をしたのだが,ピーノは,素知らぬ顔で,「おう。Long time,no see」(久しぶりじゃのう。)と適当に答えた。

(ピーノ)ライアーのことが忘れられなくて,日本からやって来た。

(ライアー)サンキュー。I love you.

(ピーノ)(「I love you.」とは,えーかげんなこと言いやがってと思いながら)

ところで,ライアーは独身だったよな?

(ライアー)(このオヤジにも以前独身だと言ったんだなと思いながら)

イエス,オフコース(もちろんよ)。なぜそんなこと聞くの?

(ピーノ)(このビッグマウスめ)

いや。わしが離婚したら結婚してくれると言っていたから,日本で離婚してライアーを迎えに来たわけよ。

(ライアー)わー,うれしい。

(ピーノ)(何がうれしいんじゃ。このボケ!)

ついては,ファミリーに挨拶しに行かなければならないが,いつ行ける?確かカビテ(Cavite)だったよな?

(ライアー)お店休めないからなあ・・・

(ピーノ)それなら日帰りでいいから,明日行こう。

(ライアー)(ファミリーには適当に相手してもらうことにしよう。)

OK。じゃあ明日行きましょう。

     *****

 翌日,ピーノは,ライアーと待ち合わせをして,カビテにあるライアーの実家に行った。待ち合わせ時間には2時間遅れて行ったが,ライアーは,ピーノが到着して30分ほど経って現れた。カビテまでは,タクシーで1時間ほどの距離だ。

 ライアーの実家は,粗末なブロック造りの平屋だった。コンクリートも張っていない土間のリビングに案内されると,ライアーの母,弟2人,妹2人,5歳と3歳くらいの男の子が出てきた。弟2人は無職で,妹2人は仕事を聞いても答えなかったが,その服装や化粧からKTV嬢をしていることは明らかだ。5歳と3歳くらいの男の子は,妹の子供だと紹介された。

 ライアーの母から,職業を聞かれたので,ポリスマンだと答えた。母は,「この家をリノベーションしたいがマネーがない」とすかさずヘルプを要求してきたので,ピーノは,「OK,ノープロブレム」と答えた。もちろん,そんなカネを払うつもりはない。「言うのはただ」と言うわけだ。

 隣の部屋に人の気配がする。おそらくライアーが別れたという夫であろうとピーノは思った。5歳と3歳くらいの男の子は,ライアーの子供に違いない。

 「詐欺家族」とピーノは内心でつぶやきながら,ピーノは,ライアーの実家を後にした。

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