第40話 童話「アビ」(上)

 前略

 賀茂課長お元気でしょうか。

 今日のマニラは気温37度と灼熱で外出する気がおきないのため,小説を書いてみました。気が向いたらお読みください。オヤジ向けの童話のような体裁をとっていますが,日本のスケベオヤジとファミリー・ファーストのフィリピーナの関係をテーマとしています。フィリピーナにとって,ファミリーという存在がラブの対象であり,ラブを支えるのがヘルプであり,ヘルプの中身がマネーだとするなら,次のような童話も成り立つと思いますが,いかがでしょうか。

     *****

 フィリピン・マラテのマビニ通り(Mabini St.) には,KTVが乱立しています。日が暮れたマビニ通りを歩いているのは,中国人,韓国人,日本人のアジア・スケベオヤジ連合軍です。

 マビニ通りに不思議なストリートチルドレンが住み着いたという噂が流れ,KTV嬢たちが見に行くと,そこにはみすぼらしい恰好をした少女がいました。

 少女はアビと名乗り,見た目はせいぜい小学生で,生まれて一度もくしを通したことがないような真っ黒な縮れた巻き毛をしています。裸足で歩いているため足は真っ黒で,服はサイズが合っておらず,つぎはぎだらけです。

 アビによると,名前は自分でつけたということで,他のことは何も分からない,ただここに住みたいのだと言います。

 大半のKTV嬢はシングルマザー(子持ち)であったため,アビの面倒を見ることはありませんでしたが,KTV嬢のうち子供のいないごく少数のフィリピーナたちは相談し,スケベオヤジが持参するフライドチキンや出前の料理などを持ち寄るなどして,みんなでアビの面倒を見ることにしました。

 するとアビはとても役に立つ子だということにKTV嬢たちは気付きます。アビはKTV嬢のスケベオヤジに対する悩みを聞く才能に長け,KTV嬢であれば誰でもアビに相談すると,たちどころにスケベオヤジに対するヘルプが実現するばかりかファミリーのためにハウスを買わせることができるようになるのです。KTV嬢がオヤジとの結婚を相談すると,アビはオヤジ占いをして,そのオヤジがどの程度のカネを持っているのかをすぐさま見抜いてくれるのです。

 こうして子供のいないKTV嬢の誰にとってもアビはなくてはならない存在になり,アビの面倒をみようとしなかったシングルマザーのKTV嬢でさえ,図々しくも,スケベオヤジとの関係で困ると,アビに相談するようになりました。

 そうこうしているうちに,マビニ通りを含むマラテ地区では,KTV嬢の誰もが「困っていることがあったらアビのところに行ってごらん!」と口を揃えて言うほどになりました。

 アビは誰とでも分け隔てなく仲良くしますが,その中でも親友と呼べるKTV嬢が二人います。それぞれ違うKTVでホステスをしているピッポとパッポです。

 思慮深いピッポは,子供がいませんが,ホラ吹きのパッポは,子供が2人いるにもかかわらず,スケベオヤジには,ノーベイビーだと嘘をつくなど,性格がまるで正反対ですが,不思議と3人は仲良しになりました。

 しかし,3人の友情に暗い影を落とす事件が起きます。

     *****

 フィリピーナよりも愛(Love)の大切さを知っている者がいます。それが日本のオヤジです。

 「時はカネなり」(Time is money)「愛はカネなり」(Love is money)と教え込まれ,日本では真面目に働いていた(いる)にもかかわらず,日本人の若い女には相手にされないため,のこのこフィリピンにやってきて,カネだけを頼りにフィリピーナと遊びます。フィリピンスタイルを知らないまま結婚し,十中八九離婚するオッサンやじいさんです。鉛のような灰色のショルダーバッグを持ち,ハゲを隠すため丸いぼうしをかぶり,タバコを吸います。とても紳士には見えない下品な風体をしています。

 かつて,ファミリー,ラブ,ヘルプ(=カネ)というフィリピンスタイルに敗れた日本のオヤジたちは,フィリピーナから家族愛(Love)を奪うための壮大な計画を企てました。「家族愛貯蓄銀行」(Family Love Saving Bank),通称FLSBを設立運営するようになったのです。その設立者(出資者)は,フィリピーナによって奪われたカネが多いほど出資割合が大きくなり,破産歴のある筆頭株主の出資金(フィリピーナに奪われた日本円)は3億円です。FLSBの設立者とその賛同者たちは,FLSBの存在が決して本国の家族にはバレないように慎重に行動しています。

 一人,また一人,かつてフィリピンスタイルに敗れた日本のオヤジたちは,マラテやマカティのKTVでベイビーやゴッドマザーのために働く,カネの不満を抱えるフィリピーナと会っては,家族(Family),愛(Love),援助(Help),神(God)というフィリピンスタイルが,いかに家族愛を無駄にしているのかを説明します。家族愛のために水商売をしてカネをヘルプするのがゴッドの教えであるのであれば,家族愛を節約し、節約した分をFLSBに元本として預ければ,利息として年50パーセントの家族愛を上乗せして支払うというのです。淀みない説明に,高校さえ卒業していないフィリピーナの誰もがその気になり,FLSBに家族愛を預けようとします。

     *****

 KTV嬢たちは,午後3時ころに起き,4時には自宅を出て,6時半には出勤し,7時のオープンに備え,午前3時まで働き,仕事が終わったら仲間とジャンクフードを食べまくり,帰宅するのは午前6時か7時であるという生活を送っていました。KTV嬢たちは,その生活スタイルで,月額平均約3万ペソの家族愛をファミリーに与えていました。

 しかし,家族愛を貯蓄するためには,家族愛を稼ぐために費やす時間を以前よりも減らさなければなりません。KTVで長時間労働していたときよりも月収を増やさなければ,ファミリーに捧げることのできる家族愛(ヘルプ=マネー)の量を変えることなく,マネ-(家族愛)をFLSBに貯蓄することができないからです。KTVで働くよりもより短時間で家族愛を稼がなければならないのです変えなければならないのです。

 KTVでPM7時からAM3時まで働いていたフィリピーナたちは,ゴーゴーバーに転職し,酔客からの持ち帰りを待ちながらダンスをするようになりました。ショートタイム3000ペソとすると,10回の持ち帰りで3万ペソとなります。3日に一度の持ち帰りがあれば,KTVと同じ収入を稼ぐことができ,毎月3万ペソの家族愛をファミリーに与えることができます。

 KTVのように毎日出勤することなく,ゴーゴーバーで2日に1度だけ客をとれば,4.5万ペソの収入となり,3万ペソの家族愛をファミリーに与え,残り1.5万ペソの家族愛を毎月FLSBに貯蓄すれば,1年後には18万ペソの貯蓄ができるので,翌々年からは毎年9万ペソの家族愛を利息として支払ってもらえるのです。これを3年すれば,54万ペソの貯蓄となり,4年目からは,毎年27万ペソの家族愛を利息として支払ってもらえます。そうすると,4年目からは労働によってファミリーに与える家族愛は,毎月1万ペソにも満たないことになり,楽な生活が送れるというわけです。

 さらには,ゴーゴーバーよりももっと短時間でピンハネのない仕事をした方がよいと思うようになり,やがてフリーの売春婦となるべくLAカフェの2階にに入り浸るようになっていきました。ここでは,ショートタイム4000ペソなので,7.5回の持ち帰りで足りるのです。さらに,オプションとして毎回500ペソの「タクシー代」を要求し,かもをみつけてヘルプ攻撃をしかければ,FLSBに貯蓄できる家族愛は短期間で増えます。

 しかし,フィリピーナの中には,ファミリーから要求される家族愛がとどまるところを知らずどんどん大きくなり,やがて底なし沼にハマってしまう者がいます。ファミリーの誰もが働かず,兄弟の子供までもが家族愛を要求するようになるからです。そうしたフィリピーナたちは,ゴーゴーバーで持ち帰りを果たした後,LAカフェで客を探すというハードワークをして,増大する家族愛を供給しながら,余剰の家族愛をFLSBに預けるようになりました。そうしたフィリピーナたちの拘束時間は,KTV時代と同じになりました。フィリピーナたちは,ファミリーに対して増大する家族愛を与えながらも,年利50%の家族愛を支払ってもらうため,より多くの家族愛を貯蓄したいと考えるようになったからです。

 フィリピーナたちは過労によりイライラがたまり怒りっぽくなっていきました。その反面,FSLBが預かる家族愛の量は飛躍的に増えていきました。

 体力の限界を感じたフィリピーナの中で,小学生レベルの計算能力を有する者がいました。そのフィリピーナは,ファミリーに対して毎月与える家族愛をFSLBに貯蓄して,FLSBから年利50%の家族愛を受け取る方が得だと気づきます。例えば毎月3万ペソ(年間36万ペソ)の家族愛をファミリーに与えるよりも,その全額をFSLBに貯蓄すれば,2年目から毎年18万ペソ(月額1.5万ペソ)以上,3年目から毎年36万ペソ(月額3万ペソ)以上の家族愛をFSLBから利息として支払われ,それをファミリーに与えられるのだから,その方がより早く楽になれると考えたのでした。ただし,そのようなフィリピーナは少数です。

     *****

 やがて,アビは自分の元にフィリピーナたちが寄りつかなくなったことに気が付きます。

 娘のファミリーに対する家族愛がなくなり,それがFSLBに貯蓄されているとは知らないKTV嬢たちのファミリーは,マビニ通りのKTV嬢は怠け者で,そこで働くと誰かに家族愛を盗まれるからだと思うようになり,娘にマビニ通りKTV嬢をすることを嫌がるようになったからです。

 何かが起こっていると感じたアビは,自分の足で古いKTV嬢たちを訪ねていきます。しかし,KTV嬢たちはみなFSLBに貯蓄する家族愛のためもっと効率よく働かなければならないという強迫観念に囚われ,アビと話したいけれど時間がないと本当に悲しそうな顔をしていました。

 アビはそれでも会いに来てとKTV嬢たちに懇願しますが,それがオヤジたちたちの計画を邪魔することになり,オヤジたちアビの抹殺を計画します。

 FSLBに所属するオヤジたちが次々とマビニ通りを訪れ,アビに対し,家族愛が一番大切であり,友情など何の役にも立たないことを説きます。FSLBに対し,それまでの家族愛の全部または一部を預ければ,利息として年間50%の家族愛の支払をするから,それでフィリピーナのファミリーは永遠に幸せになると説明します。 しかし,アビはなかなか屈しません。

 すると,子供だと思って油断したのか,FSLBに所属するあるスケベオヤジが,FSLBの正体を暴露します。FSLBは,KTV嬢をだまし,KTV嬢たちから家族愛を奪っていることなど,FSLBの正体を洗いざらい喋ってしまいます。

 そのオヤジはそこで己のしでかしたことに気が付き,FSLBからの復讐を恐れ,逃げ出しました。しかし,アビの記憶には日本のオヤジとの会話がはっきりと残されています。

 アビはKTV嬢たちを集め,オヤジたちに家族愛を奪われていることを説明し,警告しようとプラカードにそのことを書いてマビニ通りを練り歩きます。

 しかし,呼びかけに応じるKTV嬢はおらず,ついにはピッポとパッポまでもが,ゴーゴーバーやLAカフェで客をとるのに忙しいとアビと会ってくれなくなってしまいます。

 一方,秘密を話してしまったオヤジは罰として葉巻を取り上げられ,みるみる透明になって消えてしまうのでした。

 こうしてFSLBに所まえようと躍起になり属するオヤジたちは全力でアビを捕ます。

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