絶望への招待状

 夜。王都にある大衆食堂で、他の客達に混じって二人の男が食事をとっていた。


 その二人の男はフランメ王国の軍人で、更には同じ軍学校と士官学校に通っていた友人同士であった。士官学校を卒業して軍人となった二人の男は、以前より一緒に酒を飲む約束をしていて、初月給がでた今夜にこの店に来ていたのだ。


「なぁ? お前、どうしたんだ? さっきから何も食べていないじゃないか?」


 二人の男のうち、茶髪の男がテーブルの向かい側に座っている金髪の男に話しかける。茶髪の男の言う通り、金髪の男は先程から自分の手元に置かれている酒や食事に手をつけていなかった。


「ちょっとな……。少し考え事があってな……」


「考え事? 一体何を悩んでいるんだ?」


 沈んだ声で返事をする金髪の男に茶髪の男が何を悩んでいるのかと聞くと、金髪の男は一度黙ってから口を開いた。


「お前……『英雄』の話は知っているか?」


「『英雄』の話? ああ、知っているぜ?」


 金髪の男に聞かれて茶髪の男が首を縦に振る。


 二人の男が言う「英雄」というのは、一ヶ月ほど前から話を聞くようになった、新たな英雄と呼ばれるに相応しい武功を納めた一人の男のことである。


 その英雄は、とある前文明の遺跡から偶然ゴーレムオーブを見つけることでゴーレムトルーパーの操縦士となり、フランメ王国国王の薦めでアックア公国に留学中に黒竜盗賊団と遭遇し、これを討伐した。黒竜盗賊団を討伐し、十年前に彼らに強奪されたゴーレムトルーパー、ザウレードを取り返した功績により、フランメ王国とアックア公国の両国は英雄にそれぞれの伯爵の爵位と小佐の地位を与えて、更にはフランメ王国の王族とアックア公国の公女との婚約も約束した。


 それはまるで作り話のようなサクセスストーリーだった。


 しかしこれらの話は作り話ではなく全て現実であり、その英雄の名前などの詳しい情報は今はまだ軍の上層部といった一部の人間しか知らないが、近いうちにその英雄の祝勝パレードと婚約パーティーが行われる予定らしい。



「それで? その英雄がどうかしたのかよ?」


 茶髪の男の言葉に金髪の男はためらうように、正確には戸惑ったように話し出す。


「……実はな、俺の部隊の先輩に親衛隊の友人がいる人がいてな? その先輩が親衛隊の友人から聞いた話によると、どうやら噂の英雄は『あの』サイらしいんだ」


「サイ?」


 金髪の男の口から出た名前に茶髪の男は首を傾げたが、すぐにそれが自分達と同じ軍学校に通っていた同級生の名前だったと思い出す。


「サイって、あのサイ・リューランか? 弱っちくて、幼馴染のアイリーンにあっさり見限られた貧乏貴族の?」


 茶髪の男の口からサイの名前が出る。この二人の男は軍学校時代のサイの同級生であった。


「ああ、そのサイ・リューランだよ……」


「はははっ! だったら違うな! あのサイが英雄になんてなれるはずがないって! その先輩の友人にガセネタをつかまされたんだよ!」


 金髪の男の言葉を茶髪の男が大声で笑い飛ばす。茶髪の男の中でのサイは、戦いの実力でも地位でも自分の下を這いずるとるに足らない存在であり、とてもではないが自分が噂を聞いた「英雄」とは結び付かないのだ。しかし茶髪の男が笑いながら人違いだと言っても、金髪の男の顔から沈痛な表情が消えなかった。


「だけどな……先輩から聞いた英雄の特徴がサイと同じなんだよ……」


「偶然だって偶然。サイが英雄で、ゴーレムトルーパーの操縦士で、王族と公女の婚約者? あり得ないって。もしそうだったら俺なんてこの国の王様になっているって」


 自分の酒を飲みながら金髪の男の言葉を否定する茶髪の男。彼の顔には、ここにいないサイを馬鹿にする嘲りの表情が浮かんでいた。


「しかしよ……もし本当にサイがその英雄だったら……」


「いい加減しつこいぜ。本当にサイが英雄だったら何だってんだよ?」


「俺達、ヤバくないか?」


「…………………………はっ?」


 金髪の男の言葉に苛立ち始めた茶髪の男だったが、テーブルの向かい側に座る友人が次に言った言葉を聞いて動きを止める。


「ヤバい? 何がヤバいんだよ?」


「俺達さぁ……。軍学校時代にサイのことを散々馬鹿にしたり、痛めつけたりしただろ? もしあいつが英雄で出世したら……俺達、復讐されるんじゃないか?」


 金髪の男の言葉を聞いて茶髪の男の脳裏に軍学校時代の記憶が甦る。


 確かに金髪の男の言う通り、茶髪の男達は戦闘向きの異能を持たず、実家が貴族なのに平民よりも貧乏なサイを馬鹿にしてきた。


 軍学校の授業がない時に召し使いのように扱って、雑用を押し付けたこともあった。


 戦闘訓練の時に自分の持つ戦闘向きの異能で痛めつけたりこともあった。


 辺境の村出身の為に王都の常識に疎く、そこをついて周囲の笑い者にきたこともあった。


 もし茶髪の男がサイの立場で、急に地位やら権力を手に入れたと考えると、まず間違いなく自分を馬鹿にしてきた人間達に復讐するだろう。そこまで考えて茶髪の男は、ようやく目の前にいる金髪の男が暗い顔をしている理由を理解し、額に一筋の冷や汗が流れる。


「だ、だから人違いだって。あのサイが英雄になんてなれるはずがないって。もし本当に英雄がサイだったとしても、いちいち俺達なんかに見向きもしないって!」


「……そうだな」


 茶髪の男は、金髪の男に……と言うよりも自分自身に言い聞かせるようにそう言うと、自分の酒を一気に飲み干した。それは茶髪の男が心の奥に生じた不安を誤魔化すための行為であることを、金髪の男はすぐに見抜いて自分も同じように手元の酒を一気に飲み干した。




 そしてその数日後、金髪の男と茶髪の男に絶望が訪れることになる。


 二人の男の元に、噂の英雄の婚約パーティーの招待状が届き、その招待状の差出人の名前が「サイ・リューラン」となっているのを見た二人の男は一瞬で顔を青くする。更にこれは後で分かったことだが、この婚約パーティーの招待状は様々な人間に、それこそ実家が庶民で本来ならば招待されるはずがない人間にも配られており、その招待状が送られた人間のほとんどは軍学校時代のサイの同級生達であった。


 この婚約パーティーは、フランメ王国の国王とアックア公国の大公が主催したもので、これの招待を拒むことは二つの国の王族と大公家に楯突くのと同意義であり、招待状を受け取った者達は婚約パーティーの招待に応じるしか選択肢がなかったのである。

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