アイリーンの独白
アイリーンはカーテンを締め切って昼間なのにほの暗い、親衛隊の兵舎にある自室でベッドに腰かけていた。彼女は表情が全くない能面のような顔をしていて、視線は床に向けられているがその目はここではないどこかを見ていた。
「そんな……。どうして……。何で……」
能面のような表情が全くない顔をしているアイリーンだが、口元だけは別の生き物のように動き、蚊の鳴くようなか細い声を出していた。
「そんな……私だってまだ親衛隊なのにどうして……。何でサイみたいな平民が英雄なのよ……?」
アイリーンの口から出るのは現状の自分の立場に対する不満と、先日の祝勝パレードと婚約パーティーで一躍フランメ王国の英雄となった幼馴染に対する嫉妬の言葉であった。
軍学校時代に王族のクリスナーガに出会って彼女に気に入られ、その縁で士官学校に進学する援助をしてもらった上に士官学校卒業後は親衛隊に配属されたアイリーン。その立場は国に忠誠を誓う軍人にとって一つのゴールとも言える大変名誉なものであるのだが、クライド家の再興を目指す彼女にすればまだ通過点でしかなかったのである。
そんなアイリーンの前に現れたのは、幸運にも自分だけのゴーレムトルーパーを手に入れて、更には実家の仇と言える黒竜盗賊団を討伐した功績により、フランメ王国とアックア公国両方の爵位と軍の地位を与えられ、その上両国の姫君を婚約者にした幼馴染のサイ。かつてのクライド家の栄光に勝るとも劣らない栄光を手にする幼馴染の姿はアイリーンの心を大きく揺さぶった。
「何でサイがゴーレムトルーパーの操縦士なのよ……。あんな平民、軍学校を卒業したら大人しく末端の軍人になっとけばいいのに……!」
アイリーンは小さな、そして憎々しげな声でサイに対する恨みの言葉を口にする。軍学校を卒業した日からほぼ一年ぶりにサイに再会した事によって、それまで順風満帆だった自分の生活は悪くなる一方だと彼女は考える。
(サイが英雄なんて身分違いな立場になったせいで私はあいつとの連絡係に任命されて、親衛隊で活躍する機会を失ってしまった!
それにサイが生意気にも従者にしたあのピオンとかいう娘は、何故だか分からないけど私を恨んでいて嫌がらせをしてくるし、そのせいでクリスナーガ様や親衛隊の人達、軍学校の同級生達にも悪い印象を持たれてしまった……! この間だってクリスナーガ様は私に『サイに謝れ』なんて言ってくるし、親衛隊の人達や軍学校の同級生達は体調が悪くなってクリスナーガ様とブリジッタ様の婚約パーティーを早退した私を白い目で見て『パーティーを早退するとは何を考えているんだ』とか『君は自分の立場が分かっているのか?』とか言ってくるし!
仕方がないじゃない! あのパーティーの時、クリスナーガ様とブリジッタ様の間にいるサイの姿を見ていたらどうしようもないくらいお腹が痛くなったんだから仕方がないでしょう!? 何で私がここまで責められないといけないのよ!)
「もうやだ……。何でサイみたいな平民が皆に認められて、私がこんなに惨めな思いをしないといけないの……?」
心の中で不満を叫んだアイリーンは、心の声とは逆に小さな声で呟いた後、何故自分が今の状況に陥ったか考える。しかし今は亡き祖父の影響かそれともアイリーン本来の性格かは分からないが、彼女は自分が今の状況に陥ったのは今までの自分の行動にも非がある事を認めず……というか気づかず、全ての原因はサイにあるとすぐに結論付けた。
「やっぱりサイが悪いのよ……。名ばかりの貴族のくせに、平民のくせに、ゴーレムトルーパーの操縦士なって功績なんかあげるから……。私だってゴーレムトルーパーさえあれば、ザウレードさえあれば、功績なんて簡単に、黒竜盗賊団なんて簡単に蹴散らせたのよ……」
表情が全くなく暗い目をしたアイリーンは口元だけを動かして呟く。
親衛隊の隊長にサイとの連絡係に任命されたのに、彼……正確には彼の従者であるピオンに恨まれて連絡係の役目を満足にできず親衛隊での評価が下がった事。
これまでアイリーンの恩人で理解者であったクリスナーガの関心が自分からサイへと移った事。
今でもたまに会っては自分に羨望の目を向けてきた軍学校時代の同級生達が、憐れみと蔑みの目で見てくる事。
この最近で立て続けに自分に起きた不幸が全部、自分の幼馴染が原因だと決めつけたアイリーンは小さく呟く。
「……サイさえいなければ。……?」
アイリーンがそう呟いた時、カーテンが風でめくれて窓の外で小さな光の玉が空を昇っていくのが見えた。
「あれは……信号砲? 西の国境でモンスターが現れたの?」
空を昇る光の玉の意味を理解したアイリーンは、何を考えたのかベッドから立ち上がってそのまま自室の外に出た。
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