別の未来の可能性
アックア公国国内の平原を猪に似たモンスターの群れが疾走していた。
毎年ある時期になると何処からか現れるこの猪に似たモンスターの群れは、特定の目的地へと行こうという意識を持っていない。あるのは「今いる場所とは別の所へ今より速く進む」という本能のみで、群れの先頭のモンスターはただ本能に従って走り、その後ろのモンスター達はただ先頭のモンスターに付き従って走るだけである。
そして進行上に障害物があれば猪に似たモンスター達はそれを粉砕し、障害物が生物や他のモンスターだったなら粉砕後にそれを食べ、口にする食事はそれのみ。生物としては完全に狂っている姿だが、赤紫色の髪をしたとあるホムンクルスの女性が言うには、モンスターは前文明に創造された生物兵器の末裔で、そう考えればある意味これが正しい姿なのかもしれない。
猪に似たモンスターの群れは今まで一度も食事や休憩を取っておらず、何十時間も走り続けている。しかしモンスター達はその強靭な生命力と本能によって疲れた様子も飢えた様子も一切見せなかった。
『………』
そんなただひたすらに走る猪に似たモンスターの群れを、一つの影が離れた場所から静かに見つめていた。
X X X
『『おおおっ!?』』
アックア公国軍の基地の中で複数の男達が驚きの声を上げた。声を上げたの全員アックア公国軍の軍人達で、彼らの視線の先には隣国のフランメ王国の軍服を着た一人の青年軍人の姿があった。
そしてフランメ王国の軍服を着た青年軍人サイの前には、今回の合同任務で使用される大砲に火薬や砲弾を始めとする物資が大量にあるのだが、彼が大砲や物資に手で触れて「倉庫」の異能を使うとそれらは次々と虚空に消えていく。それを見たアックア公国軍の軍人達は驚きを隠しきれず、サイの異能を知っている者達は自慢するような笑みを浮かべていた。
「ふふっ。やはり初めてサイの異能を見たら驚くよな」
「はい。どうやらこの国の人達はフランメ王国の方々と違ってマトモな価値観を持っているようですね」
驚いている自国の軍人達を見ながらビアンカが一人呟くと、隣で呟きを聞いていたピオンが、自分の主人公が正当に評価されている事に内心で喜びながら頷いた。
「何? ……ああ、そうか。フランメ王国の士官学校での話か?」
ビアンカは一瞬ピオンが言っていることが分からなかったが、すぐに以前聞いたサイのフランメ王国の士官学校での話を思い出す。サイが在学していた頃、フランメ王国の士官学校は戦闘系の異能ばかりを尊重していて、異能が戦闘には不向きで実家が平民同然の貴族であった彼は在学中の三年間、教師と生徒達からずっと見下されていたのだ。
「馬鹿馬鹿しい。確かに戦闘系の異能が使える優秀な兵士は貴重だが、軍や戦いがそれだけでは成り立つわけがない」
サイの話を思い出したビアンカは切り捨てる。
戦いはただ強力な戦力を揃えれば勝てるというものではない。戦いに勝つには自軍の戦力を十全の状態で効果的に使うのが理想で、その為には参謀や輸送隊等といった後方の協力が必要不可欠である。
そしてサイの「倉庫」の異能は輸送という点ではこれ以上ない理想的な能力であるのに、戦闘系でないという理由だけで全く評価されなかったというのが、国は違えど軍のトップであるビアンカには腹立たしかった。
(……まあ、戦場に立つ軍人ならよほどの無能でない限り、サイの異能の重要性に気づくだろうがな。……案外、ピオン達とドランノーガを見つけなくても出世できたかもしれんな)
ビアンカは「倉庫」の異能で全ての大砲に物資を異空間に収納して、アックア公国軍の軍人達に称賛されているサイを見て、彼には別の未来があったのではないかと思うのであった。
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