ピオンの異能

「上手く貴女を拐うことができたと思いましたが……。私達はまんまと釣られてしまったということですか……」


「はい。貴女方がヴェルリ砦から私達をつけていたことは知っていましたから」


『『………!』』


 苦々しく言うクロエにピオンがにこやかな笑顔を浮かべて答えると、二人の会話を聞いていたラッセルを含む他のミスト王国の軍人達が苦い表情となる。ヴェルリ砦から自分達のことが知られていたのなら、やはり自分達だけで行動に出るのではなく大人しく増援が来るのを待てば良かったと思うのだが、今それを考えても後の祭りである。


「あのゴーレムトルーパー、グレドプテラの操縦士の少年……クリスライド君でしたっけ? ローゼ……私の仲間が尋問しても彼、グレドプテラを暴れさせたいだけで今回の作戦を半分も理解していなかったみたいなんですよ。ですから貴女方に詳しい話を聞かせてもらおうと思ったわけです」


 ピオンがグレドプテラの操縦士であり、ミスト王国の王子である少年、クリスライドの名前を出すとクロエ達ミスト王国の軍人達の表情が変わった。やはりこのホムンクルスの少女は、自分達が求めている情報を持っていると分かると、ミスト王国の軍人達の一人、逞しい体を持つ男が行動に出た。


「この、なめるなっ!」


 軍人の男はピオンを捕らえようと凄まじい勢いで突撃をする。その軍人の男は「超人化」の異能の使い手である上に、この中でかなりの格闘技術の持ち主であった。


 ホムンクルスの身体能力は「超人化」の異能を使った人間と同等以上であるが、それでもゴーレムトルーパーの操縦士程ではない。ホムンクルスはゴーレムトルーパーの操縦権を与えられても、ナノマシンによる身体能力強化の恩恵が得られない為、一人を大勢で取り囲んでいる今の状況なら取り押さえることができるという勝算が軍人の男にはあった。


 しかしピオンは自分に向かって突撃してくる軍人の男を見ても余裕の笑みを崩さず、彼に右手の人差し指を向ける。そして彼女の人差し指がピオンの体を掴もうとする軍人の男の左手に触れた次の瞬間……。


「……!?」


 軍人の男は捕まえようとしたピオンから飛び退き、自分の左手を見る。すると彼の左の掌には小さな窪みのような肉をえぐられた痕があり、そこから血が流れ出ていた。


 その異様な出来事に軍人の男だけでなく、クロエやラッセル、他のミスト王国の軍人達も不気味なモノを見るような目をピオンに向けた。


「あ、貴女……今、何をしたの?」


「何をって、ただ自分の『異能』を使って身を守っただけですよ」


 クロエの質問にピオンは楽しそうな表情を浮かべて答える。


「貴女の、異能……? ホムンクルスが異能を?」


 異能を使うホムンクルスなど見たことも聞いたこともないクロエが信じられないといった表情で呟くと、ピオンは楽しそうな表情に嗜虐的な笑みを加えて答えた。


「そうですよ。私は、マスターに使える私達は感情豊かで異能も使える特別スペシャルなホムンクルスなんです。そして私の異能はこれです」


 そう言うとピオンはその場でしゃがみ込んで地面に指をつけて、そのまま指を横に動かした。すると地面の彼女の指が触れた部分が抉れて一本の線が生じた。


「私の異能は『封印』の異能。正確には異空間転送能力といって、早い話がどんなモノでも異空間……どこにあるか分からない場所に送ってしまう能力なんですよ。先程から見せていたのはその応用で、対象の一部分だけを異空間に転送しました」


『『……………』』


 気がつけばクロエを初めとするミスト王国の軍人達は、全員無言で動きを止めてピオンの話を聞いていた。正直、彼女の言っている事はよく分からないのだが、それでもピオンの異能が非常に危険なものであることだけは理解できた。


「それでここは一番重要なんですけど、私の異能はあくまで『封印』……異空間に転送するだけなんで、元の世界に呼び戻す事はできないのですよ。この意味は分かりますか?」


 つまりピオンは触れたモノを、それが何であろうと異空間に「封印」、つまりこの現実世界から消し去る事ができるということ。それに加えて彼女は「敵」と認識した者に対して一切の手加減をしない過激な性格をしており、以前サイがクリスナーガとの会話でピオンが一番恐ろしいと言ったのは、これが理由だった。


「さあ、お話をしましょうか?」


 ピオンはしゃがみ込んだ体勢から立ち上がると「封印」の異能の恐ろしさに硬直したクロエ達に笑みを向けてそう言うのだった。

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