後悔の会話

「ここにいるサイ・リューランは幸運にもゴーレムオーブを手に入れ、新たなゴーレムトルーパー、ドランノーガを作り出し、あの憎き黒竜盗賊団を討伐して十年前に奴らに奪われたザウレードを奪還してくれた」


「そして黒竜盗賊団を討伐した時に、奴らに狙われていた我が娘ブリジッタ・アックアを救ってくれた」


 婚約パーティーの会場でフランメ王国の国王フランベルク三世がサイの功績を宣言すると、アックア公国大公バルベルト・アックアもそれに続く。


「これらの功績により我がフランメ王国とアックア公国は、サイ・リューランにそれぞれ伯爵の爵位と少佐の階級を与え、そして……」


「フランメ王国のクリスナーガ・ライデンシャフトとアックア公国のブリジッタ・アックアとの婚約を認める事をここに宣言する!」


 フランベルク三世とバルベルトの宣言にパーティー会場に集まった招待客達が笑顔となって拍手をする。しかし本心で笑顔を浮かべているのは、招待客の半分程しかいなかった。


 本心から笑顔を浮かべてサイ達の婚約を祝っているのは、ピオンを初めとする彼に従う四人のホムンクルスの女性達にサーシャとサイの両親。そしてフランメ王国とアックア公国の大物貴族と有力商人達である。


 四人のホムンクルスと三人のサイの家族はサイの出世と二人も婚約者ができた事を純粋に喜び、大物貴族と有力商人達は今回の件でゴーレムトルーパーが二機増えてフランメ王国の軍事力が増し、更にはフランメ王国とアックア公国との同盟関係がより強固になった事を喜んでいた。


 それに対して招待客の残り半分、サイの軍学校時代の同級生達は表向きは笑顔を浮かべているが、内心ではサイ達の婚約を祝えていなかった。


「……本当にサイの奴、クリスナーガ様達と婚約したんだな」


「クソッ! 何であんな無能が……!」


「馬鹿っ! 誰かに聞かれたらどうするの!」


 同級生の一人がサイとその両隣にいるクリスナーガとブリジッタを見ながら呟くと、同級生の隣にいた別の同級生が嫉妬を全面に出して憎々しげに呟き、同じくサイの同級生であった女学生に叱責される。


「はぁ? 別にいいだろうが軍学校でサイが無能扱いだったのは事実なんだしよ」


 叱責されたサイの同級生が不満を隠す事なく言うと、叱責した女学生は信じられない馬鹿を見たという表情となって怒ったように言う。


「貴方、本当に馬鹿ね! それは軍学校での話でしょう!? 今のサイ……いいえ、サイ『様』はゴーレムトルーパーの操縦士で英雄で! フランメ王国とアックア公国両方の伯爵で少佐で! 王族のクリスナーガ様と公女のブリジッタ様の婚約者で! 私達の遥か上を行く雲の上の方なの! 今の言葉が知られたら貴方だけでなくて私達まで不敬罪を問われるかもしれないの! そう言うことを言いたいなら貴方一人だけの時に言って! 私達を巻き込まないで!」


 サイに「様」をつけて言う女学生の言葉に周りにいた他の同級生達も不安そうな、あるいは悔しそうな顔で頷く。最早ここにいるサイは、軍学校で「無能」と呼ばれて周囲から見下されていた劣等生ではなく、世間で「英雄」と呼ばれて貴族としても軍人としても成功を収めたゴーレムトルーパーの操縦士であった。


「それに……貴方も招待状と一緒に『あの手紙』が来た筈よね? それで貴方は貴方のご家族に何か言われなかったの?」


「うっ!? そ、それは……」


 女学生に言われてサイに嫉妬の感情を向けていた同級生がたじろぐ。


 女学生を初めとする同級生達が受けたこの婚約パーティーの招待状はそのまま本人達に送られておらず、同級生達の両親に送られた手紙に同封されたものであった。その手紙にはサイが婚約する事と婚約パーティーの招待状を同級生に渡して欲しいという事……そして同級生達が軍学校時代にサイに何をしてきた事を詳細に書かれていた。


 同級生達は軍学校時代、当時は名ばかりの男爵家で戦闘に向かない異能を持ったサイを「無能」と呼んで見下していた。それだけではなく同級生達はサイを戦闘訓練では必要以上に痛めつけて笑い者にしたり、平時では召使いのように扱ったりしてきた。


 今ではフランメ王国の英雄であるサイに、自分達の子供が過去そのような仕打ちをしてきたと手紙で知った同級生達の両親は、自分の子供である同級生達を強く説教した。同級生を叱咤した女学生もまた父親に説教をされた一人で、女学生はその時の事を思い出す。




『……この手紙に書かれてある事は事実なのか?』


 婚約パーティーの招待状が届けられたその日。女学生は自分の父親である生家の子爵家の当主に呼び出された。


 子爵家の当主の手元にあるのは二通の手紙。一通は婚約パーティーの招待状で、もう一通は女学生が軍学校時代にサイにどのような仕打ちをしたか事細かに書かれた手紙であり、子爵家の当主が聞いているのは後者の手紙の内容であった。


『あ、あの……。そ、それは……』


『事実なのか?』


 女学生が額に汗を流しながら何かを言おうとしていると子爵家の当主が短い言葉でもう一度聞き、それに対して女学生は小さく頷いた。


『は、はい……』


『……っ! この、馬鹿者が!』


『ひいっ!』


 女学生が頷いて答えるとそれを聞いた子爵家の当主が怒りを爆発させ、そのあまりの剣幕に女学生が小さな悲鳴を上げる。


『貴様は自分が何をしたのか分かっているのか!? サイ・リューランは我が国の新たな英雄! 新たなゴーレムトルーパーの操縦士! 更には王族であらせられるクリスナーガ様とアックア公国の公女ブリジッタ様の婚約者なのだぞ! 言わばフランメ王国とアックア公国両方の貴族と軍の頂点にいるような存在だ! そんなお方を過去に辛く当たっていたとは……! もし彼が過去の恨みをはらさんと行動すれば我が家などひとたまりもない! お前は我が家を滅ぼすつもりか!』


『だ、だってあの時は本当に、ただの貧乏な名ばかりの貴族だったし……! 皆だって同じ事をしていたし……!』


『ええい! 泣き言など聞きたくもないわ!』


 子爵家の当主、いや、実の父親の口から火を噴くような叱責に女学生は思わず涙目になって言い訳を口にするが、子爵家の当主はそんな言い訳を一言で切り捨てる。


『貴様のくだらん過去のイジメの所為で我が家は危機に脅かされるかもしれんのだぞ!? いいか、この婚約パーティーでなんとしてもサイ・リューランの怒りを解いて許しをもらってこい! 場合によってはその体を売っても構わん! もしサイ・リューランがお前への復讐に乗り出したら、我が家はお前を即座に切り捨てにかかるからそう思え!』


『そ、そんな! お父様!』


『よいな!』


 婚約パーティーを終えたサイは、本人は知ってか知らずかフランメ王国とアックア公国両方で大きな権力を得る事になる。そうなった彼の復讐を恐れた女学生の父親である子爵家の当主は、サイの怒りを解く事ができなければ、女学生を家から切り捨てると言うのであった。




 女学生が父親に叱責された時の事を思い出して顔を青くしていると、他の同級生達も女学生と似たような家族とのやりとりがあったのか体を震わせていた。


「だ、だけどサイ……様に許してもらうってどうしたらいいんだ? 俺達、かなり恨まれているんじゃないか?」


「それはこの場合、彼に最も近しい人に話を通してもらうしかないけど……」


『………』


 サイの同級生達の中の二人、金髪の男と茶髪の男がそう話し合った後、視線を一人の女性に向ける。金髪の男と茶髪の男が視線を向けたのは、サイと同じイーノ村で育った幼馴染、アイリーンであった。


 他の同級生達も縋るような目でアイリーンを見るのだが、当の本人はというと……。


「あり得ない。サイがクリスナーガ様と婚約だなんて。あり得ない。サイが英雄だなんて。あり得ない。賞賛を受けるのは私のはずなのに。あり得ない……」


 と、虚ろな目でサイ達を見ながら延々と小声で何かを呟いていて、心ここに在らずといった様子であった。とてもサイと話を通してもらえるとは思えず、同級生達は諦めたようにアイリーンから視線を外す。


 婚約パーティーに集められたサイの同級生達は、過去につまらない理由で一人の青年を見下した事を心から後悔し、どうやってその青年に謝罪したらいいか頭を悩ませるのであった。

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