未然阻止

 モンスターの支配圏にある密林で、一匹の巨大なモンスターが地面を這うように力なく移動していた。


 そのモンスターは、人類の生活圏に現れるモンスターとは比べ物にならないくらいの力を持つモンスターなのだが、今この場では「敗者」であり「逃亡者」であった。


 モンスターはしばらく前に、自分とは別のモンスターと遭遇してそれと戦ったのだが、結果は敗北。複数ある頭部の一つを砕かれ、胴体を幾重にも切り刻まれたモンスターは、自分の縄張りであった土地を捨てて、相手のモンスターから逃げ出したのだ。


 すでに砕かれた頭部は再生し、胴体に刻まれた無数の傷も全てふさがっている。しかしモンスターは、体の傷を再生させるために体力を著しく消耗しており、消費した体力を早急に回復させる為に確実に狩れる獲物がいる場所へと向かっていた。


 向かっている方角は東。「人間」という獲物が多く集まる「国」という狩場へとモンスターは向かって行く。


 X X X


「なんとか住む場所が見つかってよかったわね」


 サイ達が婚約パーティーの後で暮らす屋敷を探した日から数日後。王宮にある、この最近サイ達の専用と化している応接間でクリスナーガが言うと、それにブリジッタが同意する。


「そうですね。外見も中々趣味が良かったし、中も広くて掘り出し物だったと思います」


 サイ達が自分達が暮らす場所として購入したのは、モンスターとの戦いで当主と後継を失って断然したとある貴族を修復した屋敷。屋敷は王宮と平民の人達が暮らす地域の丁度中間くらいの位置にあり、よく平民の店などに足を運ぶクリスナーガがここに住むことを希望し、サイもこの屋敷の雰囲気を気に入ったので購入することを決めたのだった。


「そうだな。確かに住む所が決まったのはいいけど……アイリーンは大丈夫なのかな?」


 サイはクリスナーガとブリジッタの言葉に同意するがその表情は晴れず、数日前に倒れた幼馴染の女性の心配をしていた。アイリーンは最初の購入候補の屋敷を見に行った時に急に倒れてしまい、その日は彼女を介抱したり、王宮に連れ戻したりして屋敷探しどころではなかった。


 医者の話では何か強い心労によるもので体には異常はないという話だったが、この数日間アイリーンは寝たままでサイ達の所に来ず、別の親衛隊の隊員が彼女の代わりの連絡係として彼らの所に来ていた。


「強い心労……か。アイリーンの奴、あいつはあいつで苦労していたんだな……」


「え、ええ……」


「そ、そうですね……」


 医者の話を思い出してアイリーンの事を心配するサイの言葉に、クリスナーガとブリジッタはやや引きつった表情となる。アイリーンが倒れる事になった理由の一つはまず間違いなく彼なのだが、当の本人はその事に気づいておらず彼女の事を本当に心配している為、彼の婚約者である二人は何も言えなかった。


 クリスナーガとブリジッタがサイの言葉になんとも言えない気持ちになっていると、それまで黙っていたアイリーンが倒れる事になった元凶である赤紫色の髪をしたホムンクルスの少女が口を開いた。


「それではマスター。これから皆でアイリーンさんの所へお見舞いに行くというのはどうでしょう? 私達まだアイリーンさんと親しくはありませんが、クリスナーガ様は付き合いが長いようですし、知り合いがお見舞いに来たら少しは気が楽になるのでは?」


「それもそうだな。それじゃあ早速……」


「ちょっと待って!」


「それは駄目です!」


 ピオンの提案にサイがアイリーンのお見舞いに行こうとした時、クリスナーガとブリジッタが慌ててそれを止めた。


(冗談じゃないわよ。今サイ達にお見舞いなんて来られたらアイリーン、心労で胃に穴が空くわよ)


(それにピオンさんの事です。この機会にドランノーガ様……いいえ、サイくんの評判を下げずにアイリーンを攻撃することも考えられます)


 クリスナーガもブリジッタもお見舞いに行けばまず間違いなくピオンが動き、アイリーンの容態が更には悪くなる事が予想できたので、二人は彼女のお見舞いは何としても止めようとする。そんな二人の婚約者の気持ちに気づいていないサイが首を傾げる。


「え? 何でアイリーンのお見舞いに行っては行けないんだ?」


「っ!? そ、それは……ホラ、アイリーンってかなりの意地っ張りでしょう? そんな彼女のお見舞いに行っても、彼女は意地を張って平気なように見せて結局休まらないと思うのよ。それだったら私達は祝勝パレードと婚約パーティーの準備といった私達がするべき事をやって、アイリーンの事はお医者様に任せた方がいいと思うの」


「……確かにアイリーンだったらそうかもな。じゃあ、アイリーンのお見舞いは後にした方がいいか」


 クリスナーガがとっさにお見舞いに行かない方がいい理由を考えてサイに言うと、アイリーンの性格をよく知る彼も一理あると考えて彼女のお見舞いに行くのをやめる。それを見てクリスナーガとブリジッタは、二人ともほぼ同時に内心でガッツポーズをとった。


「(……ちぇ。せっかくお土産に高級なお菓子や花束などを用意して、金銭的な面からアイリーンの心をへし折ってやろうと思いましたのに)」


「ちょっと。聞こえてるわよ、腹黒ホムンクルス」


 アイリーンを精神的に痛めつける機会を逃した事を小声で残念がっているピオンに、クリスナーガがつっこみを入れる。


 こうしてピオンの計画は二人の女性の機転のお陰により、未然に阻止されたのであった。

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