アイリーンの暴走
「…………………………はい?」
サイは一瞬、アイリーンが何を言ったのか理解できなかった。
「アイリーン? 君、今何て言ったの?」
「私をドランノーガに乗せなさいって言ったのよ。何度も言わせないで」
もしかしたら聞き間違いかと思ってサイが聞き返すと、アイリーンは苛立った顔で答える。どうやらサイの聞き間違えではないらしい。
「……一応聞くけど何故ドランノーガに乗りたいの?」
「決まっているでしょう? 貴方の代わりに私が今回の任務を受けるのよ。私だってゴーレムトルーパーさえあればモンスター退治なんか余裕でできるわ。でもザウレードは貴方に斬り落とされた両脚がまだ直っていないから、代わりに貴方のドランノーガを使ってあげようって言っているのよ。分かったら私をドランノーガに乗せなさい」
『『……………』』
アイリーンの上から目線のよく分からない理屈に、サイを初めとする広場にいた者達全員が呆れて声を失った。
今回の任務は国王であるフランベルク三世から直々に言い渡されたものなのに、それを簡単に他人に任せたり出来るのか?
ゴーレムトルーパーは確かに惑星イクスで最強の兵器だが、一度も乗った事がない人間がモンスターの退治……以前にまともにドランノーガを動かせるのか?
そもそもアイリーンは本当はザウレードに乗るつもりだったようだが、彼女はゴーレムトルーパーに乗る資格を得ているのか?
色々と言いたい事はあるが、一つ言えるのはアイリーンの行動は軍人としてあり得ない、それこそ気がふれていると言われても反論できない行動であるということだった。
(アイリーン……。ピオンのせいでここまで追い詰められたんだな……)
サイはアイリーンが、ピオンが今までしてきた嫌がらせにより、まともな判断が下せない程に余裕がなくなったと考えた。……というか、そうでも思わないと自分はこんな常識すらない人間に今まで振り回されていた事になり、頭の痛いサイであった。
アイリーンがこうなったのはピオンにも原因があると考えたサイは、従者の責任は主人の責任という事で辛抱強く目の前の幼馴染を説得しようとする。
「アイリーン……。これは国王陛下から俺が受けた任務なんだ。それにこの任務には国民の命がかかっている。だから……」
「それが何だって言うのよ! サイのくせに私に口答えしているんじゃないわよ! 私はドランノーガに乗せろって言っているの! 貴方は私に従っていればいいのよ!」
「………」
何とか穏便に説得しようとしたサイの言葉を遮って癇癪を起こしたアイリーンが叫び、その叫びを聞いてサイは自分の心が一気に冷たくなったのを感じた。
サイは自覚しているかどうか定かではないがかなり情に厚い性格をしている。
知らない人間でも本当に困っているようなら手を貸そうとするし、今まで自分に辛く当たってきた知り合いでも真摯に謝れば過去を水に流して許すし、家族や友人といった自分に近しい人間なら自分の事は後にして彼らの要望を優先しようとする。
そんな「優しい」というよりは「甘い」性格をしているサイだからこそ、アイリーンを何とか説得しようとしていたが、最早そんな気もなくなった。
今回の任務はフランベルク三世直々に言い渡された任務で、更にはモンスターから国を、国民を護るという重要なものだ。それなのにその重要性を理解せず、ただ自分の出世の為の足がかりとしか考えず、うまく事が運ばなかったら子供のように癇癪を起こすアイリーンにサイは心底呆れ果てたのだ。
「……話にならないな。皆、行くよ」
サイはもうこれ以上彼女を見たくないという風にアイリーンから目を逸らし、後ろで怒りの目で彼女を見ているピオンとヴィヴィアン、ヒルデにローゼの自分に従ってくれている四人のホムンクルスの女性達に声をかける。
『『はい』』
ピオン達もこれ以上アイリーンに関わるのは時間の無駄だと考えて、同時にサイに頷いてみせてドランノーガに向かう。
「なっ!? ま、待ちなさい!」
自分を無視してドランノーガに乗ろうとするサイ達を見てアイリーンが叫ぶと、愛機に向かって歩いていたサイがその場で立ち止まり、首だけを振り返って今まで見せたことの無い冷たい軽蔑しきった視線を自分の幼馴染に見せた。
「ドランノーガは俺達の機体だ。アイリーン、君を乗せるなんてあり得ない。それと今回任務を受けたのは俺達だ。君の出番はどこにも無い。……帰れ」
「………!?」
今までサイにこの様に突き放された口調で言われた事がなかったアイリーンは、サイの言葉に驚きのあまり絶句して体を硬直させる。しかし……。
「……サイ。サイィィーーーーー!」
しかし体を硬直させたのはほんの一瞬だけ。サイの言葉に激昂したアイリーンは「超人化」の異能を発動させて彼に突撃する。
今のアイリーンの頭の中には最早任務やドランノーガの事などなく、ただ今まで下に見ていた幼馴染に軽蔑した視線と言葉を投げかけられた事に対する怒りしかなかった。広場にいた軍人達はそんな彼女の行動に驚き、ピオン達はアイリーンを取り押さえようとしたが、それをサイが手で制する。
「貴方なんかが! 貴方なんかが私に……!?」
「悪いけど急いでいるんだよ」
サイは憤怒の顔を浮かべるアイリーンに何の感情のこもっていない声で短く言うと、彼女が繰り出した右の拳を簡単に避けてから、逆に彼女の腹部に強烈な右の拳を叩き込んだ。
「……!?」
サイの一撃によりアイリーンは意識を失って地面に倒れる。確かにアイリーンは優秀な「超人化」の異能の使い手で以前のサイでは手も足もでなかったが、今のサイはドランノーガのナノマシンによって体を強化されていて、怒りで我を忘れた彼女を倒す事など造作もなかった。
「あ、あの……リューラン少佐」
「……俺達はこのままウォーン砦に向かいます。アイリーン……彼女は拘束してください。あと、彼女がここでした事を国王陛下と親衛隊に報告してください」
「はっ! 分かりました」
自分に話しかけてきた軍人にサイはアイリーンの拘束を命令する。非は向こうにあるとは言え、幼馴染を殴り倒し、拘束を命令してもサイの心は何も感じなかった。
その後サイは、意識を失ったアイリーンを一度も見る事なくピオン達と共にドランノーガに乗り込み、ウォーン砦へと向かうのだった。
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