サーシャのお願い

 アイリーンが投獄された牢獄から王都に帰ってきたサイは、クリスナーガと二人で人が少ない小さな公園にいた。


「そっか……。アイリーンにお別れを言えたんだ……」


「まぁ、うん……」


 クリスナーガの言葉にサイは歯切れの声で返事をする。アイリーンの件で複雑な心境の二人は何を言えばいいか分からず無言となるが、しばらくするとクリスナーガがサイに話しかけてきた。


「そういえば、さ……」


「ん?」


「サイってば、今回のことで皆から怖がられちゃったね」


「あー……。そうだな……」


 クリスナーガがわざと悪戯っぽい笑みを浮かべて言うと、それにサイは苦笑を浮かべて頷いた。


 皆というのはサイと軍学校で同じ学年であった者達のことだ。軍学校時代「異能が戦闘向きではない」という理由でサイを見下したり苛めてきた彼らは、同じくサイを見下してきたアイリーンが投獄されたと聞いて、次は自分達の番なのではと考えて怯えているのだという。


「俺にはそんなつもりはないんだけどな……」


 サイの言葉にいくらか表情が明るくなったクリスナーガが笑う。


「ふふっ。それは仕方がないって。……なあ、サイ? アイリーンがああなったのは、本人も含めた多くの人達こうどうがが悪い方に積み重なった結果だ。だからお前もそこまで気にするな」


 言葉の途中でクリスナーガは相手を心配するような顔となってサイの眼を覗き込んだ。


「……うん。ありがとう」


「どういたしまして」


 自分を真っ直ぐに見つめてくるクリスナーガの眼を見てサイが頷き笑みを浮かべて礼を言うと、彼女もまた笑みを浮かべるのだった。


 X X X


「ただいま……って、アレ? 誰もいないのか?」


 公園でクリスナーガと別れた後、自分の屋敷に帰ってきたサイだったが、屋敷には人の気配がなかった。皆は一体どこに行ったのだろうと、サイが屋敷の中を歩きながら考えたいると、二階からサーシャが階段を降りてきた。


「あー。お兄ちゃん、お帰りー」


「ただいま、サーシャ。他の皆はどこに行ったんだ?」


「お父さんとお母さん。やっぱりー、明日イーノ村に帰るんだってー。それで帰る準備をしててー、ピオンさん達はそれを手伝ってくれてるのー」


 サーシャの言葉にサイは納得したように頷いた。


「なるほどな。それにしても明日っていきなりだな? もっといてくれてもいいのに」


「うん。ピオンさん達もそう言ってくれたんだけどー。家の畑が心配だってー」


「そうか。それじゃあ、仕方がないな」


 サイは両親が今までどおりイーノ村で畑を耕しながらの生活を続けていくことをすで聞いていた。明日両親が帰るのならイーノ村までピオン達四人のホムンクルスの誰かに護衛を頼もうとサイが考えていると、そこにサーシャが声をかけてきた。


「それでお兄ちゃん? 実はーお願いがあるんだけどー?」


「お願い? 何だ?」


「実はねー、サーシャも軍学校に入学することにしたんだー」


「えっ!?」


 サーシャの突然の発言にサイは思わず目を見開いた。


「軍学校に入学って……本当に?」


「本当だよー。もう入学手続きも済んでいるよー」


 恐らくはこの王都にいる間に入学手続きを済ませたのだろう。そして入学手続きを済ませたということはサイの両親も入学を認めている事という事で、それならばサイに反対する理由はなかった。


「そうか……。じゃあお願いっていうのは学費のことか?」


 今のサイはこれまでの功績の褒賞でちょっとした一財産の金額をフランメ王国とアックア公国から受け取っており、妹の学費を支払うことくらいなんて事はない。サーシャはそんな兄の言葉に首を横に振った。


「ううん。学費はお父さんが出してくれるってー。まだひいおじいちゃんの遺産があるしねー。実は家の倉庫に持っていきたいものがあるんだけどー、私だけじゃ持っていけないからお兄ちゃんの『倉庫』の異能で運んで欲しいのー」


 サーシャが言う家の倉庫とは、サイがピオンとドランノーガを手に入れたあの前文明の遺跡に通じる道がある実家の倉庫のことだろう。しかしサイの記憶ではあの倉庫に持っていくような物なんてなかったような気がした。


「持っていきたいもの? 運ぶのはいいけど、あの倉庫に何かあったか? 何を運べばいいんだ?」


 サイに聞かれてサーシャは、実家の倉庫で見つけて兄の異能で運んで欲しいものの名前を口にする。


「ゴーレムトルーパー」


「……………………………………………………はい?」

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