感謝の言葉
そのモンスターは飢えていた。
モンスターは敵との戦いで敗れて深手を負い、自分の縄張りを捨てて逃げている途中であった。逃げながら傷を治したモンスターだったが、その分体力を消費してしまい、モンスターの体は体力の回復の為に速やかな食事を要求する。
しかし体の大きさが自分と同じか大きい相手は、体力を消費している今では逆に自分が狩られる危険がある為モンスターの方から避けて、体が小さい相手はモンスターの気配を感じるとすぐに隠れてしまうので、モンスターは中々食事にありつけず飢える一方であった。
モンスターは当初の予定通り獲物を求めて東へと向かう。
東へと向かうにつれてモンスターが求める獲物、人間の匂いが強くなっていき、モンスターは東へと向かう速度を上げる。そしてモンスターはついに大陸の左半分、モンスターの支配圏から抜け出して大陸の右半分、人類の生活圏へと到達した。
モンスターが到達したのは、人類の生活圏とモンスターの支配圏との境界線に面している人間の国の一つ。
その国の名前はフランメ王国と言った。
X X X
「はぁ……。なんとかおわったか……」
「はい♪ お疲れ様です、マスター♪」
「マスター殿。パレード、お疲れ様でした」
「パレードが無事に終わってよかったです」
「マスター様。この後すぐに婚約パーティーの準備がありますが少しでもお休みください」
祝勝パレードが終わり、最早すっかり馴染んだ王宮の応接間でサイが椅子に腰掛けると、サイとヴィヴィアン、ヒルデとローゼが労いの言葉を言ってくれた。
祝勝パレードは一言で言えば大成功であった。ザウレードを引き連れて大通りを練り歩くドランノーガの姿に、大通りに集まった人々は黒竜盗賊団が討伐されてザウレードが帰ってきた事を喜び、それを実現してくれたサイに惜しげもない称賛の言葉を投げかけた。
今や王都に住む人々、いやフランメ王国の国民の全てが、サイのことをゴーレムトルーパーのドランノーガを操る英雄として見ており、その事実にサイは思わず息を吐いた。
「俺が英雄か……。なぁ、ちょっといいか?」
サイがピオン達に声をかけると、彼に従う四人のホムンクルスの女性は一斉に自分達の主人である青年を見た。
「どうかしましたか、マスター?」
ピオンが四人を代表してサイに聞くと、サイ自分の中の考えを纏めながら話し出す。
「あの、さ……。これは以前にも話したから知っていると思うけど、俺、この王都の軍学校に通っていた時、周りの同級生達から見下されていたんだ」
「……ええ、そう聞きました」
サイの言葉にピオンは彼から聞いた話を思い出して、その顔を怒りに歪めながら頷いた。後ろにいるヴィヴィアン、ヒルデ、ローゼもまたピオンと同じく怒り、あるいは不機嫌そうな表情を浮かべている。
「俺は心のどこかでそれを『仕方がないこと』だと諦めていた。実家は一応は男爵家だけど、実際は辺境の村の農民でしかなくて金やコネなんかない。それに対して周りの同級生達は皆、本当の貴族か商人といった家の生まれで金もコネもあった。そういった生まれ持った差を覆す事は決して不可能じゃないけど、実際にそれを出来るのはほんの一握りの人間だけ……。そう思って軍学校時代は周りからの蔑みの言葉を諦めて受け入れてきた。だけど……」
そこでサイは言葉を切って、祝勝パレードで大勢の人々が自分に向けてきた称賛と羨望の表情を思い出す。軍学校で自分に向けられてきた感情とは真逆な感情を。
「今日のパレードでさ、軍学校時代の同級生が観客に混じって俺を見ているを偶然見つけたんだけど……。あいつら、これ以上なく驚いた顔でこっちを見ていたんだ」
サイはパレードの最中で観客の中で見つけた軍学校時代の同級生だった金髪と茶髪の男の顔を思い出す。軍学校にいた頃は散々自分を馬鹿にしてきた人間が驚いた顔でこちらを見上げる姿はどこか滑稽であった。
「今の俺は、ゴーレムトルーパーの操縦士で、英雄で、フランメ王国の王族クリスナーガとアックア公国の公女ブリジッタの婚約者で……。俺を馬鹿にしてきた奴らなんかどうでもいいいくらい出世した。……それも全てピオン、お前と出会えたからだ」
サイはそう言うとピオンの方を見る。
今のサイの活躍はドランノーガがあってこそのもの。そして彼が自分だけのゴーレムトルーパーを手にいれるきっかけは、ここにいるピオンの行動によるものだった。
「ピオン。……本当にありがとう」
「ふぇっ!? い、いえ! そ、そんな、お礼なんて……! ドランノーガの件は私の本能に従っただけですし、ほ、ホムンクルスはマスターの為に尽くすのが当たり前ですから、お礼なんて畏れ多いというか……!」
突然のサイからの感謝の言葉に、ピオンは顔を真っ赤にして動揺する。サイはそんな彼女の様子を見て小さく笑うと、次はヴィヴィアンとヒルデとローズの方を見た。
「勿論、ヴィヴィアンとヒルデとローズにも感謝しているよ。……四人とも、これからもどうか俺に力を貸してほしい」
『『はい!』』
サイがそう言うとピオンとヴィヴィアン、ヒルデとローズは優しい笑顔となり同時に頷き、答えてくれた。
「ありがとう、四人とも」
自分に従う四人のホムンクルスの女性に礼を言うと、ホムンクルスの主人である青年は椅子から立ち上がる。そろそろ、これから始まる婚約パーティーの準備をしなくてはならなかった。
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