薄情な女?

 フランメ王国の領地の最西端。そこに一つの砦があった。


 その砦は、ここより西にあるモンスターの支配圏からモンスターが侵入してこないように監視する役割を持っていて、今も砦に所属している三人のフランメ王国の軍人達が周囲を巡回していた。


「こちら、異常ありません」


「こちらも異常無し」


「うむ。では引き続き周囲の巡回を……むっ!?」


 三人の軍人のうち二人が単眼鏡でモンスターの支配圏である森の様子を観察して隊長格である軍人に報告をし、隊長格の軍人もそれに頷いて巡回を続けようとしたその時、隊長格の軍人は森に違和感が生じた事に気付いた。違和感に気付いた隊長格の軍人は、自分の単眼鏡を取り出して森の方を見る。


「これは……!?」


 隊長格の軍人が単眼鏡の中で見たのは、小さく震える森の木々に我先にと森から飛び去っていく鳥の群れ。そして森の奥にかすかに見える巨大な黒い影であった。


「隊長! あれは……!」


「間違いない、モンスターだ! それも信じられないくらい巨大な奴だ!」


 隊長格の軍人は部下の言葉にそう答えると、もう一人の部下に一枚の金属製の札を投げ渡して指示を出す。


「お前は急いで砦に戻りゴーレムトルーパーの出動要請を出せ! それと同時に『信号砲』を放つように伝えろ!」


 軍人達が所属している砦にはモンスターの侵入が発生した時、すぐに対応できるようにフランメ王国が保有しているゴーレムトルーパーが最低でも一機、交代制で待機している。そして「信号砲」と言うのは王都に救援を要請する為の特別製の巨大な信号弾を放つ大砲で、今隊長格の軍人が部下に投げ渡したのはそれの使用を要請する非常時用の割り符であった。


「は、はい!」


 割り符を受け取った軍人は「超人化」の異能の使い手で、異能を発動させると馬よりも速い速度で砦に向かって走っていった。隊長格の軍人ともう一人の軍人も砦に戻ろうとした時、隊長格の軍人は森の方を振り返って呟いた。


「こんなのは全く初めてだ。一体どんなモンスターがやって来るっていうんだ……?」


 X X X


「アイリーンはパーティーの最中に体調が悪くなったみたいで早退したらしいわ。……それでさっきも宿舎の部屋に訪ねてみたんだけど入れてもらえなかったわ」


 サイとクリスナーガとブリジッタの婚約パーティーが終わってサイ達が屋敷に戻ると、パーティーの途中から姿が見えなくなったアイリーンの様子を調べたクリスナーガが残念そうに首を横に振った。


「そうですか……。他のマスターの同級生達はマスターに謝罪したのに彼女だけは今だ謝罪なしですか……。いい度胸です♪」


 ペキキ♪ ポキキ♪


『………………!』


 クリスナーガの言葉にピオンは凄みのある笑顔を浮かべて指を鳴らす。そんな彼女の姿に同じ部屋にいるサイだけでなくヴィヴィアンとヒルデとローゼ、クリスナーガとブリジッタも引いた表情となる。


「な、なぁ、ピオン? お前、まだアイリーンに何かするのか?」


「当然です。あの女がマスターに見当違いな敵意を持っている以上、私はあの女に断罪の鞭を振り下ろすのを決して止めません」


 サイはピオンの言葉から、彼女がアイリーンをこれまで以上に責め立てる事を予感して聞くと、ホムンクルスの少女は即答する。


「あの女、アイリーンは再起不能になるくらい物理的に叩き潰すか、廃人になるくらい精神的にへし折らないといけないのです」


「ぴ、ピオンさん? な、何でそこまでしないといけないんですか?」


 ピオンの過激な発言にブリジッタが怯えた表情となってそこまでする理由を聞こうとする。


「それがマスターの為だからです。あんなマスターを利用する事しか頭になくて、『私は選ばれた人間』なんて大真面目に言える歪んだ選民思想に染まり切っていて、自分や周りの立場もわきまえない失言ばかりする女、一刻も早くマスターへの敵意を奪い取らないと、例え遠くに隔離してもマスターに何らかの害を及ぼすに決まっています」


『『………………』』


 ピオンが下したアイリーンの評価に、サイ達も同意できるところがいくつかあったみたいで何も言えなかった。そうしているとピオンがクリスナーガに話しかけてきた。


「というか何でクリスナーガ様はアイリーンなんかをお供にしたんですか? 『王族に認められた』という事実がなかったらアイリーンだってあそこまで調子に乗ったりせず、あんな性格も頭も残念なゴミ虫女でも、自分が過去の栄光にすがる事しかできない害虫だって気づけたかもしれないんですよ?」


 ピオンの責めるような、というか実際責めている言葉にクリスナーガは苦笑を浮かべて答えるが、その口調はどこか言い訳をするかのように弱々しかった。


「あ、あはは……。いや、まぁ、アイリーンは性格面はともかく、戦闘技術や学力とかは軍学校でも士官学校でもトップクラスだから補佐役に丁度いいかなって思ったんだよね……。それに性格の方も私といる時は比較的マトモだったし、貴族出身者には選民思想っぽい考えをする人も珍しくないしそれ程問題にならないと思ったんだけど……」


 そこまで言ったところでクリスナーガは一度言葉を切って、何かを諦めたような辛そうな表情となる。


「正直、アイリーンがあそこまで性格が歪んでいるとは思わなかったな……。あんな性格だとサイの事がなくてもいつか必ず彼女は大きな問題を起こすでしょうね。私はアイリーンを友人だと思っているけど、彼女の友人である前にフランメ王国の王族、そして軍人として今のうちに彼女との関係を切った方がいいかもしれないかもね……」


 アイリーンとの関係を切ると言ったクリスナーガは、彼女の幼馴染であるサイの方を見る。


「ねぇ? サイは私の事を薄情な女だと思う?」


「……どうなんだろうね」


 サイはクリスナーガがアイリーンを本気で友人だと思っている事も、それでも彼女を切り捨てることも考えなくてはならない理由も大体理解できたので言葉を濁す事しかできなかった。するとサイとクリスナーガの耳に何かを考えているピオンの独り言が聞こえてきた。


「ふむ……。クリスナーガ様がああ言うのであれば手加減をする必要はなさそうですね。では次はどうアイリーンを責めましょうか? ……アイリーンをイーノ村に連行して、彼女が軍学校の学費をマスターのご両親に借りている事実を村中にバラした後、彼女の目の前で実家にあるものを学費分だけ差し押さえるというのは……」


『『それは止めてあげて!』』


 ピオンが口にしたアイリーンを責め立てる内容を聞いて、この部屋にいるピオンを除く全員が全くの同時に大声を上げた。

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