屋敷探し

 惑星イクスの人類は「X」の形をした惑星で唯一の大陸の右半分に生活圏を築いている。そして逆に大陸の左半分はモンスターの支配圏と化していたのだった。


 モンスターの支配圏と化した大陸の左半分では、かつて前文明が都市を築き上げた場所がもはや見る影もない密林や荒野となっており、そこを様々な種類のモンスターが闊歩していた。


 同じ姿をして群れを作っているモンスター達もいれば、単独で行動している他とは全く異質の姿をしたモンスターもいる。そしてこれらのモンスターは全て、人類の生活圏に現れるモンスターとは一線を画する実力を持っているのだ。


 大陸の左半分に住まうモンスター達は、その日を生き残る為には他のモンスターを殺して喰らうしかなく、今日生き残ったモンスターが次の日には殺される、という弱肉強食の日々を送っていた。そして大陸の右半分、人類の生活圏に現れるモンスターはそんな苛烈な生存競争についていけなかった「弱者」、あるいはその子孫なのである。


 大陸の左半分では奥地に行くほど強力なモンスターが現れ、モンスター同士の戦いもより過激になっていく。


 そして今、モンスターの支配圏にある密林で二匹のモンスターの戦いが始まろうとしていた。


 二匹のモンスターのうち一匹は蛇に似た姿をしたモンスター。しかしその体は何十メートルもある巨体で、身体の真ん中辺りには巨大な翼が生えている上、そこから身体が四つ又に分かれて先端にはそれぞれ蛇の頭部が一つずつ、合計で四つの頭部があった。


 もう一匹のモンスターは狼に似た姿をしていたが、こちらも何十メートルもある巨体で背中には毒々しい紫色をした水晶のような棘が無数に生えていた。更にそのモンスターは頭部が二つあり、頭部をよく見ると本来目がある箇所に目がなく、代わりに額の中央に一つの大きな目が開かれている。


 この二匹のモンスターは、それぞれ一匹だけで人間の国を滅ぼせるだけの力を持つ強力なモンスターで、二匹のモンスターはしばらくお互いに睨み合った後、同時に行動を起こした。


「「………!!」」


 二匹のモンスターは相手より先に食らいつこうと突撃を行い、二匹のモンスターがぶつかり合った衝撃で密林の大地が震えた。


 X X X


 遠く離れた地で二匹の強大なモンスターが死闘を繰り広げていた頃、サイ達は馬車に乗り王都の中を移動していた。


「まさか王都で自分の屋敷を買うだなんて夢のようだな。でもいくらなんでも急すぎないか?」


 馬車の中でサイが呟く。サイ達が王都の中を移動しているのは、クリスナーガとブリジッタの二人と婚約した後、全員で暮らすための屋敷を買うためであった。


「別に夢でも、急ぎすぎでもないと思いますよ」


 サイの呟きを聞いて彼の左隣に座っているブリジッタがそう返し、彼女の言葉にサイの右隣に座るクリスナーガが頷く。


「ブリジッタの言う通りね。祝勝パレードと婚約パーティーが終ったら王宮を出ていかないといけないし、それまでに住む場所を決めておかないといけないでしょ?」


「なるほど」


「………」


 同じ婚約者同士ということで、一ヶ月前と比べてずっとブリジッタと親しくなったクリスナーガの言葉に、サイは納得して頷く。そしてその様子をアイリーンは複雑そうな目で見つめていた。


 現在馬車に乗っているのは、サイとブリジッタとクリスナーガ、ピオンとヴィヴィアン、ヒルデとローゼ、そしてそこにアイリーンを加えた八名。馬車の中は北側と南側に四、五人が座れる椅子があって、サイとブリジッタ、クリスナーガとピオンの四人が南側の椅子に座り、アイリーンは北側の椅子の丁度サイと向かい合う位置に座っている。


(どうして私はこんなところにいなくちゃいけないんだろう……?)


 アイリーンはうんざりとした気持ちになりながら心の中で愚痴を呟く。


 サイがどんな家を買おうが興味なんてない。


 目の前で自国と隣国の王族と公女に挟まれて座るサイの姿なんて見ていたら、自分の中の常識が崩れてしまいそうで見たくない。


 サイと……正確には彼の従者である、あのピオンとかいうホムンクルスの少女に関わると、ロクな目にあわないので関わりたくない。


 だからアイリーンはサイ達と同じこの馬車に乗りたくはなかったのだが、そう言う訳にはいかなかった。サイ達への連絡係に任命されている彼女は、親衛隊や王宮からの連絡を彼らに届け、それと同時にサイ達の行動を親衛隊や王宮に報告しなければならないので、こうしてできる限り行動を共にしなければならなかったのだ。


「……でも俺、王都の屋敷の当てなんてないぞ? 当然屋敷を買う金も」


 サイが困った風に言うとそれを聞いたピオンが自分の主人である青年に胸を張って話しかける。


「ご安心ください、マスター。購入候補の屋敷の資料も、屋敷の購入資金もフランベルク陛下より預かっています。そして今向かっているのは、候補にある屋敷の中で私の一番のオススメなんですよ」


「そうなのか……。ピオンがそこまで自信を持って言うなんて楽しみだな」


「はい♪ どうか楽しみにしてくださいね♪」




「マスター♪ これが私の一番のオススメの屋敷です♪」


「……これは凄く大きいな」


「本当ですね。マスター殿」


「とても立派なお屋敷ですね」


「ここまでくるとお城と言ったほうがしっくりきますね」


 ピオンが自信を持ってすすめる屋敷を見てサイ、ヴィヴィアン、ヒルデ、ローゼが思わずといったふうに口を開く。


 ピオンの案内でサイ達が訪れたのは王都の端の方に築かれた巨大な屋敷であった。もう何年も人が住んでいないようであちこち老朽化している箇所が見られるが、それでも貴族が住まう屋敷の風格を今も保っており、その大きさの事もあってローゼが言ったようにちょっとした城、あるいは宮殿のようにも見えた。


 どうやらこの屋敷に以前住んでいたのはよっぽどの大貴族だったようで、サイと四人のホムンクルスの女性達は感心した目で屋敷を見ていたのだが、その後ろではブリジッタとクリスナーガとアイリーンが表情を強張らせていた。


「あの屋敷って……もしかして……?」


「ちょっと、ちょっと……。あれは流石に駄目でしょ……?」


 ブリジッタとクリスナーガが思わず額に一筋の冷や汗を流してアイリーンを見ると、彼女は感情と血の気が失せた仮面のような白い顔となって屋敷を見つめている。




 その屋敷はかつて、フランメ王国の建国にも尽力した名家であり、代々ゴーレムトルーパーの操縦士を務めてきた大貴族が暮らしていた屋敷であった。

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