クリスライドの決意

『『……………』』


 沈黙が部屋を支配していた。


 今、クリスライドは何を言った? サイのことを義兄? サーシャを自分にくれ?


 サイは最初、クリスライドが何を言ったのか理解できなかった。そして少し間をおいて何を言われたのか理解して周囲を見ると、目の前のクリスライドは真剣な表情でこちらを見ていて、サーシャを含めたそれ以外の者達は何がなんだか分からないといった驚愕の表情を浮かべていた。


「え、え〜と? クリスライド君?」


「はい。お義兄さん」


(ここは『君に義兄と呼ばれる筋合いはない』と言うべきなんだろうか?)


 とりあえずサイがクリスライドに話しかけるとクリスライドは真剣な表情のまま返事をし、それに対してサイは心に中に浮かんだ言葉をなんとか飲み込んで話を続けることにした。


「サーシャを自分にくれって、つまりは嫁にしたいってことだよね? 君とサーシャは会ってまだ二時間くらいしか経っていないけど、一体どうしてそう思ったんだ?」


「それはサーシャさんの優しさに触れて、できることならずっと側にいてほしいと思ったからです」


「サーシャ? お前、一体何をしたんだ?」


 サイの質問にクリスライドは迷いのない表情で答え、サイは次にサーシャにこの一、二時間彼と何をしていたのか聞くと彼女は戸惑った表情で答える。


「えー? 私、変なことしていないよー。話をしていたらー、ちょっと元気がなくてー、悩みを聞いてあげたりー。あとー、『空をもう一度飛んでみたい』って言うからー、『浮遊』の異能でー、空に浮かばせたりとかしてー。それでー、少し元気が出たみたいだからー、これから先もいいことがきっとあるからがんばりなよってー、励ましただけだよー?」


『『……………』』


 サーシャの言葉にサイだけでなく、話を聞いていたピオンを始めとする四人のホムンクルスの女性達も無言となって考える。今、サーシャが言った「空をもう一度飛んでみたい」と言った言葉は間違いなくグレドプテラに関係していて、やはり自分の愛機を失ったことは、クリスライドの心に大きな傷を残しているのだろう。


 サーシャの言う通り、彼女は特に変わったことはしておらず、ただ落ち込んでいたクリスライドと一緒に会話をしたり遊んだりして彼を励ましただけだ。それだけでここまでになるほど彼は内心参っていて、これはサイ達の責任と言えた。


「あー……クリスライド君? サーシャを嫁にという話なんだけど、これは本人の意思とか言う以前に、俺では口出しできないんだ。その、詳しくは言えないけど、サーシャはちょっと特別だからな」


 サーシャはゴーレムトルーパー、ドラトーラの操縦士である為、彼女の結婚はもはやフランメ王国や周辺国家のパワーバランスにも大きな影響を与えかねない問題である。だから本人や実家であるリューラン家の意見も多少は聞いてもらえるが、サーシャの結婚は王家によって取り決められることが既に言われていたのである。


「それに……クリスライド君達は、ほら? 立場があれだろ? だからサーシャとの結婚はまず無理というか……」


「関係ありません!」


 クリスライド達がミスト王国からの亡命者であるということをぼかしながら言うサイだったが、その言葉を大声を出したクリスライドが遮る。


「恩がある母上が死んだ以上、あんな国に未練なんかありません! サーシャさんを手に入れる為ならミスト王国とも戦います!」


「えぇー?」


 ミスト王国は完全に捨てて戦うと、決意を宿した声で言うクリスライドに、サイはどう言えばいいのか分からなくなり……やがてこの件を上層部に丸投げすることに決めるのだった。

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