アイリーンとの再会

「ピオンはどこに行ったんだ?」


 王宮の応接間で紅茶と茶菓子を楽しんでいたサイは、いつの間にかピオンの姿が見えなくなった事に気づいて周囲を見回しながら、自分の周りにいる三人のホムンクルスと二人の婚約者に聞いた。そしてそれに答えたのは、彼の近くの椅子に座り前文明に関する本を読んでいた二人の婚約者の一人、ブリジッタだった。


「ピオンさんでしたら少し前に『面白い事を思いついた』と言って何処かに行きましたけど」


「面白い事?」


「さあ、私もそこまでは……」


「ピオンさんはマスターを驚かせたいから秘密だと言っていましたね。……マスター様を楽しませる事なら私も参加したかったのに」


 ブリジッタと話しながらサイが首を傾げていると、近くのテーブルで紅茶を飲んでいた三人のホムンクルスの一人、ローゼがどこか拗ねたように言い、同じくホムンクルスのヴィヴィアンが彼に声をかける。


「マスター殿。気になるのでしたら私が『通心』の力でピオンを呼びましょうか?」


「ああ、いや、そこまでしなくていいよ。……それにしてもピオンのヤツ、ここのところよく一人で出歩いているけど、勝手に王宮を歩いていいのかな?」


「別にいいんじゃないかな? ピオンちゃん達がサイの従者のホムンクルスだって事はもう王宮に知られているから、咎める人なんていないと思うよ」


 サイの言葉に答えたのは彼のもう一人の婚約者のクリスナーガ。彼女は長椅子の中央に座っているサイの左側に座っており、婚約者の体に軽く寄りかかっていた。


「そ、そうなんだ。……あのさ、さっきからちょっと近すぎない?」


 サイの言葉にクリスナーガは面白そうな表情となって自分の婚約者をからかうような目で見る。


「そう? これくらい普通じゃない? それにサイだってこんな美人でおっぱいが大きい婚約者に甘えられて嬉しいんじゃないの?」


 そう言うとクリスナーガは両腕で自らの、この中ではヴィヴィアンのより僅かに大きい乳房を挟んで谷間を作ってみせる。


「っ!? ……それはまあ、確かに」


「うん♪ 素直でよろしい♪」


 クリスナーガの胸の谷間に目が釘付けになりながら答えるサイ……ではなく巨乳好きな馬鹿。彼女はそんな巨乳好きな馬鹿の顔を見てイタズラを成功させたような満足気な表情で頷く。


 ヴィヴィアンとヒルデとローゼ、そしてブリジッタがそんなサイとクリスナーガのやり取りをみて微笑、あるいは苦笑を浮かべていると、応接間の扉が開いて一人の女性が入ってきた。


「マスター♪ ただいま帰りました♪」


 応接間に入ってきたのはサイに仕える四人のホムンクルスの一人、ピオン。帰ってきた彼女は何故か王宮に勤める侍女の制服を着ていた。


「ピオン? その服は?」


「見ての通り侍女の制服です。マスターを驚かせようと思って、ちょっと王宮の人達にお願いして貸してもらいました。サイズが合う服を探すのに苦労しましたけど……マスター? この服、似合っていますか?」


「え? そうだな……似合っていると思うぞ」


「本当ですか!? 良かった。この服を借りた甲斐がありました」


 サイに褒められてピオンはその場で飛び跳ねんばかりに喜んでいると、「感知」の異能で応接間の外に人がいることを察知したヒルデが彼女に声をかける。


「ピオンさん? 外に誰かいるみたいですがどなたですか?」


「ああ、そうでした。マスター。マスターにお客様が来ております」


 そう言ってピオンが応接間に連れて来たのはサイとクリスナーガがよく知る人物であった。


「あ、アイリーン……?」


「アイリーンじゃない。どうしてここに?」


 サイとクリスナーガに名前を呼ばれたアイリーンは、同じ長椅子に仲が良さそうに座っている二人を複雑そうな目で見るが、それでも体の内から沸き上がってくる感情を押し殺して何とか平静を装って、自分がここに来た要件を告げる。


「サイ・リューラン殿、クリスナーガ・ライデンシャフト嬢、ブリジッタ・アックア嬢。近々行われる祝勝パレードと婚約パーティーの警護、我々親衛隊が担当させていただく事が決定しました。今回私がここに来たのはそれを伝えるためと、私が皆様の連絡係に任命されたのでそのご挨拶のためです」


 アイリーンの言葉にサイ達は納得したように頷く。その様子を見てアイリーンは、伝えることも伝えたし一刻も早くここから……というか自分の前に立つ赤紫色の髪の侍女の側から立ち去ろうと思ったのだが、その時赤紫色の髪の侍女の口から爆弾が投下された。


「あら? 随分と口調が堅いのですね? さっきまでマスターのことを呼び捨てにしたり、運のいいだけの平民とか言っていたからもっと親し気に話すのかと思っていたのですが」


『『……………!?』』


 赤紫色の髪の侍女、ピオンの言葉にアイリーンが硬直し、応接間にいたピオンを除く全員の表情に緊張が走る。


 アイリーンは思わずピオンを見るが赤紫色の髪の侍女は何食わぬ顔でサイの所まで行くと、そのまま彼の上に跨って甘えるように体を預ける。だが当のサイはそれどころではなく、恐る恐る自分に甘えるホムンクルスの少女に話しかける。


「あ、あのさ、ピオン?」


「はい? どうかしましたか、マスター?」


「もしかしてピオン、アイリーンとその……何か話した?」


「ええ、色々と興味深い話を聞かせてもらいましたよ。……そう、色々と」


「……!?」


 そこでサイはピオンが笑っているがその目は全く笑っておらず、彼女が内心で非常に怒り狂っている事に気づいた。その怒りを感じ取ってサイを初めとする応接間にいる者達は誰も口を開くことが出来ず、ピオンが怒っている理由を知っている……というか怒っている原因であるアイリーンは顔を青くして体を震わせている。


「え、えっと……ピオン? あのさ……」


「ああ、そうです。マスター、ちょっと聞きたい事があるのですが?」


 何とかこの場の空気を変えようとピオンに話しかけようとしたサイだが、何かを言おうとする前にホムンクルスの少女が逆に話しかけてきた。


「き、聞きたいこと? 何だ?」


「はい。今マスターが『倉庫』の異能で収納しているザウレードのことです」


「……!?」


 ピオンの言葉に青い顔をして震えていたアイリーンが反応したような気がしたが、ホムンクルスの少女はそれを気にすることなくサイに話しかける。


「マスター? マスターはザウレードに乗ってみたいですか?」


「? いや。ザウレードは国に返却する予定だし、俺にはドランノーガがあるからな?」


 ピオンの質問の意図が分からなかったがそれでもサイが正直に答えると、ホムンクルスの少女はそれを聞いて嬉しそうな表情となる。


「ですよねー♪ 私達にはドランノーガがありますよねー♪ あーんな弱っちくてカッコ悪い中古のゴーレムトルーパーなんてどーでもいいですよねー♪」


「……!」


 嬉しそうな表情なままそれはそれは楽しそうな声でわざとこの場にいる全員に聞こえるように言うピオン。それを聞いてアイリーンの体が一瞬、大きく震えた。


「あ、あのさピオンちゃん? ザウレードはフランメ王国の大切なゴーレムトルーパーなんだからそんな風に言うのはちょっと……」


 流石に今の発言は問題があると思ったのかクリスナーガが止めようとするが、ピオンは止まるどころか更に言葉を続ける。


「これ見よがしに大きなブレードを自慢していましたけどドランノーガを斬りつけた途端にパキッ、とあっさりと折れちゃうくらい貧弱でしたし、ブレードが折れたらさっさと逃げようとして、それでそこをドランノーガに両脚を斬り落とされてすぐに戦闘不能。本当にカッコ悪かったですよねー。ねぇ、ブリジッタさん?」


「え? 私ですか?」


 ピオンに話しかけられてドランノーガとザウレードの戦いを間近で見ていたブリジッタは、少し迷った後で言葉を選びながら答える。


「あの、そうですね……。ザウレードの攻撃をものともせず倒してみせたドランノーガ様は非常に雄々しくて格好良かったですね」


「……ふむ。まあ、いいでしょう。……あらぁ?」


 ブリジッタの答えは自分の欲しかった内容ではなかったのだが、ドランノーガの事を賞賛してくれたのでとりあえず納得してみせたピオンは、今気づいたような態度でアイリーンの方を見る。


「……………!」


 アイリーンは顔をうつむかせて体を震わせ何かに耐えていたが、ピオンはそれに気づいていないようにみせてわざとらしい声で彼女に話しかける。


「アイリーン様まだいたのですか? 親衛隊の警護の件は了承しました。わざわざ知らせに来てくれてありがとうございます。連絡が以上でしたらもうお帰りになられては? それともここで少しお話していきますか? アイリーン様はマスターの幼馴染で、クリスナーガ様の同級生なのですから積もる話もあるでしょうし」


「………い、いえ。私は、ここで、失礼させていただきます……」


 アイリーンは必死に自分の感情を抑えてそれだけを言うと応接間を後にし、サイを初めとする応接間にいた者達は彼女の背中を見送った後、ピオンに何か恐ろしいものを見るような視線を向けるのであった。

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