虚しい勝利

「……! む、無念……!」


 サイとビークポッドの邪ん拳対決開始から三時間後。一人の男がついに身体の限界を迎えて前文明の遺跡の床に倒れ付した。


 志半ばで敗北し、無念の亡骸をさらすのはアックア公国の軍人ビークポッド・ボインスキー。そして……。


「ヨォッシャアッ! 俺の勝ちだぁっ!」


 邪ん拳対決を制した勝者サイ・リューランは恥も外聞も捨て去った勝利の咆哮を遺跡内部に響き渡らせ、それを聞いたビークポッド以外のアックア公国の軍人が小声で話し合う。


「おい……。あのジャンケン? いや、格闘技か? 戦いをどう思った?」


「片方はゴーレムトルーパーのナノマシンで強化されて、もう片方は『超人化』の異能で強化。常人であれば一撃受けるだけで死にかねない攻撃をお互い全て受けての殴り合い……。よくそんなのを三時間も続けたよな?」


「確かにあのホムンクルスの女性は魅力的だがあそこまでするか、普通?」


(ふっ……。何とでも言え。これで巨乳のホムンクルスは俺のものだ)


 サイとビークポッドの三時間にも及ぶ邪ん拳対決を見ていたアックア公国の軍人達は引いた表情となってサイを見るが、本人は全くそれを気にしてはいなかった。サイ……ではなく巨乳好きな馬鹿は勝ち誇った笑みを浮かべてホムンクルスの女性が入っている水槽に視線を向けるのだが……。


「……? あ、あれ?」


 しかし水槽はすでに開けられた後であり、中にいたホムンクルスの女性の姿はなかった。サイが周囲を見回すとブリジッタの前に、水槽の中にいたホムンクルスの女性が稼働状態となって跪いている姿が見えた。


「それじゃあ貴女の名前はカーラね。これからよろしくお願いしますね」


「はい。ブリジッタ様。私、カーラは、これからずっと、貴女様を、お守りします」


 ホムンクルスの女性に名前をつけたブリジッタに、名付けられたホムンクルスの女性カーラは跪いた体勢のまま一言一言区切るような口調で返事をする。


「え? え? これってどういうこと?」


「マスター、終わったのですか?」


 サイが事情をのみ込めないでいると、ブリジッタとカーラの方を見ていたピオンが自分の主人である青年に話しかける。


「ピオン? これってどういうことだ?」


「どういうこともなにも見ての通りですが?」


「マスター殿とビークポッドがジャンケンみたいな殴り合いをしている間に、ブリジッタ様が彼女、カーラのマスターになることが決まったのですよ」


「元々この遺跡で発見された遺産は、ブリジッタ様に管理が任されることがバルベルト様によって決められていましたし」


「だから最初からマスター様やビークポッドがカーラのマスターになる資格なんてなかったのですよ」


 ピオン、ヴィヴィアン、ヒルデ、ローゼの順で事情を説明されたサイは、自分が最初からカーラのマスターになれる資格がなかったという残酷な現実に膝から崩れ落ちた。


「ぐぅ……! そんな、馬鹿な……!」


 サイが悲しみのあまり両膝だけでなく両手も床につけてうなだれていると、彼の横にはいつの間にか復活したボロボロの姿のビークポッドが立っていた。


「クックックッ……! 残念だったな、サイよぉ……!」


「ビークポッドぉ……!」


 ビークポッドはそれはそれは楽しそうな邪悪な笑みを浮かべており、そんな彼をサイは血の涙を流さんばかりの表情で睨み付ける。


「やっぱりあの二人は仲が良いですね」


「ローゼ。貴女には本当にあれが仲が良いように見えるの?」


 ローゼがサイとビークポッドの様子を微笑ましいものを見るような目で言うと、それにピオンが半眼になる。


 こうして新たに発見された前文明の遺跡の一回目の調査はこれで終了した。

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