第31話 ピンパブGメン(捜査編)

 モンテン・ルパの店内中央のボックス,通称「砂被かぶりの席」にピーノが一人で座っている。そのボックスは,ショーアップのシステムのない日本のピンパブでは,ピーナたちの品定めをするのに最も適しており,常連客からは最も人気のある席だ。ピーノは,ステージ間際の席に座り,ショータイムでダンスをするフィリピーナの品定めをしているスケベオヤジとなりはてていた。

 が,今宵のピーノは潜入捜査のために来ている。そのボックスは店内のボックスが全て見渡せる席であるため,その席を選んだのだ。

     *****

 厚生労働省老健局は,「これまでに例のない高齢社会を迎える我が国において、高齢者が住み慣れた地域で安心して暮らし続けることができるよう・・・高齢者介護・福祉施策を推進」すべく組織された部局である。

 老健局の高齢者支援課「ピンパブ依存症老人取締班」,通称ピンパブGメンは,高齢化の進展する日本社会において孤独な老人がフィリピーナによる金銭的被害を受け,年金を浪費したり,生活保護の受給申請をするなどして国家財政及び地方財政の破綻を招来しかねない現状を改善するため,ピンパブ及びピーナ依存症に陥る恐れのある老人を捜査し保護するための部隊である。麻薬取締官をマトリと呼ぶのに対し,ピンパブ取締官はピトリと呼ばれる。

 捜査により被疑者とされた老人は,逮捕,起訴され,裁判にかけられる。裁判で有罪判決を受けると,ピンパブ依存症老人対策法違反として,思想教育を受けるため矯正施設に収容されるが,その情状に応じて施設収容の執行を猶予されることがある。

 被疑者老人には黙秘権が保障され,裁判では国選弁護人を選任することができる。

 ピーノは,若い頃のピンパブ及びピーナに対する深い見識が日本国に認められ,厚生労働大臣よりピンパブGメンを委嘱されている。政府のピンパブ依存症老人対策委員会の有識者メンバーでもある。

     *****

 ピーノが店内中央のボックス席から店内をぐるりと見回すと,鼻の下を伸ばした一人の老人がステージ上のとあるピーナに釘付けになっている。年の頃70歳,老いた眼光で見つめる先には,カネゴンを彷彿させるルックス,年の頃アラサーの腹がたるんだピーナが阿波踊りのようなダンスを踊っている。つい先ほどまでは,膝に置かれたカネゴンの手を両手で握りしめ,しわがれた鼻の下を伸ばしていた老人だ。

 これは絵に描いたような被疑者である。ピーノは席を立って老人に近寄り,職務質問を始めた。本来は現行犯逮捕または緊急逮捕してもよい事案であるが,万一の誤認逮捕を恐れてピーノは任意捜査をすることにした。

(ピーノ)失礼ですが,身分証の提示をお願いします。

 老人は驚いた。「あんた,何の権限があってそんなこと言うの。」と詰問してきたが,警察手帳に似た身分証を見せると老人は大人しく席を空けた。

(ピーノ)ほう。昭和25年生まれですか。というと1950年ですから古希ですな。今日はまたどうしてピンパブにお越しでいらっしゃいますか?

(老人)いやあ。実は年甲斐もなくマネゴンちゃんに惚れてしまいまして,今日も婚約者のマネゴンちゃんに会いに来ました。

(ピーノ内心)(なにっ!婚約者じゃと!)

(ピーノ)ご老体の家族構成はどうなっていますか?

(老人)妻には先立たれ、2人の子供はどちらも結婚して今は一人暮らしです。

(ピーノ)資産、収入はどのくらいでしょう?

(老人)サラリーマンを定年退職した時の退職金が2000万円,隔月に年金が30万円ほどあります。自宅は持ち家です。

(ピーノ)年金だけで生活できていますか?

(老人)あのカネゴンに似たフィリピーナ,名前はマネゴンいいますが,彼女と出会うまではできていましたが,マネゴンに出会ってからは年金だけでは足りず,貯金を食いつぶしています。

(ピーノ)それはまたどうしてですか?

(老人)マネゴンが毎日メールやら電話をしてきて,「I miss you.」「I live you.」「Aitaiyo」と言うのでほぼ毎日ここに通うようになったからです。

(ピーノ)それだけですか?

(老人)実家のお母さんが病気になって入院すると言うのでヘルプしたり,兄弟が交通事故に遭って怪我をしたと言うのでヘルプしました。

(ピーノ)今何かヘルプしてくれと言われていることはありますか?

(老人)はい。結婚しようということになったので,本国のファミリーといっしょに暮らすハウスを建てて欲しいと言われています。

(ピーノ)それでハウスを建てるつもりですか?

(老人)はい。私もフィリピンに移住してマネゴンのファミリーといっしょに死ぬまで暮らそうと思っています。

(ピーノ内心)(この老人を放っておいてはいけない,保護のため身柄を拘束するしかない。)

(ピーノ)ご老体,あなたを保護するため逮捕します。

 老人は驚いたが抵抗することもなく厚生労働省別館の地下3階にある留置場に連行された。

 ピーノは,老人を事情聴取し,数通の供述調書,捜査報告書等を作成し,検察官に送致した。

 老人は起訴された。





                          令和2年検第3291号

                起訴状

                            令和元年11月3日

東京地方裁判所 御中

                   東京地方検察庁

                   検察官検事 生真面目太郎


 下記被告事件につき公訴を提起する。

                 記


 本 籍 東京都江戸川区・・・

 住 居 東京都江戸川区・・・

 職 業 無職

                     老人A

                     昭和25年5月8日生


                公訴事実


 老人A(当年70歳)は,令和元年10月1日,知人に誘われ,千葉県市川市・・・所在フィリピンパブ「モンテンルパ」を訪れたところ,たまたま席についたマネゴンことマニー・キャッシュ・ゴンザレス(当年28歳)が,その左膝を自身の右

膝に密着し,かつ,その両手で右膝を撫でるなどの行為に対し,これがピンパブのマニュアル行為であるとの常識が欠如していたため年甲斐もなく欲情し,以後,同女から,電話及びラインメッセージにより,「Imiss you.」「I live you.」「Aitaiyo」などと営業行為をされているにもかかわらず,これを真に受け,これらがいずれも自己に対する愛であると誤信し,連日モンテンルパを訪れるようになり,もって日本国から受給される年金を浪費したものである。


               罪名及び罰条 


ピンパブ依存症老人対策法違反 同法4条

地方住民法違反 同法69条

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