「怒り」のペオーニエ・タイプ

 夜。ピオンは王宮の中庭にある庭園に来ていた。


 王宮に雇われている庭師は高い技量と遊び心を併せ持つ人物らしく、庭園には一分の隙もなく刈り揃えられた芝生によって子供が遊べそうな小さな迷路が作られており、それを見てピオンが感嘆の声を上げる。


「おおー。ここに来るのは初めてですけど中々面白そうな庭園じゃないですか。もっと明るい時にマスターと二人っきりで来たかったんですけど……。それで? こんな夜遅くにここに呼び出して何の用ですか?」


 ピオンが後ろを振り返るとそこには、彼女と同じサイに仕えるホムンクルスの女性、ヴィヴィアンとヒルデとローゼの三人の姿があった。


「ここに連れて来た理由は貴女も分かっているでしょう? 昼間のアイリーンって連絡係のことよ」


「そうです。あの時のあからさまに挑発する発言……いくらなんでも言い過ぎです」


「………」


 ヴィヴィアンとヒルデは、ピオンが昼間に連絡係として来たアイリーンを挑発した事を咎めるように言い、ローゼは何も言わず目と口を閉じて表情を出さないようにしていた。


「あら? あのアイリーンのことなら説明したじゃないですか? あの女はマスターの幼馴染であるのをいいことにマスターを利用しようとする忌々しい毒婦ですよ?」


 アイリーンが応接間から退出した後、ピオンは通路で彼女が口に出したサイを利用してクライド家を再興するという本心を皆に説明していた。その説明を聞いた時、アイリーンに対して強い怒りと不快感を覚えたのを思い出して、ヴィヴィアンとヒルデは一度黙るがすぐに反論する。


「……確かにアイリーンはマスター殿の害にしかならない私達の敵だよ。でも追い払うならもっと別のやり方があったんじゃないの?」


「ヴィヴィアンさんの言う通りです。あのアイリーンがしようとしていることは決して許せませんが、それでも彼女は親衛隊からの連絡係。彼女を強く挑発する事は、この国が愛しのマスターに対して悪い印象を持つ危険性があります」


「……ふむ。それもそうですね。確かに今回は皆にも説明も何もせず行動してしまいましたね。……すみませんでした」


《ですけど、アイリーンへの挑発は止めるつもりはありません。というよりむしろ積極的にするつもりです♪》


『『………!?』』


 ヴィヴィアンとヒルデの言葉にピオンは頭を小さく下げて謝罪をした。しかしその直後にヴィヴィアン、ヒルデ、ローゼの頭の中に「通心」の力を使ったピオンの言葉が聞こえてきた。


 ピオンが「通心」の力を使ってきた事は、ここから先は万が一にも外部に聞かれたくない会話になると考えたヴィヴィアン達は、彼女と同じく「通心」の力で会話をする事にする。


《どういうつもり? アイリーンへの挑発を積極的にするって?》


《今日の挑発だけでも彼女、かなり危険な状態に見えましたが? あまり追い詰めすぎると怒りで我を忘れて刃を抜くかもしれませんよ?》


《いいじゃないですか? むしろ早く怒りで我を忘れて襲いかかってきてほしいくらいです。……そうしたら返り討ちにして叩きのめす大義名分ができますからね》


『『………!?』』


 ヴィヴィアンとヒルデの質問に対するピオンの言葉に、ヴィヴィアン達三人のホムンクルスが驚いて彼女の方を見ると、ピオンは口元こそ可憐に笑っていたが目は笑っておらず、その瞳に強い怒りと敵意の光を宿らせていた。


《別に私は今アイリーンを叩きのめしてもいいんですよ? この国の国王陛下だって所詮親衛隊の一兵卒でしかないアイリーンと、ゴーレムトルーパーの操縦士であるマスターのどちらを取るかなんて明白ですし。でもそれだとヒルデの言う通り、マスターに悪い印象を持つ人が出てくるかもしれないからアイリーンに先に手を出させるんです》


 そこでピオンは「通心」の力による会話を一度止めると口元に浮かべていた笑みを濃くする。


《それに私の見た所、あのアイリーンは貴族のプライドとやらで自分を支えているみたいですから、挑発して精神的に攻めた方が効果的みたいですからね♪》


「……何でそこまでするの?」


 耳を塞ぎたくても聞くことを拒めないピオンの過激な意思に、ヴィヴィアンは「通心」の力で会話する事も忘れて疑問を声に出す。するとピオンは「何でそんな事も分からないのか?」と言いたげな表情となって首を傾げた。


《……? 何でって、アイリーンはマスターの敵、害虫ですよ? 害となる虫は二度とマスターに噛みつかないように徹底的に踏み潰すべきじゃないですか?》


《……成る程。流石は「怒り」のペオーニエ・タイプ、というわけですね》


 そこでこれまで無言を貫いていたローゼが「通心」の力でピオンに話しかける。


 ピオンとヴィヴィアン、ヒルデとローゼは「ペオーニエ・タイプ」、「ヴィッケ・タイプ」、「ヒュアツィンテ・タイプ」、「チュベローズ・タイプ」という特別製のホムンクルスである。


 この四つのタイプのホムンクルスはそれぞれ異なる異能と強化された感情を獲得しており、タイプごとに違った方法で通常のホムンクルスよりも高度な主人のサポートを行うように製造されている。


 ヴィヴィアンのヴィッケ・タイプは「喜び」の感情が強化されており、いかなる時でも主人に喜んでもらえるよう、最善の行動を模索して実行する。


 ヒルデのヒュアツィンテ・タイプは「哀しみ」の感情が強化されており、常に最悪の事態を想定して主人を危機から遠ざけるように行動する。


 ローゼのチュベローズ・タイプは「楽しみ」の感情が強化されており、どの様な事態が起こっても主人と共にあってそれらを楽しみ、主人の精神的なケアをする。


 そしてピオンのペオーニエ・タイプのホムンクルスが強化された感情は「怒り」。


 怒りの感情を強化されたペオーニエ・タイプのホムンクルスは、主人に敵意や害意を向ける相手を見つけるとその相手に強い攻撃性を発揮して、二度と主人に歯向かわないようになるまで攻撃的、精神的問わず攻め立てる。


 今までのサイの話からピオンの中でアイリーンへの怒りは限界まで高まっていた。それが今日、本人の口からサイを利用すると聞かされたことで限界を越えて、ペオーニエ・タイプの攻撃性のスイッチが入ってしまったのである。


「ふふっ♪ 褒めても何も出ませんよ、ローゼ?」


 ローゼの言葉に嬉しそうに笑うピオンを見て、ヴィヴィアンとヒルデは彼女のスイッチを入れてしまったアイリーンを恨むのであった。

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