第18話 ゴッド(中)
カトリック修道会(教会)による土地の収奪は様々な手口で行われました。
*****国王からの贈与
修道会が土地を取得した最も古い方法は,国王からの贈与です。
初期における贈与の大半は荒れ果てた土地でした。それは国王が意地悪をしたわけではなく,人口密度が低いフィリピンでは,自然のままの沼地やアシの原野のまま放置されていた土地が多く残されていたためです。
修道会は原住民の労働力を動員することで荒地に灌漑水路や堤防を築き,農地を開拓しました。未開の地を開拓しただけであれば,それほど厄介な問題にはならなかったでしょう。開拓事業を
しかし,開拓の目的は,原住民の利益のためではなく,あくまで修道会に対する納税義務を履行させるためです。しかし,今となっては,教会の言い分は,多くの土地を開拓し,原住民が暮らすための土地を広げたことを善行であると強弁しています。
少なくとも,経過はどうであれ,結果的に修道会の所有地(領地)がフィリピンの土地の多くを独占したこと,原住民によって農業が営まれていた肥沃な土地を修道会が次々に略奪したことが原住民の貧困もたらしました。
そのようにして生まれた貧困家庭の娘が,未だに「ジャパゆきさん」として来日し日本のスケベオヤジを喜ばせるのは,究極のところ,カトリックのご加護なのかもしれません。
*****抵当による差し押さえ
修道会が原住民から農地を取り上げるため頻繁に繰り返されたのは,抵当に入れた土地の差し押さえです。
初期の修道会は,原住民に対して貸し付けを行っていました。自給自足がやっとの原住民に一方的に納税義務が課されたことにより,原住民は農地を広げざるを得ませんでした。その際,種や苗,新たな家畜を買うための資金や農具などを手に入れる必要がありますが,資金が不足します。
そこで,修道会が資金を貸すのです。その代償として修道会は収穫の半分を受け取りました。この場合,凶作の年は修道会の取り分も減るため,原住民の負担もそれほど重くはありません。フィリピンカトリック教会は,これを修道会による善意の貸付であるとか,あくまで原住民の救済を目的とした貸付であると強弁しますが,それは修道会側の言い分です。実態はそうではなく,修道会は貸付によって納税させようとしただけです。
土地の所有が認められるようになると,修道会は自作農に対して,貸付金に利息を付けて返済するよう要求します。農民にとってみれば善意で貸してくれたはずの教会が,冷酷な高利貸しへと豹変したように感じられたことでしょう。
凶作の年でも情け容赦なく元利金の返済を迫られ,農民側の借金は膨れあがる一方です。すると修道会は,農民たちに農地を抵当に入れることを強要しました。その結果,返済に窮した農民たちは次々に土地を差し押さえられたのです。
農地を失った自作農は修道会によって追い出されるか,小作農となって酷使されるかのどちらかでした。
こうした修道会による非道な仕打ちに対し,スペイン国王は,原住民を守るため抵当を禁止し,原住民に融資する金額を制限する法律を施行しています。
しかし,原住民を守るための法律のことごとくは無意味でした。国王の目の届かないフィリピンでは,実際に行政を担当したのは修道会(の修道士)たちだからです。土地の所有欲に駆られた修道会が,自分たちに不利となる法律を守るはずもありません。修道会によって,その法律はまもなく廃止されました。
*****政庁官吏・測量技師と結託した不正
修道会は,測量技師と数少ない政庁の官吏を抱き込むことによって,公然と所有地を広げました。
「フィリピン民衆の歴史 1 往事再訪 1」レナト・コンスタンティーノ著(井村文化事業社)には次のように書かれています。
「多くの場合,司祭はただ欲しい土地を要求して,その部分の地図を作り,それに所有権を発行してもらってそれで所有者となるだけだった」
土地の「所有」という概念がなかったフィリピンにおいて,原住民が「所有権」について理解することは難しいことでした。原住民の無知をいいことに,修道会は欲する土地があれば官吏とつるんで「国王の土地証書」を発行させることにより,いとも簡単に修道会の所有する土地だと宣言できました。
すると,その土地を先祖代々耕してきた原住民は突然不法占拠者にされ,立ち去るように命じられたのです。驚いた原住民が異議を申し立てても無駄でした。原住民は土地の所有を証明するいかなる書類を持っていないからです。スペインの植民地である以上,法律上は,「国王の土地証書」を持つ修道会の言い分が常に認められるほは当然です。
測量技師を抱き込んでの不正行為も後を絶ちませんでした。修道会が土地の測量を行うたび,境界線は何ヘクタールも拡大され,周辺の土地はいつのまにか修道会の所有地となりました。
*****遺贈と寄進
原住民たちも,土地を修道会に掠め取られるうち,次第に法律を理解し,所有権を主張するようになりました。すると修道会の手口も変わり,今度は宗教を利用した略奪を謀るようになります。
その中心となったのは,臨終の床でなされた遺贈です。再びコンスタンティーノの著書から引用します。
「のちに住民の間に土地の私有観念が浸透すると,聖職者はさまざまなかたちでこの状況から利益を受けた。彼らは敬虔なフィリピン人から彼らの宗教的奉仕に対するお礼として,また天国に行くための一種の頭金として寄進を受けたり,遺産を相続したが,その大部分は臨終の床でなされた遺贈であった。」
修道会はいつも臨終の教区民に対し,いま教会に寄進を行なえば煉獄の時が短縮されると耳うちすると言われていました。そのため,南米大陸の植民地では修道士が信徒の遺言書を作成することを禁止する国王の勅令が出されていました。同様に国王は司祭とその所属する修道院に対し,常時懺悔(ざんげ)を聞いていた人々から遺産を相続することを禁止していました。
まだ科学が発達していない当時は,現代からは想像が及ばないほどに信心深いフィリピーナが多数いました。臨終を迎えた信者が天国行きの切符と引き換えに所有地を教会に寄贈することは決して珍しいことではなかったのです。その際,教会側がどのような交渉をしたのか記した文書が残っているはずもなく,真相は闇の中です。しかし,所有地を拡大するため悪辣の限りを尽くす修道会が何をしたのかは想像に難くありません。信者が臨終の際に遺贈を承諾してもいないのに,遺贈されたと主張する不正行為も広く行われたことでしょう。
コンステンティーノも記しているように,教会による遺贈に関する不正を根絶するための法律が実際に施行されていることから推し量っても,フィリピンにおいて教会によるかなりの不正行為があったはずです。
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