第38話
『目が覚めない? 目が覚めないってどういう事よ! 対象者の危険度指数はすっかり下がったんでしょう?』電話口からチカコの声が大音量で飛びこんでくる。アキオは顔をしかめながら電話を耳元から遠ざけた。
「そう言われても全く目覚める気配がないんですよ。エイジ君の脳波数値がうまく計測できなんです」アキオはディスプレイを睨んだ。対象者であるコズエの危険度指数はすっかり安定値にまで下がり、バイタル数値こそやや低いものの、脳波は全くの正常だった。だが、エイジの脳波がうまく計測が出来なくなっていた。デタラメな数値が表示されたり、数値自体がうまく拾えずノーシグナルと表示されてしまう。
『どうしてダイ場から離脱しなのかしら……。ベッドルームからのセーフティバックは試してみたの?』
「もうとっくにやってみましたよ。でも全く反応しないんです! ……これは僕の予想なんですけど、こちら側のベッドルームからは操作できないんじゃないかと」
『どういう事?』
「今回エイジ君は本部からのベッドルームからダイブしたわけですよね? ここのベッドルームからは通信はできるけれど、直接操作する権限は持たないんじゃないんですか? それに加えて影踏みでのダイブ、つまりエイジ君は二回ダイブしていることになる。普通のやり方では離脱できないんじゃ……」
「なんてことなの! せっかく、バグを退治できたっていうのに。こんな……、こんなことってないじゃない……!」
エイジは虚ろな表情でぼんやりと海面を走る電車に座り続けていた。線路の先はただひたすら海が広がっているだけで、停車する駅はおろか灯りも何もない。
抜け殻のように電車に揺られていると誰かの声がした。
「よう、小僧。確か不二沢っつったか? なんでこんなところにいるんだ? あ?」白い靄の向こうから夏野がぬうっと顔を出した。
「お前、やったんだろ? ダイ場のことなら何となくわかるぜ。全く大した奴だなあ。本当にバグをやっちまうとはな」夏野はエイジの隣にドスンと座った。
「おじさん、誰ですか……? あ、夏野さん? 私たちどこかで会いました?」エイジは目線を前に向けたまま口を動かした。時折、口調と声がコズエのものになる。
「ありゃあ、同調かよ。こりゃ記憶どころか人格までごちゃごちゃになってやがる。代償は随分と大きくついたらしいな」夏野はエイジの頭からつま先まで視線を這わせると苦笑いした。
「代償って? 私、僕……いや俺は今どこにいるんですか?」
「ここか? 見ての通りさ。お前が創り出したダイ場、精神世界だよ。目覚めることもなく、終点もないただ永遠に彷徨い続けるためだけの世界だ。お前がそういう風に創ったんだろ?」
「彼女は、コズエはどうなりました? えっ? コズエって私のことだっけ?」
「まあ、はっきりわかるわけじゃねえが、多分助かったぜ。よかったな、願い通り命と引き換えに女を助けれたじゃねえか」
「そうか……。よかった……。よくない! ちっともよくない!」スイッチが入ったように夏野の方に顔を向けると鋭い目つきでギュッと睨んだ。
「ああ? えっと、そりゃどっちの意見だ? 小僧か? それとも女の方か? 同調を引き起こした人間ってのはなんだか不気味だな」
「私のせいでエイジ君が死ぬのがよかったなんて、そんなことあっていいわけないでしょ!」
「だけどな小僧……、いやお嬢ちゃんよ。それがあいつの決めたことなんだよ。命を懸けてでもお嬢ちゃんを救うことが小僧の望みだったんだ。それを……」
「何よそれ……。私が助かれば自分はどうなってもいいっていうの? どうしてそんな勝手なことするの!」
「勝手なことって言われてもなあ……」夏野は眉を八の字にしながら頭をかいた。
「まあ、それがあの小僧の仕事っていうか使命っていうか……」
「そんなの私知りません! 勝手に決めないで!」
「そうは言ってもなあ、あいつが、いやお前か? ……ああ、もうめんどくせえなあ! もういい! おい、お嬢ちゃんよ、お前はどうしたい?」夏野はぐいっと顔をエイジに近づけた。
「エイジ君を助けてください! いや夏野さん、これでいいんです! コズエが無事なら俺はそれだけで……」
「小僧は黙ってろ! もうアドバイスしてやったからお前の頼みは聞かん! お嬢ちゃんよ、もう一度聞くぞ。本当に小僧を、不二沢エイジを助けたいんだな?」
コズエの意識がエイジの体を動かす。口を真一文字にキュッと結び、ゆっくりと力強く頷いた。
「そうか、こいつを助けてえか。じゃあ、こっちに来い!」
夏野の腕がエイジに向かって伸びたかと思うとものすごい力でぐいっと引っ張った。
周囲の空間がぐわんと歪んだかと思うと強烈な光がエイジを照らした。
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