第8話
「あの、ここって立体駐車場じゃ……?」
「そうだよ。んじゃ入ろっか」
エイジがアキオに連れてこられたのはレンダイ東警察署の真隣に立てられた大型の立体駐車場だった。駐車場は八階建てで、七階と八階の駐車スペースは他のフロアよりも料金が安くなっている。平日の昼間だというのに立体駐車場にはたくさんの車がひっきりなしに出入りを繰り返している。
「本当にここなんですか? 隣の警察署とかじゃなくて? DSAって警察の親戚なんでしょ?」
「何言ってんの、隣はただの警察署だよお。警察の連中も僕らDSAのことなんか全然知らないんだから下手なことしたら捕まっちゃうよ? 駐車場のエレベーターから行くから。ついてきて」
そういうとアキオは当たり前のように立体駐車場の中に入って行く。アキオは見かけによらず歩くスピードが早かった。イルカが水中を滑らかに泳ぐようにスイスイと進んで行く。エイジも遅れまいと必死に後をついて行く。そういえば、夢の中でもすごいスピードで逃げていったっけ。
駐車場内に入ると、エレベーターの前には利用客が数組ほど立っていた。一般人には知られたらまずいんだよなと思いつつも、エイジがエレベーターの方に向かおうとすると
「ああ、違う違う。そっちのエレベーターじゃないんだ。こっちだよ」
エイジが後ろを振り返ると、アキオがすぐそばの鉄扉の方を指差している。エイジが慌てて駆け寄ると、扉には『関係者以外立ち入り禁止』と赤文字で書かれたプレートが貼られていた。しかし、そんなことよりももっと気になったのは、扉のすぐそばに鉄パイプに足を投げ出して座っている、とびきりガラの悪そうな係員らしき男の存在だった。
髪は坊主に近い短髪で緑色に染めており、耳たぶどころかこめかみや口元にまでつけたピアスが鈍く銀色に輝いている。駐車場スタッフのオレンジ色のポロシャツをだらしなく着ており、両腕からはタトゥーが遠慮なく顔を出している。年齢は若く、エイジと同じくらいに見えた。
「おーす、コウタ君! お疲れお疲れ!」
アキオが係員らしき男に馴れ馴れしく声をかけると、気だるそうな顔つきのままアキオとエイジの顔を交互に見た。
「アキオさん、お疲れっす。早かったっすね。……その人、新人っすか?」
「そ。今度新しく入る不二沢エイジ君。といっても正式に働くのはもうちょっとだけ先なんだけどね。今日はうちの様子を見てもらおうと連れてきたわけ」
「ふ~ん、そうなんすか。あ、俺、峰川っす」
「あ、不二沢エイジです! よろしくお願いします」
コウタの凶暴そうな風貌に思わず礼儀正しくなる。機嫌を損ねると何をされるかわかったもんじゃない。
「エイジ君て、歳幾つなんすか?」
「えっと、今年で二十四です……」
「へー、じゃあ俺より先輩っすね。よろしくっす」
峰川はそういうとペコリと頭を下げる。それにつられてエイジも礼儀正しく深々と頭を下げた。
「よし! エイジ君、それじゃあ行こうか。コウタ君、引き続きよろしくね!」
「了解です。変やつ来たらボコボコにしときますんで」
コウタは風体に見合った物騒なことを口にすると、右腕をグッと前に突き出した。
エイジは思わず不安になった。本当にここに来て良かったんだろうか? 変な組織に引っかかって、犯罪の片棒を担ぐようなことにはならないだろうか? 思い返せば、DSAとやらもアキオの口から簡単に説明を聞いただけで、それを証明するものは一切見ていないのだ。
重たい鉄扉を開けると、中は畳二畳ほどの小部屋だった。部屋には何になく、正面にあるエレベーター扉だけがこちらを見つめている。特に変わったところのない、雑居ビルによくありそうな古めのエレベーター。アキオはそれを指差しながらエイジに言った。
「さっきはこのエレベーターのこと言ってたの。これで直でDSAに行くから」
アキオがエレベーターのボタンを押すとドアはすぐに開いた。エレベーター内部の操作盤にはボタンは五つしか存在していなかった。『1F』ボタン、『G』ボタン、『開く』ボタン、『閉める』ボタン、それと一番上の『呼び出し』ボタン。アキオは迷うことなく『G』ボタンを押してから、『閉める』ボタンでドアを閉めた。
エレベーターが低いモーター音を響かせながら下へ下へとおりて行くのがわかる。さっきまでおしゃべりだったアキオが不気味なまでに無言になる。エイジは沈黙に耐えきれずアキオに話しかける。
「あの、さっきの峰川さんもDSAの職員なんですか?」
「え? ああ、コウタ君のこと? 彼は駐車場のスタッフだよ。このエレベーターも管理してるけどね」
「じゃあ、一般人ってことですよね? それって大丈夫なんですか?」
「もちろん駐車場の責任者とか一部の人間はDSAのことを知っている人もいるよ。だから駐車場のスタッフが全くの一般人ってわけじゃないから大丈夫さ。それにコウタ君には前に説明しようとしたんだけど、俺には難しい話はわかんねーって聞こうとしないんだよね。でも彼、口は堅いし、腕っ節は強いからDSAの門番としてすごい優秀なわけよ。無理に入ろうもんなら問答無用で半殺しだから。笑えるでしょ?」
「笑えないです」余計に大きくなった不安を抱えながらエイジはエレベーターのドアが開くのを大人しく待った。
一体いつになったら着くのだろうかと腕時計に目を落とした時、エレベーターが下降していく感覚がふっと消える。チーンという小さなベル音が鳴り、ドアが左右に開く。
エイジの目に飛び込んで来たのは一直線に伸びた真っ白で広々とした通路だった。SF映画に出てくる宇宙船の通路のようなクリーンで無駄がなく、まるで光っている蛍光灯の中にいるかのように通路全体が明るかった。
「ようこそ、わがDSAレンダイ支所へ! どうだい、すごいだろ?」
アキオはエレベーターを降りると右腕をいっぱいに広げ、誇らしげに腰に手を当てた。
エイジもアキオの後に続き、エレベーターを降りると物珍しそうにあたりをキョロキョロと見渡した。思わず口が半開きになる。すでにさっきまで抱えていた不安など跡形もなく霧散していた。
「すっげえ……。本当だったんだ……」
「あ! 失礼だなあ。エイジ君、ひょっとして疑ってたの?」
エイジが漏らした本音にアキオが口を尖らせる。
「いや、あの……ほんの少しだけ……」頭を掻きながら苦笑いするエイジ。
「まあ、しょうがないか。こんなのいきなり信じろって方が無理だもんね。よっし、それはさておき、中を色々と案内する前に、うちの所長に会ってもらおうかな」
「ここの所長さん、ですか? なんか緊張するなあ……。俺まともに就職したことないし」
「ははは、大丈夫さ。そんな怖い人じゃないから。リラックス、リラックス。じゃあ、ついて来てね」
アキオは真っ白で明るい通路をまっすぐ進んでいき、突き当りの部屋の前で立ち止まった。扉は自動ドアのように左右にスライドするタイプらしく、取っ手は見当たらない。アキオは扉のすぐ横の壁に設置してあるパネルに親指を押し付けると、パネルから「はい」という女性の声がした。
アキオが「高野です」というと、再びパネルから「どうぞ、お入りなさい」という声が聞こえた。どうやら声の主はここの所長らしい。
ほとんど音もなくドアが左右に滑るように開いた。
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