第21話
「まだ時間があるな。さて、どうすっかな」
エイジはベッドに寝っ転がりながら壁にかかっている時計に目をやった。まだ出勤時間まではかなり時間がある。このまま家にいてもやることもないし、〈カフェ・REN〉で時間を潰そうかなと体を起こした時、テーブルに置いてあるスマホが鳴った。着信音からメールだとすぐにわかった。
普段なら滅多に鳴ることのないスマホ。反射的にナミコからだと思った。きっとコズエから連絡があったに違いない。果たしてコズエからの返事はどうだったんだろう?
恐る恐るスマホを手に取り、届いたメールをチェックしてみる。受信ボックスを開いた瞬間、エイジの心臓は爆発するかのように急激に脈を打った。
『久しぶり! ナミコから聞いたよ~! も~ビックリしちゃった。高校卒業以来だもんね! なんだかスゴい懐かしくなったよ コズエ』
エイジに届いたメールの差出人はナミコからではなく、コズエ本人からだった。興奮のあまり、携帯電話を握る手が震え、顔がとてつもないほど熱を帯びている。鼻血が出るんじゃないかと思ったほどだった。したり顔のナミコの顔が頭に浮かんだ。
思わず正座して深く深く息を吸っては吐き吸っては吐き、体にこもった熱を逃がすと、汗ばむ指をゆっくりと慎重に動かし、コズエに返事のメールを打ち始めた。
打ち込んでは読み返し、こっちの文章がいいとかこの表現は誤解されるかなとか、何度も何度も注意深く「校正」する。履歴書だってこんなに真面目に書いたことはない。
『いきなりごめん。久しぶりだね! なんだか急に高校の頃のこと思い出してさ、どうしてるかなって思ったんだ。元気にしてた?』
「ふう……。こんなもんかな?」苦心の末に出来上がったメールの文面をじっと睨むように見つめる。
「えいっ」と力強く送信ボタンを押す。コズエからメールが届いてから実に三十分以上も経過していた。
スマホをそっとテーブルに戻し、ペットボトルに入った飲みかけの炭酸飲料をゴクゴクと喉に流し込む。そのペットボトルを置くよりも早く、再び携帯電話が鳴った。
『元気だったよ! でも今住んでるとこは地元の友達誰もいないから寂しいかな? 仕事も忙しいからなかなか帰省もできないし……。だからエイジ君とメールできて嬉しいよ!』
『良かった。俺も高校卒業したら友達と会う機会もすっかりなくなっちゃったよ。今は職場の上司のおじさんとしか話さないんだよね。まあ、いい人だけど』
『いい上司の人で良かったね! やっぱり社会人になるとそうだよね~。人間関係がすっごい大変だよね』
『そうそう。昨日は高校の頃を思い出してさ、及川とか三谷達とよく遊んだなって懐かしくなったよ』
楽しい。エイジは心の底からそう思った。メールとはいえ、こんな心が弾むようなやり取りをしたのは何年ぶりだろうか。しかし、次に送られてきたメールを見て、浮ついた気持ちは一気に現実に引き戻された。
『そうだったんだ! そういえば私も最近よく高校の頃の夢見るの。仕事の疲れとかストレスってやつかなあ? あの頃は毎日楽しかったもんね!』
エイジはコズエからのメールを見て、バグのことを思い出した。そうだった、コズエは今、深刻な状況の中にいるんだった。
『高校の時の夢? どんな内容か覚えてる?』エイジはそれとなく探りを入れた。何かわずかでもバグに関する情報を得られれば……。
『え~内容? どうだろ? あんまり覚えてないかなあ。そんなに悪い夢じゃなかったと思うよ。ところどころしか覚えてないけど』
こっちはバグにこっぴどっくやられたというのに「悪い夢じゃなかった」はないだろう。
『そうなんだ。安心したよ。ただの夢って言っても現実でも影響が出ちゃう人とかいるらしいからさ』
『ありがとう、心配してくれて! ごめんなさい、そろそろお風呂に入るね。エイジ君とメールして今日は楽しかったよ! またね!』
今日は楽しかったよ、か……。エイジの顔がどんどんだらしなく緩んでいく。これがよく言う天にも昇る、と言うやつなのだろうかと無意識に天井を仰ぐ。それと同時にコズエは本当にバグに狙われているのだろうかとも思った。メールの文面からではそこまで深刻に何か思い悩んでいる様子は感じられない。だからと言ってメールでいきなり「最近悩み事ある?」なんて事を聞くわけにはいかない。さすがに気持ちが悪い。
「よっしゃ、こうなったら今日のダイブで確かめるしかないな」そう言うとエイジは拳を握りしめ力強く立ち上がった。
「あ、エイジ君、お疲れっす。ついさっき見たことのねえ野郎が下に降りて行きましたよ」
立体駐車場とDSAを繋ぐ唯一のエレベーターを守っている峰川コウタがエイジを見るなり言った。
「えっ? 他の職員の人とかじゃなくて?」
「いやあ、初めて見る顔でしたね。なんかスッゲー偉そうでムカつく奴だったんで、ボコボコにしてやろうと思ったんすよ。そしたら直接チカコさんから連絡きて、通していいって言われたんですよね。エイジ君なんか聞いてません?」
「何も聞いてないな……。一体誰だろ?」
エレベーターに乗りながら、コウタの言う人間について思いをめぐらせた。下に降りたということは、DSA関係者に違いないだろう。しかし一体何のために?
エイジの頭に先ほどのコズエとのメールのやり取りのことが浮かんだ。ひょっとしたら対象者と連絡を取ったことがバレたのかもしれない。やっぱりあれはマズいことだったんじゃないか? でもバレたとしたら随分と早いな……。
そうこう考えているうちにエレベーターはDSAレンダイ支所のフロアに到着した。扉が開くと、アキオが所長室の前に立っているのが見えた。アキオはエイジを見るなり小走りで近寄って来た。
「ああ、エイジ君! ちょうど良かった! 今から一緒に所長室に行くよ!」
やっぱりバレたんだとエイジの顔が強張る。
「あ、あの、アキオさん。これってやっぱり……」
「いいから、急ぐよ! 早く早く! キリュウジ支所の人間が来てるんだよ!」
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