第14話
「うおおぅっ! 痛っ!」エイジはアルミ製のベッドがから飛び起きると、勢い余ってそのまま床にドスンと転げ落ちた。
「大丈夫かエイジ君! あっぶねえ、間一髪だったあ」アキオは床にぶつけた肘をさするエイジを見て安堵の吐息を漏らした。
「あれ……? 俺、戻ったんですか?」
「僕が強制的に戻したのっ。ピロウにはセーフティバックっていう安全装置機能がついてるから。だって対象者の危険度指数が急に跳ね上がったんだもん! びっくりしたよ」
「ああ、そうだった……! もう少しでナイフで刺されるところだった……」エイジの首筋を嫌な汗が流れる。
「言っとくけどセーフティバックは緊急離脱手段だから毎度毎度使うわけにはいかないんだからねっ! 対象者とのシンクロを無理やり解除するわけだからダイバーにとっても負担が大きいし。それにねえ……」
「それで対象者は? 対象者はどうなったんです?」エイジがアキオの話を遮る。
「……危険度指数が一気に上がったすぐ後に一気に下がったよ。いまでは危険度は十二前後をキープ。超安定値だよ」アキオがモニターに視線を落とした。
「それじゃ対象者は大丈夫なんですね?」
「まあね。これで任務は完了だよ。でも! 次からはもっと慎重にやってよねっ」アキオは腕組みをしながら口を尖らせた。
「すいませんでした。なんだかほっとけなかったもんで……。次からは気をつけます」
「……まあいいでしょっ。とにかく初任務お疲れ様、無事に成功だよ。君には驚かせれるねえ。よし、それじゃあちょっと待ってて、リポート作成するから。で、今から〈カフェ・REN〉に行こう」
「え? 今からですか?」
「任務が終われば〈カフェ・REN〉で一服するのがウチの決まりなの。ま、反省会も兼ねてさ」アキオはディスプレイを見つめたまま、左手でキーボードをカタカタとタイプしながら言った。
アキオがリポートを作成している間、エイジはアルミのベッドに腰掛け、先ほどの任務の内容を思い返した。若い男のこと、彼が置かれている職場の環境や人間関係のこと、彼が抱えている誰にも相談できない悩み……。男は特別変わったタイプではかった。むしろどこにでもいるような普通の人間だ。そんな人間の奥底にはあんなにも深刻な問題を抱えているというのは意外だった。しかも、その悩みを目の当たりにしたエイジには余計にショックだった。
「俺もあの男の人のようになる可能性もあるんですかね……」エイジは部屋の壁をぼんやり見つめながら呟いた。
「……エイジ君、前に言ったろ? 僕は君の夢の中に三回現れたって」
「え? ああ、言ってましたね。最初の一回目は覚えてないけど……」
「一回目はね、僕はダイバーとして君の夢の中に入ったんだ」
「はっ? えっ! それじゃあ俺が対象者だったってことですか?」エイジは思わずアキオの方に顔を向けた。
「うん。もう五年くらい前になるのかなあ」
「五年前……。俺がまだ実家に住んでいたぐらいの頃か……」エイジはガクリとうなだれた。長年睡眠障害で苦しみ、満足に体を休めることもできない毎日。これでストレスを溜めていないという方がおかしい。しかし可能性はあると思っていても実際に自分が対象者になっていたと知るとショックはそれなりに大きかった。
「……やっぱりアキオさんも俺の【何か】を撃ったんですか?」
「ごめん、それは言えない。本人にダイ場の詳細を教えるわけにはいかないんだ」
「そうですか」エイジはうつむきキュッと下唇を噛んだ。
「危険度指数で言えば今回と似たり寄ったりみたいな感じかな。でも一番驚いたのはエイジ君のダイ場の精巧さだね。あそこまでリアルに再現できる人見たことないもん。実はそこから君に目星をつけていたんだ」
「でも俺、元対象者だったのにダイバーやっててもいいんですか?」
「そんなの問題ないよ。誰であろうと対象者になる可能性っていうのはあるからね。気にする必要ないって。僕らDSAだって例外じゃないんだ。……よし、レポート終わり! それじゃ、〈カフェ・REN〉に行きますか」
「でもまだ五時にもなってませんよ? さすがにそんなに早くは開いてないでしょ?」エイジは腕時計を見ながらいそいそと出かける準備をするアキオに尋ねた。
「あそこは早~くから、遅~くまでやってるから大丈夫」
「大丈夫って……。マスターはいつ寝てるんですか?」
「ほとんど寝てないよ。マスターはショートスリーパーでさ。本人が言うには一日二時間寝れば十分らしいよ」
二人は夜が明けきらない瑠璃色に浸かった街を歩き出す。エイジは澄んだ空気を鼻からいっぱいに吸い込むと遠くの空を見ながら味わうように吐息を漏らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます