アイリーンとの別れ
こうしてウォーン砦を襲った蛇のモンスターは、サイ達が乗るドランノーガとアースレイが乗るハンマウルスによって退治された。
幸い、モンスターの支配圏から侵入してきたのは蛇のモンスターだけで、アースレイとハンマウルスが即座に防衛に出たお陰でウォーン砦は全く損害を受けなかった。しかし戦闘の後処理と万が一モンスターの支配圏かれ次のモンスターが現れた時に備えて、サイ達はアースレイと共にウォーン砦に留まる事になった。
戦闘の後処理が終わり、ウォーン砦にアースレイの代わりとして防衛をしてくれるゴーレムトルーパーとその操縦士が到着してサイ達が王都に帰れたのは、蛇のモンスターとの戦闘が終わってから十日後のことであった。
ちなみにこの蛇のモンスターとの戦いはウォーン砦の軍人達も砦から見ており、そのサイ達とドランノーガの戦いぶりはウォーン砦の軍人達から王都の軍人達へ、王都の軍人達から民衆へ伝えられ、サイの評判を大きく高める事になるのだが、本人はまだその事を知らない。
そして王都に帰ってきたサイ達だったが、彼らは王都に帰るとすぐにある場所へと向かったのだった。
X X X
「………」
サイは薄暗い建物の通路を無言で歩いていた。
通路を歩いているのはサイ一人だけで、ピオン達四人のホムンクルスは建物の外にあるドランノーガの所で待機してもらっている。最初に彼が一人でこの建物に行くと行った時は、サイに従う四人のホムンクルスの女性達、特にピオンが猛反対したのだがどうしても一人で行きたいと説得したのだ。
サイがいるこの建物は王都の南西に位置している牢獄で、ここには「超人化」の異能を初めとする強力な異能を使う犯罪者を閉じ込めていた。
今歩いている階には投獄されている囚人はほとんどいないようだったが、通路の突き当たりの牢には囚人がいるようで、牢の前に見張りの軍人が一人立っているのが見えた。サイが牢に近づくと、事前に話を聞いていた見張りの軍人は敬礼をした後、牢の前から何かが起きればすぐに駆けつけられる距離まで離れていく。
見張りの軍人が離れたのを確認してからサイが牢の中を見ると、そこには一人の女性が寝台の上に腰かけている姿があった。
「アイリーン……」
牢の中にいる女性、アイリーンは酷く憔悴している様子で、サイは見るからにやつれた幼馴染みの名を呼ぶが、彼女はそれに反応せずただ虚空を見つめていた。
サイ達が蛇のモンスターに襲われたウォーン砦の救援に向かう直前、アイリーンは自分をドランノーガに乗せるよう言ってきた。しかしそれを断られた彼女は、今度はドランノーガを奪おうとサイに襲いかかったが、逆に返り討ちにあって気絶させられた後に現場にいた兵士達に拘束された。
そして蛇のモンスターを退治して王都に帰ってきたサイ達は、ブリジッタとクリスナーガにアイリーンがこの牢獄に投獄されていると聞き、真偽を確かめるためにやって来たのだ。
アイリーンが犯した罪状は主に次の三つ。
階級が上であるサイに対する暴言に「超人化」の異能も使用した凶悪な暴力行為。
強力なモンスターに襲われている友軍の救援という、非常に重要な緊急の任務の妨害。
フランメ王国の最大戦力の一つであるドランノーガの強奪未遂。
他にもサイ達がウォーン砦に向かった後、意識を取り戻したアイリーンは「超人化」の異能を使って自分を拘束していた軍人達に重軽傷を追わせた上、その際に自分を止めようとした軍人達やこのフランメ王国に対して酷い暴言を吐いたという罪を犯している。
これらの罪状に対してフランメ王国がアイリーンに降した罰は軍籍と貴族の位の剥奪、そして最大二十年間の幽閉であった。彼女の犯した罪は歴とした国家反逆罪であり、本来ならば死罪か終身刑であったのだが、クリスナーガの嘆願によって今の罰に落ち着いたのだ。
しかし命が助かったとしても、罪を償い再び牢獄の外に出る頃には、アイリーンは既に四十程で貴族ではない平民となっている。それは実家の再興を悲願として、貴族であることを心の支えとしている彼女にしてみれば死にも勝る罰なのかもしれない。
「………」
「………」
虚空を見つめるアイリーンにサイは何も言えなかった。
確かにアイリーンに思うところがないと言えば嘘になる。しかし彼女が暴走して今こうして投獄されているのは、自分という存在と自分の従者であるピオンの行動も関係していると考えると、サイはかける言葉が見つからなかった。
「………アイリーン、残念だよ」
結局サイが牢の中にいる幼馴染みに言えたのはそれだけだった。
もし何かが違っていたら、もし自分がアイリーンと例え徒労に終わったとしてももっと話をしていれば、彼女はここまで酷い結果にならなかったのかもしれない。そう思うとサイの中で後悔の念が生まれるのだが、もう何もかもが遅すぎた。
「さようなら」
サイは最後に別れの言葉をアイリーンに告げると、来た道を振り返ることなく帰っていった。
「………」
そしてサイの足音が聞こえなくなると、牢の中で脱け殻となり虚空を見つめていたアイリーンの眼から一筋の涙が流れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます